二十八話 ライトと〇〇
ライトが剣を振るう。
細剣のもつ鈍い輝きが、カルスの心臓へ光の橋をかける。
鋭い一撃ではある。
その剣技が相当の年月と努力によって磨き上げられたものであるのはその一閃が物語っている。
しかし単純な剣の腕では、僅かにカルスが上回る。
半身になる事で剣先から逃れると、右腕に完成させた魔法を放つ。
「”爆砲“ッ!」
「”土壁“」
被せるように唱えられた一言は、一瞬に満たない刹那のうちにライトが魔法を完成させた証明になる。
ライトは、カルスの魔法を見てから反応したのだ。
ライトとカルスの僅かに生じた隙間に滑り込ませるように地面から土の壁がせり上がり、カルスの掌が作り上げた爆風を正面から受け止め、ライトから防ぎきった。
ここからがライトの厄介なところなのだ。
土の壁から離れるが、時すでに遅し。
「ちぃっ!」
ライトの作り出した土の壁は、一瞬のうちにして変形、無数の針を乱れ打つ。
回避に専念しようとした
しかし不意打ちに近い攻撃に思い直すと、回避から撃墜に変更する。
「”爆砲“おおっ!!」
反射的に再び発動させた魔法は、それでも飛んでくる針の射線をそらす爆風を生み出す。
ライトという魔物は、特に特別な能力を持っているわけではない。
ただ、他人よりも物の造形に関するイメージ力が強い。
相手の力を受け流すにはどういった形状に土を作ればいいか。
より風の抵抗を減らし早く飛ばせる形状はどんなものか。
どんな形状に土を伸ばせば避けづらいか。
地面をどう固めれば動きやすいか。
より扱いやすい剣を作るには。
殺傷能力の高い形は。
常に刹那的で濃密な思考をする。
そうして作り上げられたライトの土魔法には一種の美しさが見て取れる。
手に持つ土の刃には磨き上げられた金属の光沢が乗り、生み出した土の壁は卵の殻のように緩やかでブレのない曲線を描いていた。
そして防戦一方のカルスに対し、ライトはこう思っていた。
ーーーああ、腹が立つ。と、
ライトが地面に両手をつけ、直接魔力を注ぎ込む。
人間一人がすっぽり入る太さの土の柱がカルスの周りに現れ、全てがカルスに向かう。
しかもそれぞれが空中で無規則に方向を変え、どの角度から攻められるかの予測が全く立てられない。
ちなみにこの動きは全てライトの密なイメージの賜物だ。
無数の腕を操るに等しい技術を前にしてカルスは鳥肌がたった。
おまけに、土を操るということは近場の土も引っ張られるということで、カルスの足場は限りなく不安定な状態になる。
迫り来る土柱。足場の動きを大雑把に先読みし、対応しようとする。
直後、目前に迫る土柱が爆ぜた。
「は…ッ!」
否、爆ぜたのは自分に向かう全ての土柱。その全てが砂塵となり降りかかる。
豪雨のような衝撃がカルスの全身を打つ。
だから、すぐそばの気配に気が付けなかった。
土柱を目くらましに変えたライトは地中に潜り込みカルスとの距離を詰めた。そして振るわれたのは先ほどまで握られていた剣ではない。
ただの拳だった。
「ごぉ…」
「ええい腹が立つ!何をそんなに考え込んでいるんだ集中しろ駄犬が!」
突然顔面を殴り飛ばされたカルスは、むしろ追撃が来ないことに驚く。
「今のボケボケしたお前にそのまま勝ったところでむしろ我が恥かくわ!何考えているんだ!」
「聞いてくれんのか?」
「この状況で聞くと思っているのか!?まあ聞くけどな。なんだ言ってみろ」
ライトとしては上司がいる以上その意にそぐわない働きはできない。そして上司が望むのは『面白い』結果だ。
聞いたことで不利になり負けようが、結果として上司が満足する結果になるのならば聞かない手はない。
「償いのことなんだ。どうしても俺ん中で罪悪感があってぉ、どうやって埋め合わせをすればいいかって考えていた」
「ほう、それで?」
「やっぱ直接は返せねぇと思った」
ライトがこける。一昔前に人間の間で流行ったリアクション。
とはいえカルスは真剣だ。
カルスは治療ができるわけでも賠償金を払えるわけでもない。なのでこの結論は当然といえば当然だった。
「直接は無理なんだから、人間全体に、俺のできるだけのことを一生かけて償おうと思う。誘われたからやるんじゃなくて、俺の意思で勇者に味方する」
「なぜ人間の味方なんだ?魔物なら殺せると?」
「人間のが生きるために殺してるからなぁ。それに俺を助けたのは人間だ。二択なら好きな方に味方してぇよ」
そこまで言って、最後に不安げに問いかける。
「で、どう思う?」
ライトは苦笑してしまった。
裏切る宣言をしておいて、それを我に聞くのか。
「まあいいと思うぞ。我は好みの答えだ」
そう言って、ライトはカルスに背を向けて歩き距離を取る。
振り返って両手で地面に手を触れた。
土が動き出し、わずかな時間の後にライトの右手には刀、左手には鞘が握られていた。
カルスはカルスで詠唱を始める。
腕から炎が吹き出し、腕を赤く染め上げる。
「まあ、それを叶えるには全員が生き残らなければならないわけだが?」
「んなもん最初っから心配してねぇよ。ボア達はあんなタコに負けねぇし、俺も負ける気はしねぇ」
「言ってくれるな!その自信ごとすり潰してやろう!」
ライトは鞘に刀を収め、腰に構え、重心を下げる、
カルスも自らの剣を構える。
「さあ、化け物同士の決着をつけようか、ゲンゾウ」
「なんだ、そりゃあ」
「お前の魔物としての名前だ。もっとも、必要なさそうだがな」
「ああ、そうだな。カルスのがかっけぇよ」
仲間からもらった自慢の名前だ。
戦闘再開の合図はない。
ただ、お互いの目を見れば分かる。
「行くぞ」
戦いは決着へ進む。




