二十二話 片方十キロはある
そもそもギルドというのは約百四十年前ほどに、各国の教皇たちが協力し合って作り上げた国際機関であり、溢れ返る魔物対策として存在する組織だ。
作られた当時は魔物の情報の共有、そして多少離れた国と連携して強敵に立ち向かうためだけに存在した。
邪神という共通の敵に目を向けさせるために作ったとも言う。
それを成し遂げた教皇たちの苦労は計り知れないものだ。
伝達技術も今より劣る時代だ。神を通じて多少のやり取りは出来る教皇同士ならまだいいが、発展途上にあった小国などには直接足を運ぶこともあったらしい。
苦労した甲斐はあった。多少トラブルがあった国同士でも、共通の敵が現れた時だけはギルドを通じて協力するらしい。
魔物関係以外の依頼を受け始めたのはいろんな場所が落ち着いてからだ。
つまり何が言いたいかというと、人が多い場所にはギルドがあるという訳で、このサリア村にもギルドがある。
安心した。サリア村まで白岩羊の岩を運ぶだけでも苦労したのに、これをデザイアまで運ぶだなんて心労で痩せてしまう。
『ないわ』
「るせっ」
「え?なに?」
ラウニの声が聞こえないシルリスは疑問の声を上げた。
バックを下し、リラックスした様子で椅子に腰かけている。
「いや、心労で痩せそうだって話をしたら、ラウニがないわ、っていうからさ」
「……両手に持った饅頭見ながらでも同じ事言える?」
「言えるけど、なんで?」
「本気で不思議そうな顔して言い切りやがった……」
ギルドを出た時、財布をシルリスに没収された。
なんでも俺の暴走を防ぐためらしい。
解せぬ。
財布を持たせたら片っ端から出店の食べ物を買うだろうからと言われた。
とても正しい意見だ。
まったくもってその通りだ。実際財布を持っていたらそうするだろう。
だが解せぬ。
今いるのはシルリスがとった宿だ。
多少高くてもいからいい宿を、という俺の要望通りの、よく掃除の行き届いた部屋に三人で泊まる。
ラウニが『襲ったりしないでね』とか言ってくるので、「俺より胸無いし」と反論したところ、シルリスに五メートルほど殴り飛ばされた。
聞こえていたらしい。
俺の体にクッションを蓄えていなかったら危なかったところだ。
衝撃吸収材としての役割を十分に果たしてくれた。
シルリスの方も大してダメージにならない事を知っての報復なんだろうが。
まあ間違いを起こすほど俺もカルスも飢えてはいない。
それはさておき、せっかく三人で同じ部屋にいるのに会話が無いのもつらい。
さっきの会話も止まってしまい、何か話題を振らなければと思っていた時だ。
「……恋バナするか」
耳を疑った。
ラウニの悪戯だと思った。
言ったのはカルスだった。
「え、本気か?」
「おぉ。定番の話題だと思ったんだが」
「ていうかカルスってそういう経験あるの?」
「ないな」
「ちなみに俺も無い」
「僕も。好きな人もいないし……」
~終了~
駄目じゃねえか。
『ねえボア、あんた人の嘘分かるんじゃなかったっけ。シルリスの言ってる事ほんと?』
「本当っぽいな」
『えぇー。助けてくれた主人公に惚れるのって定番じゃん。残念だったね』
「俺がそれ目的で助けたみたいな言い方やめてくれる!?」
心外すぎるので抗議した。
「なぁボア。ラウニがたまに言う嘘が分かるってのなんだ?特異魔法かなんかか?」
「ボアさんそんなの出来たの?あ!じゃあギルドで僕のぼかしたところ言い当てたのってそれだったりする?」
シルリスとカルスの質問に首を振って答える。
「いや、魔法じゃなくて技術だな。父親がそういう特異魔法持ちだったから、俺とスー、妹に教えてくれたんだ。嘘が分かる程度には上達した」
シルリスはわかりやすい相手ならば一字一句そっくりそのまま心を読む事までできるようになっていたが、俺はせいぜい嘘が分かる止まりだった。
劣等感も無くはないが、誇らしさの方が大きい。
スーが別次元すぎて張り合う気も起きないというのもあるが。
ふと思い出したが、父さんは今どこにいるんだろうか。
ある日俺達が顔見知りのおじさんに引き取られてから顔も見ていない。
というか生きているんだろうか。
