三十話 お邪魔虫の動き
ライトに斬りかかる二十分前、俺は地上に引きずり出した木海月と睨み合っていた。
「シルリス、自分の身だけでも守れるか?」
「奥の手もあるし、うん。平気」
「うし、じゃあ行ってくる」
気丈に振る舞うシルリスの為にさっさと終わらせてやる。
木海月の射程は大体十七メートル。そこから今は距離を取られて二十メートルほど俺から離れている。
また地面に潜られる前に決着をつけなければならない。
まっすぐ向き合い、すぐ走れるように前屈みになりながら距離を縮める。
射程に入った。
その瞬間、木海月は縮めていた触手を振るう。
その瞬間、俺は全力疾走を始めた。
迫る攻撃に自ら向かうのには正直言って怖かったが、やってみれば大したことない。
どれもカルスの攻撃には到底及ばない弱い攻撃だった。
これだけの数の腕があろうとも、カルスの二本の腕と二本の足には敵わない。
カルスとの特訓が少なからず役に立った。
地面から伸びてくればそれなりの脅威になってはいたが、軌道が読める以上何も怖くないし、今地面から伸びてきても振動で分かるだろう。
走る勢いを全く緩めずに攻撃を掻い潜る。
避けるか腕で受けるかを繰り返していたが、一度触手を斧ではたき落としてから地面に踏みつけて切ってみた。
地面というまな板のおかげか、魚のように鮮血を撒き散らしながらその一本だけは切れた。
あとは頭部に死ぬ気で叩き込むだけだ。
絶対に切れない強度じゃないと分かった今、覚悟は決めた。
身体中の半分ほどのエネルギーを一撃に回そう。
そうすれば激痛と代償にここでの決着はつくだろう。
その後に傷を回復してカルスの方に向かえばいい。
木海月との距離あと四メートル。
ここからなかなか距離を詰めることが出来ずにいた。
後は懐に飛び込んでとどめを刺すだけなのだが
、以外と木海月は動き回る。
それでも後一歩。
それで一番力の入れやすい体制と距離になるという瞬間だった。
「おっ、おおおぁぁっ!?」
体が浮いた。
違う、足首を締め上げる感触から察するに、掴み上げられたのだ。
「嘘だろ、いつの間に!?」
地面から触手が伸びれば振動で気付く筈じゃ……。
そうか、元々地面に忍ばせていたのか。
そして木海月は逃げ回るふりをして、まんまとその上に誘い込まれたのか、俺は。
決着を焦ったツケを払う。
地面に叩き付けられ、そのまま引きずり回される。
相手は俺の事をスポンジか何かだと勘違いしているらしい。
武器を持った腕を下にされたせいで手から斧が離れて行った。
そしてズタズタのスポンジに成り下がった俺を目の前に持ち上げ宙吊りにした木海月は、笑った。
確かに笑ったのだ。
「―――――!」
残った腕で俺を痛めつけてくる。
「-----!」
腕で受ける以外無抵抗な俺を相手に随分と楽しそうだ。
「----ッギュィ!?」
執拗に顔を狙ってくるものだから触手を一本噛みちぎってしまった。
相当油断していたのだろう。急な出来事に俺を離してしまった。
齧りとった肉片と血を吐き捨て、口の周りを拭う。
あ、くそ。
逃げた。
と言うかシルリスの方に向かって行った。
木海月の知能から考えて人質にするつもりなのだろう。
モノット村でも怪我人や子供を使ってやっていた。
こいつのタチの悪い所は、いたぶる様子を無理矢理人質に見せる所だ。
頭部を固定して、耳を塞げないように腕を押さえられた男の子の姿は今でも忘れられない。
思い出すだけで脳が焼け焦げそうなほどの怒りが湧いてくる。
それを今、シルリスにしようとしているのか。
じゃあ、まあ平気か。腹は立つけど。
『シルリスが狙われてる!はや』
「分かってるって。平気だろうから斧拾うまで待って」
『そう言う問題じゃない!だってあんなボロボロで待っ』
「ぶっちゃけ俺より今のシルリスのが強いし」
落とした斧に辿り着いた頃にその証拠が聞こえて来た。
