六話 初仕事にて
思い出したように咀嚼を再開してサンドイッチを飲み込んだ。
口の中に物を入れた状態では喋るなと教わってたから。
「なあ、勇者ってそんなにポンポン会えるものなのか?」
『いやいや、世界に五人しかいないのよ?そもそも自分の国にこもりっぱなしで活動する人もいるし』
でもあいつは勇者だと言い張るわけだ。正直自分も勇者らしくはないけど、そもそも神器すら持っているように見えないし。
…いや、武器らしいもの見つけた。装飾の金具のように見えたそれは、バッグに結びつけられていた。
「メリケンサックが神器の勇者ってなんなんだよ」
『あの人もあんたには言われたくないと思う』
斧いいじゃん。
自称勇者は、ちょうど俺たちが挑もうとしている魔物の説明を受けている。
『あっ!先を越されちゃう!ねえ横入りしてでも依頼を受けてきてよ!』
「それが女神の自覚あっての発言なの?そもそもなんで乗り気になってんだよ?」
ちょっと前までは全力で止めに来ていたのに、そこまで必死になる意味がわからない。
『だってうちより活躍する勇者みると、担当の神にいらっとするし』
「ちいせえよ!ほんとに女神らしくないな!」
『ねえちょっと聞き捨てならないんだけど!』
子供かようちの女神は!
「…というわけなので、このギルドでは赤腕を最優先で討伐したいのですが、国の討伐隊が負ける相手ともなると、このギルドの冒険者では厳しく、この国の勇者様も旅に出ておりますので手に負えないのです」
「わかりました。僕がその魔物、赤腕を討伐しましょう」
「助かります。ではシルリスさん、手続きのほうを…」
やっぱりそれを受けるんだな。じゃあ、スーの情報を教えてあげたほうがいいだろうか。
そう思って、手続きが終わったタイミングを見計らって話しかける。
「なあ、赤腕の依頼を受けるんだろ?いろいろ情報があるんだけど」
すると、名前をシルリスというらしいそいつは俺を警戒しているようで、微妙な距離を保ちながら返事をしてきた。
「わるいんだけど、情報に払えるようなお金は持っていないよ」
「いらないいらない、俺もその依頼受けようとしてただけだし。見たところ一人だろ?なんなら一緒に行くか?」
「…えーっと、僕は一人のがやりやすいし、断らせてもらうよ」
「便乗して名誉やら何やらを持っていきたいだけのデブに見えるってことか」
「ぼかしていたところの心を読むのやめて!?警戒度が上がったんだけど!」
だって胡散臭いものを見る目してたし。結構わかりやすかったぞ。
また少し距離が開いたところで荷物の中から赤腕の情報が書かれている部分の紙を渡す。
「冗談は終わりとして、俺はもうこの内容は覚えたし、やるよ」
「…まあ、助かるのは事実だし、ありがとう」
「応援してるよ」
「じゃあ、期待に応えなくっちゃね。僕は第五級の魔物を一人で倒したこともあるんだ」
「結果は見に行くから、なんなら寝て待っててもいいよ。おぶって帰ってやるから」
「あはは、楽しみにしてるよ」
にかっと笑って冗談まじりで返して来た。シルリスは出発し、俺は他の依頼を探すべく掲示板に向かった。
* * *
『で、どすんの?』
「勇者らしいことしなきゃいけないなら、やっぱ採集とかより魔物退治だよなあ」
掲示板には思っていたよりも幅広い依頼があった。カブトムシを捕ってきてくれとか、行方不明の貴族のお嬢様を見つけてくれとか。
『いや違う、あの自称勇者のことよ!怪しいし!そもそも簡単にでっかい依頼譲んないでよ!』
「いや、悪い奴じゃあなさそうだったし、先にシルリスが受けてたのに横入りも悪いし」
さらっと私欲を混ぜるのやめろよ。
話してみて信頼できると思ったから赤腕はまかせたんだし。
『じゃあその次に危なそうな依頼受けない?ライゼルとスースにカッコイイ啖呵切っといてしょぼい依頼ってどうなの?』
…そうじゃん、あの情報まとめてくれたのもスーだし。
そう思うと何か悪い気もしてくる。
『あれは?脱力狼の討伐とサンプル入手だって』
「なんかゆるく聞こえるんだけど」
『そんなわけないじゃない。これも第五級よ?』