多分生きているだろうな。あの特異魔法があるなら生活には困らないだろうし。
父さんの特異魔法、〈読心〉の効果は、相手の動作から心を読み取るという物だ。
声音、瞬き、話す時の間、視線の向け方、筋肉の伸縮など、身振り手振りを見ていると、そこから相手の思っている事が分かるらしい。
いくら自分を取り繕うとしても無意識の動作はどうしても出てしまうらしい。
人と五分話せば知りたい事はすべて分かると父さんは言っていた。
人を観察する事に優れた能力なため、読唇術もできた。
父さんはその特異魔法を、技術と経験さえあれば同じ事が出来ると考え、俺達に教えた。
ただ、難しすぎて俺は憶えきれなかった。
しかしスーは違った。
もともと情報を処理する事に優れているスーは、父の教えを、まるでスポンジが水を吸い込むかのように脳に染み込ませていった。
父さんほどではないが、十分使いこなせると言ってもいい。
ちなみに読唇術の方も教えてくれて、そっちは二人とも完璧といっていい。
「嘘が分かる……じゃあ試してみようか」
シルリスが年相応の笑顔を浮かべながら取り出してきたのはトランプだった。
にこにこと緩みきったこの笑顔を見れば誰でもシルリスが女だと気づくだろう。それほどに愛嬌のある可愛らしい笑顔だった。
ひとたび外に出れば男子のような顔に引き締める、その切り替えがうまい人間だと思う。
スーが見れば一秒もかからずに女だとばれるだろうけど。
簡単なルール説明をカルスにしてゲームを始めた。
種目はババ抜き。
結果から言うとボロ勝ちだった。
「九持ってる?」
「い、言わない!言ったらばれるから!」
「これか」
「ああぁっ!」
シルリスが分かりやすすぎて、欲しいカードを引き続けて勝ちを重ねる。
シルリスが負けるたびに、もう一回とせがんでくるので結構長く続いた。
カルスはというと、勝ち負け関係無く楽しそうにしている。
人と何かをしているだけで楽しいのだろう。
初対面の時から分かっていた事だが、カルスは孤独に耐えられないタイプの人間だ。
誰かと話したい。誰かに認められたい。誰かに好かれたい。
そういった感情ばかり感じてとれた。
だからカルスにとって、何をしたかは重要ではない。
誰かと何かをするという事が重要なのだ。
などと考えていた時、小腹が空いたのを実感した。
自分の荷物の中からそれを取り出し、かじる。
がりがりと、擦れるような音に、シルリスが手札から顔を離してこちらに向けた。
そして咎めるような口ぶりでいった。
「ボアさん、せめて食べ物を食べようよ」
「何言ってんだ。食べてみないとそれが食べられるか、何より美味しいかが分からないだろう」
「岩は食べれないって、犬でもわかるだろぉが」
そう、今俺が口にしているのは白岩羊の纏っていたものだ。
ギルドに提出する前に少しだけ取っておいたものを試しに齧ってみた。
何でもやってみるもので、一つ分かった事がある。
「これ、ガッチガチに硬いだけの骨だ。つまり、食える」
「普通はあまり食べないよ」
「普通あんま食わねぇだろ」
『普通それ食べないっしょ』
総スカンくらってしまった。
岩じゃないからなんだとでも言いたいのだろう。
しかし試してみたかった事があったのだ。
俺だってさすがに岩は食べない。
しかしもし骨なら?
俺の体内にもある骨が主成分なら?
そう、〈構造模倣〉が使えるという訳だ。
俺は腕に白岩羊の岩を構成しながら立ち上がった。
その顔にはドヤ顔を張り付けていた。
「どうだ見ろ!これが俺の新装備!って、あッ、重てえ!」
あまりの重さにがくんと状態が前のめりになる。
腕全体を覆うようにしたためにとんでもない重さになってしまった。
何とか動かすのがやっとという状態だ。
『……えぇ』
笑うなら笑えよ。
ほら、シルリスとか手で顔隠してるけど絶対笑ってるぞ。
「くっそう、戻すか」
「いや、折角だ、そのままにしとけ」
「カルス?」
「明日からは手合わせとか、トレーニングするんだろ?」
にやりとカルスが笑みを浮かべた。
明日から知る事なんだが、カルスのトレーニングはスパルタだった。
大の大人が本気で泣きそうになるレベル、とだけ言っておこう。




