二十話 神様ごとき
「ルイスにはさ、山で失敗した時に助けてもらったんだ」
『うん』
来た道を引き返しながら言った。
それはずっと言いたかった事で、怖くて言えなかった事だ。
話題を振ることで責められたりするんじゃないか、これから話すのが気まずくなるんじゃないか。
知らなかったことを無神経に触れられるのも嫌だ、全くの他人であるラウニに慰められるのも嫌だ。
それでも、この問題は避けられない。
本来ならもっと大勢がいる時にしなければいけない話だ。
それを憶病な俺は避け、ラウニと一対一で話すことに決めた。
「一目でわかったよ、魔物だって。でもそれは怪我の治療が終わって目を覚ましてからでさ、どうしても悪い奴に見えなかったんだよ」
『うん』
風が木の枝を揺らす音も、落ち葉を踏みしめる音も、やかましい鳥の声すらも今は耳に入らない。
緊張しているのがわかる。他に気を向ける余裕がない。
だからこそ、ラウニの余計な口を挟まず相槌だけを返す聞きの姿勢はこっちにとっても話しやすい。
「治って帰ってからもたまにルイスのとこに遊びに行ってたんだ」
『うん』
「魔法を教えてもらったり、ただ話をして帰る日もあった。お互いに笑顔だったよ」
『うん』
「友達だと思っていた」
『うん』
もしかしたらもうこの出来事は知っていたかもしれない。
ラウニは神だし、知っても不思議はなかった。
それでも自分の口で話したかった。
客観的な視点ではなく、俺自身がどう感じたのかを知ってほしかった。
「でさ、俺の住む村に来たいってルイスが言ったんだよ。だから俺の家に招いたんだ」
『うん』
「夜になってみたらいないんだ。隣で寝てたはずなのに、家の中にはいなくて、外が騒がしかったんだ」
それが俺の犯した罪だった。
魔物でもいい奴はいると、愚かにもルイスの事を恩人だからという理由で信じ切っていた。
最終的に俺は一番近かったデザイアの兵士達に捕まり、あの監獄に入れられていた。
足が震えだす。踏み出せない。
「外に出たら村は魔物で溢れ返っていた。火を放たれた家もあったし倒壊してるとこもあった」
『―――』
「村の人は逃げていなくなったか、襲われている真っ最中か、もう死んでいるかだった」
『―――』
魔物の中には、建物の破壊を中心に行っている者もいた。
ただ殺すことが目的じゃなかったのだろう。
より多くの悲劇を生みだすことを目的にしているように見えた。
向けられる恐怖に愉悦を感じ、絶望を見て快楽に浸っていた。
魔物達は笑顔で俺達の平穏を踏みにじった。
その厄災を招いたのは俺自身だった。
震える声で言った。
「みんなが死んだのは、俺のせいだ。俺が、俺がみんなを殺し―――」
『ボア』
初めてラウニが俺の話を遮る。
『ボアがこんだけ悩んでる中、なんも悪くないなんて言えないし、励ましもうっとうしいだけだと思う。けど』
「けど?」
『殺したのはボアじゃない。勘違いしないで、そこまで責任全部しょい込もうとすんな』
いつもとは違う真面目な声色だ。
これは励ましでも慰めでも無い。
一方に肩入れせず、あくまで中立の立場で考えた彼女ならではの平等な見解。
俺の問題に対し真剣に向き合い、悩んだ末の結論だ。
『そりゃボアに何の非も無いとはまだ言えないっしょ。そもそもそんなこと言われたくてこんな話題振ったわけじゃないって知ってるし』
「……なんで」
『え?』
「なんで俺が勇者なんだ?動けるわけでも、根性があるわけでもない。勇者を引き受けたのだって、正義感からじゃなくて生活費のためだ」
今更の質問だと自分でも思う。
体形だって戦闘向きじゃないし、武術の心得だってない。
みんなのあこがれる勇者像にかすりすらもしていない。
『なんで、かぁ』
だが、ラウニの答えは、予想だにしないものだった。
『すっごい好みだったからかな』
「……え?」
好み?俺が?
