二話 勧誘
ここから勇者の視点です。
見た目が偉そうな人が来て名前を聞いてきたから答えたら、なんか世界の終わりみたいな顔をされた。ビーフうんぬんはスルーされたっぽい。
「んで、あんたはなんなの?ここの関係者っぽくはないけど、こんなデブに何の用?」
「私は現教皇のライゼルと申します。その様子ですと、本当に私の顔を知らなかったみたいですね」
皮肉ではなく、心の底からそう思っている顔だった。まあこの国に住んでれば知らないほうがおかしいんだろう。勇者と同じ神に選ばれた人間だもんな。
そうなると、ますますなんで俺なんかのところにきたんだろうという疑問が大きくなる。
まさか人類の敵として処刑するつもりだろうか。
自分のやったことを考えると不思議ではない。
そう思ってると、その答えはすぐ出た。というか想像の真逆だった。
「あなたはこのデザイア王国の二十二代目の勇者に選ばれました。人類の平和のために力を貸してください」
「…なんて?」
「あなたは勇者です」
「デブなのに?」
「デブなのに、です」
嘘は言ってなさそう。
勇者ってあれだよな?神に選ばれた人を守るための英雄的なやつ。それに俺が選ばれた?
「神様はふざけてんの?」
「…私としてもそうは思いたくないんですけど…」
多少はそう感じている、といった反応だ。苦労してそう。
「ま、まあそういうわけで力を貸してくれませんか?」
そう言うとライゼルは床にあぐらで直接座り込んだ。教皇なのに。いや、こういうところも神様に気に入られた理由の一つなのかもしれない。
それはそうと、勇者、勇者かぁ…。
「できれば他をあたってほしいかな」
英雄なんて自分には向いてないだろう。そりゃあ俺も男だし勇者に憧れたこともあったけども。妹をはじめとする勇者ファンの憧れを壊すようで忍びない。
なにより、
「俺は安定した職業に就いて、稼ぎまくって、妹を幸せにして平和に暮らすっていう夢があるんだ。だから勇者なんて危険で不安定そうなものはパスさせてくれ」
シスコンっぽい理由だけど、うちはいろいろと事情があるから、自分が稼がなきゃいけない。
「…ああ、そういうことでしたか。なるほどなるほど。神の言ってたことはこういうことか」
するとライゼルの顔つきが変わった。さっきまでの困り顔とは打って変わり、静かな感じだがどこか迫力がある。
「まず、勇者には莫大な報酬が支払われます」
「詳しく」
思わず食い気味で言ってしまったが、ライゼルは全く動じることなく続けた。
「まず、混乱を防ぐために伏せていることなのですが、この世界には魔物を生み出す邪神がいます。本来『勇者』というのはこれを倒すために『神』が造ったものの一つです。もしあなたが倒すことができれば、神とこの国が一つずつあなたの願いをかなえると約束しましょう」
「…あまり現実味がないけど、嘘はついてなさそうだしなぁ」
でも、勇者が入れ替わっているのってこれまで誰もできなかったってことだろ?
無理ゲーでしょ。
「さらに、勇者証というものを渡すのですが、それがあれば、他の国に行った際に、税金免除になったり、ギルドの全クエストが受注可能になる特典があります」
…お得な感じがしてきた。確かギルドでレベルが高いクエストを受けるのって、実績をたくさん積み上げていないといけなくて、それを認めさせるのにすごい年月が必要なんだよな。それをひとっ飛びで受けられるのか。
でも安定はしないだろうしなー。ちょっと微妙。
「そして、一般の人は知らないことですが、勇者として働いてると、国から毎月三百万近くの給料が支払われます。これは平均的なこの国の国民の十倍に近いですが、このくらいは命をかけているので当然ですね」
「三百万!?」
「そう、これならなかなかの収入でしょう。あなたの夢にも近付けます」
なるほど、前の二つと違い、現実味もあって、かつ一番魅力的だな。
しかし、うちには事情がある。
「条件を一つ出させてほしいな」
「妹さんのことですね?」
間髪いれずに言ってきた。なるほど、『神の言ってたこと』ってのは、妹関係のことを聞いたのか。
「安心してください。妹さんはうちの教会で面倒を見ます。もしあなたが亡くなったとしても、何一つ不自由はさせません」
出そうと思っていた条件以上の好待遇に食いついた。
「勇者にならせていていただきます」
こうして俺は勇者になった。