「じゃあこれでいいや」
掲示板に貼ってある依頼の紙をはがして受付に持っていく。依頼は基本早いもの勝ちらしい。
『ねえ待って軽い!勧めたの私だけどもっと考えて!』
「ちゃんと考えたよ。この魔物は山に住んでるらしいし、山道なら慣れてる。いけそうな気がする」
『気がする程度で即決しないで!あっちょっ、聞いてよぉ!』
聞かない。受ける。
というわけで俺の勇者としての初仕事が決まった。
実は即決したのにはもう一つ理由がある。
この魔物のいる山に赤腕も潜んでいる。戦いの結果は早く知りたいし、疲れてたらおぶるというのもまるっきり嘘というわけではない。
* * *
【脱力狼】
浅黒い毛皮と、鋭い牙には特殊な毒を持っており、噛まれると魔力がうまく体に回らなくなってしまう。
小柄だが、基本十数匹、多いときには二十匹をこえる群れで行動する。
狩りが始まれば、群れにいるボスを倒せれば必ず撤退するが、それまでは滅多に引かない。
ボスの性格次第では仲間が数匹死んだ程度では引かず、狩りを続行することもある。
ボスだけが真っ黒い耳を持っている。その他は対照的に白い耳をしているので見ればわかるだろう。
「思ったよりやばくない?」
『だから言ったじゃんかぁぁあ!』
山道を進みながら、そんな会話をする。
特にどこに脱力狼がいるかはわからないので、なんとなく赤腕のいるだろう場所へ向かう。
もう山に入って二時間ほどになるが、まだ脱力狼は見つからない。
見つけるまでは暇なので、受付の人に聞いた脱力狼の情報をまとめながらその対策を考えているところだ。
受付の人に俺が勇者だと認めさせるのは時間がかかると思ったが、勇者証を見せたら、意外とすぐ信じてはくれた。
ただまともに戦えるようには見えなかったらしく、脱力狼の危険なところをイラスト付きでいくつも教えてくれた。
違う依頼を受けてほしかったんだと思う。
にしても、魔力が回らなくなるのか。
魔力には大きく分けて二つの使い道がある。魔術と、運動である。
魔物を含め魔力がある生き物は、必ず魔力を使って運動を補助する。それは魔法の才能に関係なく誰もが生まれながらに出来ることだ。
つまり脱力狼に噛まれれば、魔術が使えないどころか、動くこともままならなくなる。
ゆえに、脱力狼と呼ばれ、恐れられる。
「まあ噛まれなきゃただの狼よ」
『ただの狼ならいけるの!?』
「慣れてる、群れでいるからうまくいけば何匹も食えてお得なんだ」
『…ああ、そうだった。あんたそうだったね』
生活がひもじいときによく狩りをしていたのは、ラウニも知っていたらしい。
「ということで、狩りならば慣れてんのよ。まあ任せとけって」
『おっけい!任せ』
「ごめん、静かに」
突然の暴言にラウニは一瞬絶句し、文句を言いかけたが、俺が雰囲気を変えたことに気づき、素直に黙った。
かすかに、だが確かに狼の遠吠えが聞こえた。
俺の知っている狼と同じなら、狼同士でコミュニケーションをとりながら狩りをする。
群れで連絡を取りながら協力して獲物を誘導し、疲れさせて弱ったところを襲うのだ。
また違う場所から遠吠えが聞こえた。同時にわざとらしい足音がする。
完璧に狙われていることを確信した。遠吠えの位置からして、囲まれている。
逃げられない。逃げてもじわじわと追い詰められ、疲れ切ったところを襲われるだろう。
だから、逃げる必要などない。疲れるだけだし。
一番近い足音へ向かって走り出す。浅黒い毛皮の狼と目があった。
相手もこんな獲物は初めてだろう。一瞬戸惑ったようだ。
その小さい隙をねらい、頭めがけて斧を振り下ろした。
「あ」
『え』
しかし、その攻撃は失敗に終わる。
飛びのいてかわされた。小柄なおかげで身が軽いようだ。そのままその狼は俺から距離をとる。
そこに異変を察した他の狼たちが集まってくる。数は五匹、ボスらしきものは見当たらない。
もしかしたらまだ何匹もボスを含む伏兵がいるのかも知れない。
第五級ってのは伊達じゃないな、うん。
「やっべぇな」
『だから言ったじゃんかもおぉぉぉお!』
この日一番の絶叫だった。