「デブなのに?」
『デブなのに、つっても見た目の話じゃないけど』
釘を押してから続けた。
『あんたは頑張れる人間だと思った。欲望に忠実で、他人のためでも自分のためでも、やるって決めたことに全力を注げる所がある。他にもあるけど、これが一番かな』
「それ……だけの?」
『だけに見えて難しいんだこれ、見栄があったり疲れて長続きしなかったり』
一息おいて続ける。
『見ててかっこよかったんだ。何があっても諦めない所が』
『最善の手だと思ったら自分の犠牲なんてどうでもいいみたいに迷わなかった所が』
『ボアなら、どんな困難も乗り越えられるんじゃないかって思った』
『勇者にだってなれると思った』
『もっと見てみたいと思った』
『もっといろんな人に、こんなにすごい男がいるんだって知ってほしかった』
『私は、ボアだけの冒険を見たいと思った』
「俺だけの、冒険」
聞いた言葉をそのまま繰り返す。
「……やっぱり分からない」
『なにが?』
「それでも、俺が勇者をしていい理由にはならないだろ。なあ―――」
今回、話を振ったのはこの質問をするためだった。
「―――俺は、許されちゃ駄目なんじゃないか?」
大勢が死んだ中、元凶の一人が意地汚く生にしがみつき、挙句勇者になっただなんてふざけてるにもほどがある。
正義の味方や神様がいるんだから、俺は処刑されると思い込んでいた。
人類に牙をむく行為をしたんだ。生きる事が許されるはずがないと、ずっと悩んでいた。
償いのために勇者をしろと言われた方がまだ納得できる。死ぬまで人類に降りかかる火の粉を払い続けろと言われればそうするだろう。
「なあ、答えを教えてくれよ」
真意を知りたかった。
許されたから勇者をさせているのか。
許されないからこそ勇者をさせているのか。
答えを求める俺に対してラウニは、
『そんなの、私が決める事じゃ無くない?』
「―――は?」
突き放すようにそう言った。
『いや、だってあんたの問題でしょ?私は許す立場になんて無いし、ちょっとそんなん言われても』
「いや、だってお前神だろ!?だったらこう、なんか神様の視点とか……」
突き放したわけじゃないらしい。ラウニにとっても素の疑問だ。
あのね、と呆れたようにラウニが続ける。
『人間の罪を神様ごときが裁こうなんて、傲慢すぎない?』
口を開けたまま、閉じるのを忘れていた俺に言ってくる。
『神だっていつも正しい事が出来るわけじゃないし、失敗だってするに決まってんじゃん。悩みも後悔も山みたいにある。そんな私が豚にでもできる対処法を教えよう』
豚にでもとは大きく出たもんだ。簡単にいかなかったからこんなに悩んでいたというのに。
だから、その対処法を聞いて驚いた。
『もっと周りに相談すればいい。私とか。答えは出してあげれないけど、一緒に考えることぐらいならできるよ?』
何が驚いたかって、その方法が今まで一度も頭をよぎらなかった事にだ。
こんなに単純な答えなのになぜだろうか。
いや、理由はわかる。今まで信頼できる人間が少なかったからだ。
ずっと、頼りになる人間はいないと思い込んでいた。
勝手に一人だと思い込んでいた。
「頼っても、良かったのか?」
『むしろ頼ってほしい。頼りないだろうけど頼ってよ。これでも私けっこう全力だから』
「どうしてそこまで……?」
『そんだけ惚れこんでるんだって。言わせんな恥ずかしい』
不思議だった。
まだ悩んでいるにもかかわらず、安堵が芽生えた。
この女神の言葉に、確かに救われた。
俺はとっくに一人じゃなくなっていた事に気づかせてくれた。
だから、とラウニは続けた。
『自信持ってほしい。私の目に狂いは無かったって、証明してほしい』
「分かった。期待にこたえれるように頑張るよ」
ここまで言わせて、もうかっこ悪い姿は見せられない。
「しっかり見ててくれよ。これから胸張って勇者だって言えるようになってやる」
『まず痩せようか』
「馬鹿野郎!これは幸せの証だ!」
いつもの調子を取り戻した俺達はシルリス達と合流するために歩き出した。
気付いたらとっくに足の震えは止まっていた。
* * *
「いや、ごめんて」
眉間にしわを寄せて怒るシルリスに平謝りを続け る。
なんとか合流できたのはいいが、大変ご立腹らしい。
急に飛び出した揚句、あれだけ長々話していれば怒られるのも当然だろう。
さっきもうかっこ悪い姿は見せられないとか言っちゃったから恥ずかしい。
「まあ、それは今はいいよ。良くないけど、それより見てほしいのがあるんだ」
「何を?」
「見ればわかるよ。僕達だけで判断するのもよくないと思って」
今の俺はシルリスの後ろをついて行ってる形だ。
カルスは目の届く範囲にいないので、おそらくカルスの所に案内するものだと思っていたのだが、どういうことだろうか。
しばらく歩き、木がたくさんなぎ倒された場所に出た。
言うまでも無く、さっき白岩羊に襲われた場所だろう。
そこにカルスはいた。
声をかけようとしたが、カルスは何かから目を離さない。
カルスの目線の先には、山のようなものが蠢いていた。
カルスは、俺の罠にかかった白岩羊とにらみ合っていた。




