四話 元気過ぎた
今は昼前、妹を預かってくれているはずの女性職員の家の前にきてんだけども、なんか言い争う声が聞こえる。
(だから誰がここまでしろって言ったんだ!)
(心外です。ただ役に立とうとしただけじゃないですか。ちょっと本気出しただけですが)
(役に立つとかそういう問題ではない!私のいない間にどこまでしてるんだ!これでは私の立つ瀬がないだろう!)
(まぁまぁ。わたしが余り物で作っておいたパーフェクトご飯を食べて落ち着いてください。夜勤明けでも食べやすいように軽いものですよ)
(だからどれだけ働いてるんだ!限度を考えろ!どっちが助けられているかわからないだろうが!)
…ああ、状況が分かってきた。うちの妹を知っていれば想像はつく。
そして知らない一人と一柱は唖然としてる。
「よし、入ろうか」
「『待っ…ああっ!』」
止める声を無視して家の中に入った。ちょうど帰ってきたところなのか、鍵は開いている。
やたら片付いた家の中からは、おいしそうなにおいがする。
玄関には、二人の女性がいた。監獄で見た制服を着た二十代程の女性、着替えていないということは、やっぱり帰ってきたばっかりなんだろう。
それと、もう一人。左膝から下と、右ももの真ん中から下がない十五歳の女の子。
「おい、勝手に中に…えぇぇえっ!?教皇様!?教皇様なんで!?」
職員の女性が驚きの声を上げる中、もう一人はというと、少しびっくりした後、微笑んでこう言った。
「…待っていましたよ?兄さん」
「お待たせ、スー」
一目でわかる、俺の妹は元気にしていてくれていたらしい。
* * *
とりあえず落ち着いて話そうということになった。
中に入って、職員の人がお茶を淹れてくれた。
「粗茶ですが」
「そういうのは私が言うものなんだよ!」
真顔でボケた妹に職員の人がつっこんだ。この短い間にだいぶ打ち解けれたみたいだ。
「では改めまして、私はボア・スクローファの妹の、スース・スクローファと申します。気軽に〈翼の折れたエンジェル〉とでも呼んでください」
「…はい?」
大真面目な顔で言うスーに、ライゼルが戸惑う。
「まじめに考えないでください教皇様!そいつ真面目な顔をしてますがふざけているだけです!」
この人も最初は戸惑ったんだろうなぁ。
スーは真顔で冗談を言うから初対面だと分かりづらい。
「…なんだか血のつながりを感じますね、その…個性が強いところとか」
「よく言われる」
『よく言われるんだ!?』
「それで、なぜ二人は言い争っていたのですか?」
おそるおそる、といった感じでライゼルが聞いた。
「スースが仕事をしすぎるんです!」
職員の人が言うと、すかさずスーが反論した。
「何が不満なんですか。ここに来た時、あなたが『すこしは家事の手伝いをしてくれ』って言ったんじゃないですか」
「だから『すこし』っていっただろうが!誰が家中の掃除!洗濯!料理までしろって言ったんだ!?挙句の果てには持ち帰ってた職場の書類まで片付いているというのはどういうつもりだ!?」
「役に立とうと思いまして。それとそういう書類はわかりやすい場所にまとめたほうがいいですよ?」
「隠してるんだ!勝手にやられると思ったから!わざわざ見つけてきてそれも全部完璧にこなしやがって!そこまで私より上だとへこむんだよ!」
「花嫁修業の結果ですね」
「ふざけんなぁ!!んな花嫁いてたまるか!!」
やたら部屋が綺麗だと思ったらそういうことか。
職員の人が夜勤で出かけている間にスーが家事をすべてこなしてしまったらしい。
それも文句の言いようがないぐらい完璧に。
だからこそ助かりすぎて大人の立場がなくなったらしい。
「ま…まぁ大体はわかりました。それで、図々しいとは思うのですが、少し部屋を借りて話をしてもよろしいでしょうか」
「構いませんよ。セルトさんは夜勤明けなので寝てていいですよ。後で要点をまとめておきますので。隣の部屋に布団を敷いてあります。ご飯も持って行っておきますね」
「ほらこうやって!私の仕事を全部持っていくんです!」