戦斧を掴み上げたその瞬間、乾いた空間に振動が伝わって俺の体に届く。
「″破城槌″ッ!!」
叫び声と猛烈な衝撃の音が響き、魔力の塊を受けた木海月が高々と殴り飛ばされた。
「な?」
『あんた後で説教と天罰だかんな』
俺にも避けられる木海月の攻撃などシルリスなら片足でも避けれる。
そして大丈夫と言った以上心配は不要だと判断した。
そんな事今はどうでもいい。
やっと訪れた好機を無駄にはしない。
落下する瞬間に丁度着くように走る速度を合わせる。
木海月の触手がひらめきながら放物線を描き飛んでくる。
俺が居なければ最初に地面に着くだろう背中を斧で受け止めてあげなければ。
やっとこいつを討ち取れる。
やっと一つ仇をとれる。
あと三歩。
二歩。
一歩。
間合いに入る。
「らああああぁぁあああ!!」
人生で二度目の激痛が全身に駆け巡る中に、確かな手応えを感じた。
この一撃で木海月は絶命した。
* * *
「色々聞きたいことも文句もあるけど……まず、大丈夫?ボアさん」
倒れた俺の元にシルリスが寄ってきた。
「じわじわ痛みが引いて来たとこ……。カルスはどうなってる?」
「見たらわかるって言うか、見てほしい、なっと!」
「痛い!?」
シルリスに掬い上げるように蹴られた。
なんかしらの恨みを買っているからかと思ったが、どうやら違うらしい。
なんか、俺が元いた場所の近くを槍が飛んでいったように見えた。
きっと気のせいだろう。
立ち上がって、飛んできただろう場所を確認する。
そこには何も無いはずなのだ。
現実を直視せざるを得なくなった。
「なっっ…んだあれ」
「見たままだよ。カルスが攻撃を避け続けてる」
あれもライトの魔法なのだろうか。
武器が嵐のように飛び交い、その中心にカルスが居た。
その流れ武器がこちらまで飛び散ってくるのだ。
「カルスって全然本気じゃ無かったんだな」
避け続けているとは言え、見たところ互いに元気が有り余ってる。
勝負に決め手が欠けるのだ。
「じゃあ、俺が行った方が良いよな…?」
「出来るならそうして欲しい所だけど、無理するようだったらさ、僕は任せても良いと思うよ?」
シルリスの言葉に棘は無いが、無意識のうちに俺が戦力外である事を示している。
その気遣いがなんとなく嫌だった。
「いや、無理して状況が好転するなら無理するよ」
意地とかプライドとかが関係なくても、俺が決定打になれればそれに越したことは無い。
ただしあの中に入って、カルスの邪魔にならず、その上でライトに攻撃する力は俺には備わってない。
ライトの攻撃が止んだ。
取り敢えず静かに走り出した。
カルスに代わってライトと戦ってもあっさり死ぬだろう。
どうせ打ち合え無いならばやはりさっきと同様に一撃でケリをつける。
それが一番良いはずだ。
今は死角にいて、かつ奇襲を仕掛けることが出来る状態だ。
しかし、だからといってただ攻撃しても失敗に終わる確率が高い。
何か、ここで切れる手札は無いか。
脱力狼の毒牙。
当てるのが問題なので没。
白岩羊の岩。
一応急所はそれで守るが、その後は、うん。
攻撃に関しては没だな。
そうだ、木海月も口に含んだ。
触手を使って距離を誤魔化しながら一撃を…。
いやいや良く考えろ。
仮に三本目の腕が生えたとして、すぐに使いこなせるか?
相手の骨すら折れなそうだ。
没。
やばい思い付かん。
もうちょい考えてから動くべきだった!
何か、手が、
そうだ、あるじゃないか。
勇者になる前から使えて、大して役に立たなかった手が。
「それでこそ我の前に立つに相応しい!!」
この手はライトがこちらを意識しなければ使えない。
しかしどうせ俺が気配を消したところで気付かれるのでどうでもいい。
ほら、振り向く。
俺が斧を振り下ろし、ライトが迎撃に移る直言にこう唱える。
「″憤怒をもって大地を焦がせ″」




