二十九話 不敗
引き金を引いたのはライトだった。
低い構えを崩さぬまま、足から地面に魔力を伝達させる。
生み出されたのは六本の土の柱。人間が両腕をひろげても直径に届かない太さの柱が、カルスを押し潰さんと蛇のように鎌首を持ち上げる。
一度、少し後ろに引き勢いをつけた。
そして、土魔法の大蛇がうねる。
幸いなのは急な方向転換をしてこない事か。制御すら難しい超質量は、避けるカルスにあわせて動くということが出来ない。
ので、ライトはカルスの動きを予測して攻撃する。
一方避けるカルスとしても一筋縄ではいかない。
まっすぐに向かってくるにしても、視界を圧迫する柱を避けるには二歩の動きが必要になる。
その一つ一つがバカにならない速度で襲いかかってくるのだからやってられない。魔法での向かいうちは論外。この広い大地から土を伸ばしているのだ。魔法で向かい打つということは土地が無くなるまで防御を続けることになる。
必然的に回避一択となる。
一本目。
左に飛んで回避。
避けた先の正面から二本目。
上に飛んで回避。
上空、人が虫を叩き潰すように、三・四本目が左右から迫る。
「“爆砲”ッ」
剣を持たない左手を下に向け魔法を放ち、さらに上昇、回避。
五本目は上から降ってくる。
ライトのいたはずの場所から山なりにのびていた。
同時に、ライトが姿を消したのを確認する。
なぜ、と考える前に行動を優先。
「‘“爆砲”ォォッ!」
後方のやや上気味に爆発を噴射、未だ激動を続ける大地に叩きつけられるように着地する。
そして六本目、それまでの五本とは比べ物にならない速度で、回転を加えながら一直線にカルスを穿たんとする。
ここまでの動きを完全に読まれ、そしてこの状況に誘導されたのだと悟る。
その誘いに乗る不安はあるものの、かと言って避けない訳にもいかない。
ほんの一瞬の躊躇、それでも避ける頃には暴力的な運動エネルギーが目と鼻の先にある。
左に飛んだ。
「ーーーは」
ライトが、目と鼻の先にいた。
成る程、柱に足を固定して接近したわけだ。それならば構えを崩さず高速で動ける上、視界からも逃れやすい。
柱の真横に足を固定したライトが放った技は、居合斬り。
カルスの頭から股下までを一刀の元に分かつ一撃だ。
意表を突かれたカルスは、しかし冷静さを無くさない。
構えもへったくれもない体勢から膂力だけで一閃、互いの武器が衝突する。
ライトの土製の武器とカルスの安物の武器が粉々に砕ける。
ライトの居合斬りには柱の速度がプラスされる。その運動エネルギーを受けて無事でいられる強度の武器などこの世にそうそうないだろう。
まだ終わらない。
ライトは振り抜いた勢いで二撃目。
左手に持った鞘は刀へと変化を終えており、一撃目の軌道をなぞる。
カルスの持つ剣は砕け、剣身は五センチとない残骸と化している。
それを再び振るう。
振り抜いたライトに対しカルスの右腕は弾かれ、振る前とそう変わらない場所に戻っている。
剣が壊れれば当然重心も重力も変わるが、それを感じさせない淀みない剣撃をふるまう。
再び衝突。
その一瞬にも満たない一合を終え、ライトは柱に乗ったまま再び距離を取る。
そして着地したあと、カルスを地面ごと押し上げる。
なんのダメージにもならないただの時間稼ぎだ。
地面から直接刃を出すのは、実はあまり効果的ではない。
肉を切ることができる鋭さと硬度を成立させるには、一度土を固める作業を挟む必要があり、それをする頃にはカルスはもう動いているだろう。
土魔法でカルスに致命傷を与えるにはそれなりの時間が必要になる。
なので、あらかじめ仕込んでおいたものを使う。
「″土壁″ぃぃッ!!」
カルスが空中に投げ出され、落下を始めた時ライトは雄叫びをあげ、最後の手を使う。
ライトがこの場所にたどり着いたのは今から一日と十数時間前、ではそれから何をしていたのか。
この場を戦場とする際に、木々を根こそぎ移動させたあと、何をしていたのかの答えが現れる。
カルスの落下地点を囲むようにそれを移動させ、土ごと上に押し上げる。
それの本来持ち手である部分は土に埋まっており、そこから先の剣身だけがむき出しになっている。
仕込みとは剣をはじめとした武器である。
斧、太刀、短刀、細剣、薙刀、槍、ハンマーなどなど、土で作られた思いつく限りの武器がそこにあった。
その一つ一つが美術館にあっても遜色のない美しさを持つ作品だ。
その数、2671本。
全ての切っ先がカルスに向いている。
(これを全て射出すればほとんどの魔力は使ってしまうが……)
まあ、相手はそのぐらいしても釣りの出るほどの相手だ。
「そろそろ手傷の一つも欲しい頃だろう!?さあ、いくぞ!」
ーーー耐えてみせろ。
銃身である土に魔力を流し、弾丸である武器に力を加える。
爆風程度では吹き飛ばない重量の弾丸だ。
カルスが地面に着地した瞬間、引き金が引かれた。
* * *
ライトの所属する『哀願の魔王軍』には。『不敗』をコンセプトに作られた魔物が三体いる。
勝つのではなく負けないこと、つまり死なないことに特化した能力を持つ魔物だ。
一体目は、全ての傷を瞬きの間に癒してしまう者だ。
たとえ首を切り落とそうとしても刃が通り抜ける頃には後も残さずに治っている。
この魔物に致命傷というものは存在しない。
二体目は、そもそも攻撃が当たろうとも傷につながらない者だ。
物理的に無敵、魔法的干渉にも絶対的な耐性を持っている。
この魔物と戦うのは雲と戦うようなものだ。
三体目はそもそも攻撃に当たらない。
矢は外れる。剣は空を切る。放った魔法は届かない。
異能力ではなく、それを技術をによって成し遂げる傑物だ。
この魔物と戦った者は、次第にその実像すら疑い始める。
その元魔物の名前は―――
* * *
「……は、はは」
ライトは笑った。
脂汗を滲ませながら、笑うしかなかった。
仕込みを使い切り、魔力を使い切った。
そうして得た成果が、カルスに息切れを起こさせる程度で終わってしまった。
カルスは最初に飛んできた太刀を空中で掴み取り、向かう弾丸の全てを防ぎ切った。
腕に纏う炎を推進力に変え、技術で刄の嵐を凌ぎ切ったのだ。
踊るように、赤を空間に撒き散らしながら、それでも体には傷の一つも付かなかった。
この世の物ではない美しさに、幻想的な光にライトは敵ながら確かに魅了された。
幻のような光景を生み出す力の持ち主はこう呼ぶにふさわしい。
―――【幻像】、触れようと足掻いても、なお届かない者。
「いい、いいぞ!それでこそ我の前に立つに相応しい!!」
ライトが残しておいた最後の武器を取り出す。
奇しくもそれはカルスが手にした太刀と同じ代物だった。
これから始まるのは魔物としての純粋な技量比べ。
全力をぶつけ合い、雌雄を決し、美しい結果を迎えるとライトは確信する。
カルスは違った。
ライトの後ろで、不粋なお邪魔虫が戦斧を振りかぶったからだ。




