二十六話 我が名は
「俺は、仲間よりも友達の方が大事だ。同じ目的を持って動く”仲間”じゃなくて、楽しいっていう理由で、一緒にいたいから一緒にいる。そういう関係が”友達”だと思えるからだ」
俺も、シルリスも、ラウニも、ライトでさえも、一言も話さずにカルスの言葉に耳を傾ける。
「まだ一緒にいたい。けどよぉ、それ以上に死んでほしくねぇ。皆が生きる道が欲しい。俺はお前らも、サリア村も好きだ。死なせたくねぇ。だから、申し訳ねぇけど、ボア、ラウニ、シルリス」
カルスは俺達の顔を順番に見て、言った。
カルスの決断を。
許しをこうように。救いを求めるかのように。
「だから……一緒に戦ってくれ」
それは戦闘の意思。
俺達を信じ、これからも一緒に居続けるために選んだ道。
三人で生きたいがための選択だ。
「っし、任せろ!友達のわがままぐらい聞いてやる!で、悪いんだけど…」
そう言い切り、ライトに目を向ける。
今、この瞬間にでも激昂して襲いかからないとも限らないからだ。
ライトの顔に浮かぶのは何か、予想はしていた。
悔しさ、怒り、悲しみ、失望、呆れ、殺意。
どれでも無かった。
ライトは、笑っていた。
「これは皮肉ではなく、心の底からの賛辞だと前置きさせてくれ」
なぜ笑えるのか。敵三人を前に、裏切りを前にして何を思っている?
「我はそういうの、嫌いじゃあない。むしろ、心が躍る。短い間に信頼関係を築き上げ、互いを認め合い、一丸となり不可能に挑む!これに昂らずに何を思う!?ただし一つ、先輩としてお節介を焼かせてくれ」
一つ、と言いながら人差し指を立て、カルスの目を見て言った。その眼には侮蔑のかけらもなく、善意に満ちていた。
「決めたなら貫け。二度と迷うな。鼓動が止まるその瞬間まで、美しく在り続けると誓え。いいな?」
「---おぉ。誓ってやる」
そうカルスが言うと、ライトは満足げに頷いた。
「よぉし!では、不本意ながら、我は我の職務を全うせねばならぬ。勇者なんだろう?我ぐらい蹴散らしてみろ!」
「えぇ、やっぱ戦わなきゃ駄目か?撤退してくれるとか、手加減してくれたりとかしない?」
「すまんなぁ、ボア。命令には全力で答えるのが我の美学。魔物としての美しい在り方だ。上がやれ、と言うのならば、我は悪として振る舞うのみ。なに、我に勝てばそれで済む」
そう言うと、ライトの雰囲気が変わった。
空気が変わる。ライトの魔法だ。
ライトが足元に手をかざすと、その手のひらに向かって杭のように土が伸びてくる。
それが手に触れた瞬間、土が崩れ落ち、ライトの手には、一振りのレイピアが握られていた。
土色の、金属のような光沢をもった剣だ。
「さて、準備があるのなら待つが、始めてもいいのか?」
「そっちこそ、本当に一人で三人を相手にする気?」
「少年よ、言っただろう?前提が間違っている。とな」
ライトが一歩、強く踏み込んだ。
というより、地面を蹴る、と言う表現の方が適しているな。
柔らかい土を蹴ったはずなのに衝撃が大地を揺らし、俺達の方まで広がってくる。
ん?あれ、振動が長い。
地震か?いや、と言うよりも……。
まるで、地面に何かでかい生き物がいるかのような……。
「ッッ後ろ!」
シルリスが叫ぶ。振りかえってみれば、派手に土を撒き散らしながら何かが飛び出してきた。
そこに蠢くのは、多数の触手。俺達を威嚇するかのように揺らめいている。
前提の間違い。
つまり、三対一では無かったという事だ。
いや、そんなこと今はどうでもいい。
この触手、俺は見覚えがある。
「嘘…だろ?【木海月】か?」
この魔物は、俺が壊滅に追いやってしまった村に来ていた。
しなやかかつ強靭な触手は、建物を簡単に破壊した。
村人を掴んで引きずりまわしたり、目を抉り取ったり。人形で遊ぶかのように人を襲った。
「おい、ライト」
「なんだ?」
「ルイスとモノット村。聞き覚えあるか?」
「モノット村、というのはよく分からんが、ルイスならよく知っている」
「場所、教えろ」
「ふむ」
一瞬考えるしぐさをとった後、獰猛な笑いを見せて言った。
「強い魔物は、負けた時に一定の情報を伝える義務がある。そうでもしないといつまでも邪神様が勇者に会えんからな。我もその強い魔物に入る。そしてルイスだが、こいつの事を教えるのは、なかなかに重要な奴でだなぁ。教えるなら、うむ、理由が無ければ難しいなぁ」
「よし、言いたい事は分かった」
俺も武器を構えて、ライトにつきつける。
つい最近までの、日用品としての斧ではない。
戦斧。
より重量のあるこの斧は、木を割るためのものではない。
命を砕くために振り下ろされる。
そして、強い意志を込めて言う。
「ぶっ殺してでも吐かせてやる」
「いい心構えだ!死ぬ気など微塵もない目!顔!その幻想を砕き、死神に会わせてやる!」
カルスは片手剣を持つ。人間の姿になることで爪が無くなった。
近接の時、物理攻撃に対処するための武器だ。
シルリスはいつものメリケンサック。
身軽さを活かし、手数で攻めるための武器だ。
「正義を名乗る人間よ!我は魔物!障害として貴様らに立ちはだかろう!お互いの職務を全うしよう!悪の名を魂に刻め!」
さえぎる物の無い場に、舞台役者のような良く通る声が響く。
兎耳を揺らし、両手を広げ、胸を張り、堂々と叫ぶ。
共鳴するかのように木海月が暴れ、振動が広がる。
「【哀願の魔王】軍所属!我が名はライト!美を愛し、憧れ、追い求めし者!」
そう言うと、また笑った。
「死ぬ気で来い。どうせ死ぬ」




