二十四話 冗談
急に話しかけられるとなんて言えばいいか分からなくなるよね。
しかもその相手がまたクセが強いともうね、どうしようもないよね。
兎耳の男とか俺初めて見た。
女性がそういう格好する店があるのはなんとなくわかる。
ルックスのいい女性がすればオヤジ達は大熱狂だろう。
ただし男、お前は駄目だろう。
何処に需要があるんだそれ。
タキシードバニーボーイとかなにそれ特殊すぎる。
まあ顔はいい方だとは思うが、理解できない。
……もしかして都会ではメジャーな性癖だったりするのだろうか?
あとでラウニとかシルリスに聞いてみよう。
「どうだろう、協力してくれるだろうか?」
再び問われる。
まあ暇だし、こいつ見てて面白いし。
多分シルリス達も仕度全ては終わって無いんじゃなかろうか。
立ち上がって問に答えた。
「用事あるし、時間まででいいなら手伝うよ。それでいい?」
「ああ、感謝する!おっと美しくない、葉っぱが背中についてる。取ってやろう」
「ありがとう」
「なぁに、我は美しくないのがなんか嫌だなぁと思っただけ。気にするな!」
こいつなんか面白い。
ずっと笑顔だし、独特な喋り方だし。
多分思った事そのまま言ってるんだろうな。
一緒にいて楽しいタイプの人間だ。
「さあ行こう。サリア村はそこそこ栄えた町だと聞く。我けっこう楽しみだった故、辛抱の限界が近い!」
「気をつけろ。あいつら巧妙に食い物売ってくる。うまそうすぎて気がついたら財布は軽く、腹は重くなってた」
「なんてことだ!では今のうちに財布の紐を限界まで硬く締めておくとしよう」
「俺にも注意だ。特に饅頭を売っている店の前に来たら、理性が飛ぶらしい。あの店は俺に刺激がありすぎる」
「それほどまでに…っ。分かった、饅頭だな。大丈夫、我が二個までに止めさせよう」
言いながら本当に財布のひもを締めている。
「そういや名前は?」
「我の名はラィッ…。失礼、ライトと呼んでくれ。青年、君は?」
「ボアだ」
「うむ、短い間だがよろしく頼む!」
サリア村への、具体的に言うとその出店への警戒を強めつつ歩き出した。
* * *
「いやはや、無理だったなこれ。楽しすぎる!」
「だよなぁ。やっぱ耐えらんないよなぁ」
二人で出店を満喫してしまった。
饅頭は少ない理性が働き、俺の腹に収まるのは五個だけだった。
サリア村に入って、人通りの多い道に入った瞬間にライトは財布のひもを引き千切った。
二人の財布はすっかり軽くなり、それに反比例して腹が重い。
ついでに言うと、ライトの姿はやはり目立っているが、すべてが悪いものではない。
奇妙な物を見る目が五割、女性陣のギラギラした目が二割、可愛い動物を見るような目が三割と言った所だろう。
頭の上の兎耳は感情を表すように動く。
食べ物を頬張るたびにぴょこぴょこ動く様は周りを笑顔にしている。
『あんたら目的忘れてない?』
「食べ歩き観光ツアーだっけ」
『人探しだろうが!』
「あー…」
そう言えばそうだった。
楽しすぎて完全に忘れていた。
「なあライト。まだ腹三分目くらいだろうけど、そろそろ目的の方済ませよう」
「目…的?」
「お前が忘れんな!人探し!」
「あ、ああ忘れていた!正直もういいやと思わんでもないが流石にまずいか!じゃあ見つかったら言ってくれ」
「ノーヒントで見つけろって無茶振りが過ぎるだろうが!なんか特徴とかないのか?」
「ああ、それなら我が書いた似顔絵がある。我美術とかいうステキな響きする物つい手を出さずにはいられなくて」
そう言いながらごそごそと懐を探る。
「なんだ、似顔絵があるなら簡単じゃないか」
「これだけ人がいる中一人とか我寂しいし、見つけられる自信ない。ほら、これだ」
「へえ・・・っ」
何気なく差し出された紙には、あるはずのない顔が書かれていた。
それを見て戦慄が走る。
だってあり得ないはずなのだ。ついこの間までこいつはこんな顔をしてはいなかった。
ラウニがこの顔に変えたことを、あの場にいた三人と、ライゼル含むごく少数の人間しか知っているはずがない。
だが、ついさっきも見た顔を今更見間違えるはずがない。
「カルスという名前の男だ。どうだ、見たことはあるか?」
なぜ知っている。
その名前も俺やラウニがつけた名前だ。
やばい、気を抜きすぎた。
街中だからって、最近何も起きていないからって、耳以外人間そのものだからって。
好感を持てる性格だからって、裏切らないわけではない事は俺が一番理解しているはずだったのに。
『落ち着いて、平静を装うなんてあんた得意でしょ?』
言われてはっととする。
俺は今はどんな顔をしていた?
よし落ち着こう。なんでもない事のように言わなければならない。
「いや、見てないな」
「ふぅむ。そうか。知ってれば手取り早かったのだが仕方ないか。にしてもここは本当に賑やかだな」
急に話が脱線する。
ライトが視線を俺から人混みに移す。
何度見ても活気のある場所だ。
饅頭を売るおっちゃんとはもう顔見知りになった。
干し芋を売る女性の人はよく男の人に話しかけられているのを見る。
野菜を売るおばちゃんの声はこの場所の名物と言ってもいいだろう。
いろんな人がる。
いろんな声が聞こえる。
みんな、それぞれの顔で笑う。
それを見ながら、ライトは言った。
「これ全部悲鳴に変えてやれば、あいつでも気づくだろうな。やって見るか」
「ーーー」
「なに、冗談だ!」
「―――」
「そういえば用事の時間でも迫っているんじゃなかろうか。行っててもいいぞ」
なんだ冗談か。
この嘘つきめ。
冗談めかすわけでもなく、脅すようでもなく、本当に自然に言った。
まるでなんでもない事でも言うような口調は、逆に際立って聞こえた。
おそらくこいつは簡単に人を殺す。
なんとなく、目的への近道ならいいやという理由で。
俺がこのまま目を離せば何をするか分からない。
「お前、俺が誰か分かってて話しかけただろ」
「流石に分かってくれたか。ここじゃあ目立つ。この村の門から出て西にまっすぐ歩いたところにカルスを連れてきてくれ」
「雑な指示だ。迷子になったらどうしてくれる。西に行ったらすぐ森だぞ?」
「見ればわかるようにしてある。なに、まずは話し合いたいだけだ。その後は話次第でどうなるか知らんが」
「断ったら?」
「予想はできるだろう?」
また通行人に目線を向けた。
危害が加わるのは俺たち以外、か。
「分かった。なるべく早く行くよ」
「うむ、親切で助かる。では我は先に向かう」
そう言って俺に背を向けて歩き出す。
油断ではない。圧倒的な格下相手に注意を払うのはただの徒労に終わるからだ。
「できれば、今日は穏便に終わらせたいと、心から思っている」
「んなもん、お前次第だろ。ライト」
そう言って、俺も背を向け歩き出した。
あー。逃げてえ。




