二十七話 木海月
まず最初にカルスが詠唱をしながらライトに攻撃を仕掛けに行った。
それに続こうとおれが足を踏み出そうとした瞬間、強い力で服の背中側を引っ張られた。
「駄目!」
この状況で俺の後ろにいるのは木海月かシルリスだろう。が、その声でシルリスだと判断する。
次の瞬間、木海月の触手が俺の踏み出そうとした場所から飛び出してきたからだ。
木海月は僅かに土魔法を使うことができ、それによって土の中でも自由な動きを取ることができる。
目線の先、カルスの剣とライトの細剣がぶつかり合うのが見えた。
奇妙なことにカルスは細かく自分の立ち位置を変えながらライトとやりあっている。
はたから見れば無駄な動きばかりに見えるが、地面から伸びる二本の触手がカルスを打とうとして空を切る。
不意打ちの攻撃をカルスは見る前に避けたのだ。
実質カルスはライトと木海月の両方を相手取って立ち回っているという事だ。
しかし一歩も引けを取らない。
当然だ。カルスは国の討伐隊を相手にして生き延びたんだから。
『カルスから伝言!“こっちは引き付けるからにょろにょろを仕留めてくれ”って!』
「声真似がひでえ」
『言ってん場合じゃねーわ!いいからシルリスと一緒ににょろにょろ倒せ!』
「そのにょろにょろって言うのやめない?なんか笑っちゃう」
『っせぇ!』
一応会話はできているが、余裕ではない。
現時点では木海月は触手しか姿を見せておらず、その触手が俺たちに現在進行形で襲いかかっている。
カルスと分散させられたのも大きい。
というか、カルスとシルリスは地面から突如襲いかかる触手になぜか反応できているが、俺は結構当たっている。
「なんで?なんでお前ら避けれんの!?」
「振動だよ!僕は五感強化のおかげで大体は分かるけど…ボアさん右足下!」
「っっとお!?」
言葉に反応して後ろに飛ぶと、言われた通り元いた場所の右足側から攻撃が来る。
振動とか注意するまでは気にならなかったが今のは少しだけ感じ取ることができた。
ただし方向までは分からない。練習すればできるかもしれないが、そんな才能も時間もない。
「ああもう埒があかない!出てきてもすぐ引っ込むし、殴っても大した痛手になってないし!角度がバラバラだから胴体の場所も見当もつかない!」
文句を言いながらも見ている限り一度も攻撃を体に掠めてさえいない。
言う通り打撃の効果は薄そうだ。
シルリスは一撃の威力が低いが、手数で相手をねじ伏せる意外とパワフルなスタイルだ。
しかし今回は相手が悪い。
木海月側は攻撃が失敗に終わるとすぐに触手を地面に引っ込める。
二発目以降を与える隙が少ない。
それに、触手は柔軟で丈夫だ。
衝撃を受けても相手には余裕が見える。
そして俺はと言うと、攻撃のタイミングはある程度読めるようになったので、直感の赴くままに適当に飛ぶ。
意外と七割は避けられる。
二割は体の幅が広いせいで回避が間に合わない。
一割は自分から衝撃に突っ込むせいで泣きそうなぐらい痛い。
何度か斧が当たった事もあるが、ぶらぶらした状態でほとんどの衝撃を逃がされるから浅い傷はできてもこれも痛手にはなっていないだろう。
「ボアさん何かいい策とか無い!?」
策か。
さっきから考えているんだけどなあ。
毒で噛み付くのはまず無理だな、触手が速い。
そもそもあれは大きすぎる相手にはうまく毒が回らない可能性がある。
やっぱり引っ張り出せれば一番いいんだけど。
「これ引っ張り出せる?」
試しに言うとシルリスは本当に一本の触手を捕まえにかかる。
躊躇の無さが漢らしい。
まず右手、次に左手でも掴み、綱引きのように体重をかけて引っ張る。
「うわっ!」
しかし触手が蛇のようにシルリスの腕に絡みつくとそのまま強い力で引き返し、力負けしたシルリスが体勢を崩す。