セルトさんっていうのか。
でもまあ考え自体は悪くないな。
「それでいいじゃん。正直聞かれたくない話もあるし、寝てていいよ」
「ボアさん貴方までそういうことを!…まぁ部屋を貸すぐらいなら。私は隣の部屋にいますので、帰るときに声をかけてください」
* * *
セルトさんが隣の部屋に引っ込んで行ったのを見て、ライゼルが小声で言った。
「では、どこから話しましょうか」
「まず、兄ちゃんは勇者をすることになった」
「なるほど、兄さんなら納得ですね」
あっさり納得したスーを見て、ライゼルが驚いた顔でこっちを見た。
これも冗談なのか、と聞きたいんだろう。
「これは本気で言ってる時の顔だな。冗談抜きで信じたっぽい」
「そうでもなければ、兄さんと教皇様が一緒にいる理由がないですし。何より兄さんがいなかったらわたしは生きていませんから。兄さんはわたしにとっての英雄です」
『正直英雄らしさで選んだんじゃないけどね』
おいこら神。水を差すんじゃない。
「英雄…ですか」
「お、聞きたいですか兄さんの武勇伝。本にすると一巻分ほどになりますが」
「ライゼルさん、これが冗談の顔ね」
「いや見分けつきませんよ!ほんとこの兄妹疲れる!」
「まあまあ、そろそろ脱線した話を戻しましょう」
「あんたが脱線させたんですけど!?」
そこからライゼルが勇者の仕事について説明した。
途中からスーは紙に凄い勢いで何かを書いている。
「---という訳ですので、ボアさんには最低限国が認めるような事を勇者としてやっていただきたいのです。問題を解決したり、強大な魔物を倒したり、言いかえれば人助けです」
「ああ、ならちょうど勇者としての仕事にふさわしいのがありますよ」
「…そうですか」
もう驚くのは疲れたとでも言いたげな表情をしてる。
「セルトさんの書類を漁ってるときに知ったんですけど、負傷した数名の盗賊が捕まったらしいです。その経緯を調べたら、盗賊団の本拠地に一匹の魔物が入り込み、その魔物から命からがら逃げてきたところを保護し、そのまま投獄という流れらしいです」
「一匹の魔物が盗賊団を相手に…ですか」
『漁ってる』というところのは触れないことにしたらしい。スーが続けた。
「そして国はこの魔物を『人類に害がある』と判断し、第六級の依頼をギルドに出しました。しかし討伐隊は壊滅、第六級から第五級に上がってます」
「その第六級とかって、具体的に言うとどんな感じ?」
疑問に思ってスーに聞いた。危険度まではよくわかっていない。
「依頼は難易度によって最高が第一級、最低が第九級まであります。これまでのケースでは、人の三倍はありそうな熊の魔物の討伐が第六級になってました」
人の三倍はありそうな熊の魔物より危険ってことかよ。
そう思っていると、スーが今まで書いていた物を見せながらこう言った。
「ちょうど、その魔物の目撃情報、対策、居場所、注意点、その他ギルドの場所や利用方法などの情報を私なりにまとめ終わりました。荷物も随分前にまとめてあります」
「さんきゅ。それ受けるよ」
軽いやり取りをして、受け取った荷物の中の服に着替えていると、ライゼルとラウニが慌てた声で止めてきた。
「ちょっと待ってください!今日勇者になってすぐそんな相手は早すぎます!スースさんはなんでそんな依頼を軽く勧めてるんですか⁉︎」
『あんたも何しれっと行こうとしてんの⁉︎全部この子が今ささっと纏めた情報でしょ⁉︎どうしてそれを聞いてすぐ行こうとするの⁉︎』
俺とスーは顔を見合わせて、二人で首を傾げた。
なんでって、そりゃあ。
「信用してるからな」「信頼してますので」
スーがいろんな情報をまとめて、俺なら出来ると判断してくれたんだ。行けないわけがない。
「私と教皇様は話すことがあるので、兄さんは行って来ていいですよ」
「任せろ。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
絶句するライゼルを尻目に俺は玄関へ向かった。