三十一話 どうしようもない
個人的に致命的な脱文をしました。
具体的に言うと「方法は三つ」とか言ってるのに二つっていうところです。
数が数えられないのはライトさんではなく私ですすまんかった。
ライトは強く、とっさの判断が早い。
だからこそ”ケーライクス”の詠唱が聞こえた瞬間、混乱が生まれる。
ケーライクスは習得の難易度が最上級に位置する魔法の一つであり、勇者になりたての俺なんかに使えていい代物ではない。
使えるわけがないんだ。
それでも、だ。
漏れる魔力だけは本物のケーライクスだ。
半端な強さの者では見落としてしまうほどの牽制に、ライトは気づいてしまった。
そして嘘の魔法にも、俺の特攻への対処も十分に出来なかった。
俺は自分の勝利を信じて疑わなかった。
この瞬間までは。
* * *
視界が霞み、意識が飛びかける。
指一本も動かせない。
悔しさに声を出すことすら、激しい倦怠感が邪魔をする。
体の中のエネルギーが完全に無くなった。
〈気力操作〉、体内のエネルギーを操ることができる。
死ぬまで、生命維持ができない限界を超えたエネルギーの操作でさえできてしまうのだ。
斧を振り下ろした瞬間膝が崩れた。
そこからの感覚がない。
操り人形の糸を急に切れば今の俺みたいになるだろう。
これはだめだ。終わった終わってしまった。
カルスシルリスごめん。
せめて斧は当たってなくともても隙ぐらいはできたか。
どちらにしろ俺はもう駄目だろう。
ごめんなスー、お兄ちゃん先にいやいやいやいや待て。
「〇〇〇〇!〇〇ふ〇〇〇!」
それは違う。違った。
いくらライゼルが保護するからと言って、体が動かないぐらいで諦めてたまるか。
もう肉親で残っているのは俺だけで、居なくなればスーは悲しみ、それを聞いて俺も墓の中ですすり泣く羽目になる。
シルリスを幸せにするために勇者してんのに未だろくに稼いでいない。
「〇〇た〇〇〇があるん〇〇?〇〇せ戦えん!」
死んでる場合じゃない。
死力を尽くし、力を込め続ける。
まるで自分の身体ではないようだ。ピクリともしない。
簡単に逝ってしまいそうになる意識を全力で押しとどめつつ、無駄にも思えるもがきを続ける。
「だーかーらー!!」
ある瞬間、微弱ながらもはっきりと、体に力が伝わった。
腕で体を支え、かすむ視界がとらえたものは、
「我は!降伏する!!」
片腕を挙げて降参の意を示すライトの姿と、切り落とされたライトの右腕だった。
* * *
どうやらライトの頭を狙った俺の斧は、体勢を崩したことで、右腕に切り込んだらしい。
そこへとどめを刺しにかかったカルスとシルリスに慌てて降伏宣言をしたんだとか。
「はは、こんな伏兵がいるとはなあ。まんまとしてやられたわ!で、誰なんだこの男は?」
と、急にライトが言い出すので、気をそらして逃げる気かと思ったが、本気の疑問らしい。
しかしどこを見てもそんな人物はいない。
『いや、あんただって。よく体見てみ?』
「え?それどういう……ッ!!」
なんということだ。
痩せてしまった。
蓄えた降伏の証はほとんど消費され、平均よりちょっとガタイのいい人ぐらいの体系になってしまった。
「俺は……最ッ低だ……」
「嘘だろ、この声ボアかこれ!この短期間で痩せれるならばなぜ太ってるんだ!ははは!痛い!笑わせるな傷に響くだろう!ふははは!」
笑いながら普通に顔をゆがめるという器用な事をしている。
「ふう、では名残惜しいが、話せるうちに話しておこう」
笑いを落ち着けたライトが一転真面目な顔になり、俺と目が合う。
「ルイスの事だろう?まずどこまで知ってるんだっけ?」
「魔物で結構強いのと、いや、それぐらいしか」
嘘がわかる、程度の特技ではその程度しか知ることができなかった。
今思えばルイスは敢えて探られないように振舞っていた印象がある。
「では衝撃の事実から、奴は元【哀願の魔王】。哀願の魔王軍の頂点に座っていた者だ」
「ん、元?」
「より相応しいものが現れてな。奴は首になり権能と権限を失って放り出されたところを我の上司が拾った。カルス、お前を作った魔物でもあるぞ」
「……ぇ。お前じゃ、ねぇのか?」
「それはギャグか皮肉か?お前みたいな高性能の魔物なんぞ我が作れるわけがないだろう?あ、ちょっとキツイ寝そべらせてくれ」
ライトは地面に倒れこみ大の字になった。
「まあつまり、だ!我やカルスからたどればいずれルイスにも会えるだろうな」
「今どこにいるかを言えよ」
「本拠地で言えば我にもよくわからん」
「は?ふざけるなよ」
「いやマジだ。ルイスが作った魔物が空間魔法を使えてな。同じ場所に本拠地をまとめる必要もないから隣の部屋がはるか遠くの草原でそれを無理やり繋げてたりする。それを利用してばかりだから、ルイスがどこにいるかは断言できないのだ」
ライトが左手で三本指を立てる。
「方法は三つだな。その魔物をしばき倒して屈服させる。そんな知能がある魔物には思えんがな。ルイスのいるだろうタイミングで本拠地の一部屋に踏み込む。張り込みしてもばれるだろうし、目隠しして股の下からダーツボードのど真ん中に命中させるような確率だろうな」
話しを続けるライトを見て、何とも言えない違和感を覚える。
「最後に、偶然会う。なんだかんだでこれが一番確率が高いだろうな。我らは活発に魔物活動しているし、お前らは勇者だ。お互い生きてさえいれば自然と会えるだろう」
微妙に話を長引かせようとしているような。いや、それ以前に見落としてはいけないことがあるような。
「あと聞きたい事はあるか?いや、もう十分に語ったか。本来我が話すはずだった情報は我の息を止めた時に分かるだろうしな。これ以上の権限は我に与えられていないしな」
「あ、ああ。じゃあ」
引っかかることはあったが、ここまで追い込んだものの礼儀としては俺がとどめを刺さなければいけないんだと思う。
「じゃあ、言い残すことはあるか?」
「今回は引き分けだな。では、《・》またな!」
ライトが言った瞬間、背筋に悪寒が走った。
ライトの服の裾が、靴が、髪が僅かに土に埋まっている。
埋まるはずがないのにだ。
慌てて斧を振り下ろした時には、シルリスやカルスでさえも間に合わなかった。
わずかに埋まった体の一部を起点に、一瞬にしてライトは地面に飲み込まれたのだ。
土壇場で、三人の誰にも悟られずに脱走の準備を進めていたのだ。
ああ、どうしてこう、俺は。
「本当に、どうしようもない」
何が引き分けだ。
明らかに俺達の負けじゃないか。