そこをもう一本の触手が狙う。
これを体勢を崩しながらも身をよじって躱すと、触手を剥がして言った。
「やっぱ無理!他は?」
あの危機を危機とも感じずにやってのけ、何でもないかのように切り替える。
半分冗談で言ったことを本気にされて罪悪感が芽生えていたが、それを押し殺しながら対応する。
「あれは?破城槌だっけ?それを地面に撃つことは出来るか?」
「出来なくもないけどまだ大した威力出ないよ」
「じゃあ、触手一本怯ませることは?」
「え?まあ、そのぐらいなら…」
なおも続く攻撃をそれぞれ退けながら対策を練り続ける。
俺は息も絶え絶えなのに対してシルリスの方はまだ余裕がありそうだ。
「無防備になった俺をある程度守る事は?」
「えーっと、多分大丈夫」
「よし、じゃあ俺がそっち行くから、その時一本怯ませてくれ」
手にしていた斧を背負い、答えを待たずに走り出す。
何発は体に衝撃が走るが、強引に気をそらしながら一心不乱に走り続ける。
シルリスが戸惑いながら聞いてくる。
「え?何しようとしてるの?」
「ちょっと無理する!俺が引っ張ってみるから、その間守ってくれ!」
「わ、分かった!」
素の力ならシルリスとどっこいだろうが、俺には気力操作がある。
これで限界を超えた力を出しことができるのだ。
しかし自分の体に合わない力を使った時の痛みをよ身を以て知っているため、出来れば避けたかったがそうも言ってられない。
シルリスに対しても罪悪感もあるしな。
シルリスが自分の方に来た触手を思いっきり殴りつける。
俺に向かって。
「うっおう!?」
何とかそれを掴むことができ、全力で引っ張る。
気力操作も使いながらの、魔力を使い果たさない限界ギリギリの力だ。
「っっだだだあっ!根性ううぅううあああ!」
それでも身に余る力だ。
前回は斧の一振りで終わらせたこの力を、今度は継続させる。
地面を砕く勢いで踏みしめ、腕が千切れそうな勢いで力を込める。
魔力が回路を焼き、筋肉が不穏な音を出しているが引くのをやめない。
そんなおれを、周りを気にする余裕は無いが、多分シルリスが守ってくれている。
腕以外の痛みを感じずにいられたおかげで、触手の力を俺が遥かに上回る。
次第に、地面から触手が出た分足を踏み出せるようになる。
一歩、また一歩と、その分木海月を地中深くから地面に近付ける。
「お前も!引き篭ってねえで!とっとと出ろ!」
一際大きく足を踏み出した。
急に抵抗がなくなり、俺の体は矢のように飛び出した。
木海月を引っ張り出すことに成功したのだ。
限界を超えて酷使された体を、自然治癒力を高めて治しながら、俺を守っていてくれたシルリスにお礼を言おうとした。
言葉が出なかった。
シルリスの体には醜い怪我の線が走り回っていた。
目の上を切ったのか、雑に拭った血の跡と、それでもなお出血を続けている怪我があった。
健康的だった、今は痣だらけの足を引きずるような歩き方は痛々しさを際立たせる。
一番ひどいのは左腕だ。
右腕に比べてより多くの傷を肌に浮かべ、もう持ち上げることも辛そうだった。
気力操作などできない身でここまでしてくれていた。
「言っとくけど、謝らないで。すごい申し訳なさそうな顔してる」
それほどにわかりやすく落ち込んでいたのだろう。
謝罪を先回りして制止すると、無理に笑顔を浮かべて言った。
「誰かさんだったら、飯の一つでも奢ればいいからって言うでしょ?今日の晩御飯、期待してるよ。それより今は、引っ張り出した木くら…」
俺の引っ張り出した木海月を見て、固まった。
うん、言いたい事、わかる。
木海月は、もう土に潜ろうとはせず、まだ威嚇をしている。
そんな中、シルリスは言った。
「海月じゃ無いじゃん!キノコでも無いじゃん!タコじゃん!」
無理しながらも、耐えきれずにシルリスは言った。




