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肥満勇者の欲望は  作者: 海国 遊泳
19/34

十九話 因縁

「…見つけた」



 シルリスが小声で知らせてくる。

 視線の先を見ると、遠くに何か動いている物が見える気がする。



 灰色の山が動いている、というのが第一印象だった。



 目を凝らしてみればその山に四肢や頭がついているのがわかる。

 羊特有の渦巻状の角のほかに頭の頂点に円錐状に尖った角がある。

 動きを妨げないためか間接周りを除いてほとんどの場所に岩が纏わりついている。

 足の指はなく、そこだけ見たらただの岩と見分けることはできないだろう。



 堅牢という言葉がよく似合う魔物だ。



 それが一匹ではなく、群れで集まっているのだから恐ろしい。

 ここから見る分では愚鈍なイメージしかないが、走り出せば誰も手を出せなくなるらしい。



「よし、一回離れるぞ」



 罠を張らないと始まらない。刺激をしないうちにその場を離れた。



 * * *



 俺が仕掛ける罠は単純で、頭が通れば首が閉まる物や足元をひっかけるだけの物だ。

 あまり凝った物は難しくて素人の俺には手が負えない。



 これとカルスの落とし穴を組み合わせて、群れから見て弧を描くように設置する。

 少なくとも一頭はひっかけるためだ。



「よく考えたらこれってすごいことだよね、あの火のやつもだけどさ、杖使わないで平気なの?」



 カルスが杖も使わずに土を魔法で操作して落とし穴を作るのを見て感心している。

 


「そう言えばそうだよな。昨日は流してたけど、反動とかないのか?」



 ロープをくくる手を止めずに聞く。



 人や魔物が使う魔法は、物を操作する魔法と超常現象を起こす魔法の二つに分けることができる。

 カルスが今やっているのが前者で、土に魔力を流して操っている。

 これは対象が重たいほど難しく、魔力増強効果のある杖などを使わずに土砂を操作するなど人間業ではない。カルス人間じゃないけど。



 後者の魔法は、魔力に質力と性質を持たせて放出する物だ。もっと簡単に言うと土を生みだしたり炎を出したりの魔法だ。

 これは魔力を伝達し、一か所に集中させてから発動させる物なのだが、この時杖を持っていないとある問題がある。



 失敗すると、場合によって()()()()()()

 いや、表現とか誇張とかじゃなくて。



 魔法を使うときに一番難しいのが、魔力を一か所に集中する事で、杖を使わない場合は体から少し離れた空中にしなければならない。

 ただしその場合、空気の流れに邪魔をされるため体に極めて近い場所でしなければならない。



 そうしてやってしまうミスが、体内で魔法を発動させてしまうミスだ。

 風魔法ならば空気が、水魔法ならば水が、土魔法ならば土が指先を中心に膨れ上がり、結果指がはじけ飛ぶわけだ。



 むしろはじけ飛んだしまった方が軽傷で済む場合が多い。

 わずかな異物が血液に混ざって心臓まで到達すればあっさり人は死ぬ。



 うまくいったとしても炎魔法を素手で使えば、少なくとも一瞬手のひらや指をあぶられる。



 それらのリスクを打ち消すために人間は杖を使う。

 多少の威力は下がったりするが敷居ががくんと下がる。



 腕に炎を纏って殴るなんてのは本来創作物の中の技で、実際には出来たとしてもするわけの無い技だ。

 だって熱いし。

 使うたびに大火傷する技なんて誰が使うんだろう。



 なのでカルスが腕に炎を巻きつけるなんて事をして平然としているのはおかしい。

 普通あんな技を使って無傷な訳がないのだ。



「つってもなぁ、そういう風に作られたからだとしか答えらんねぇよ」

「そういう風に、って?」

「なんだろ、この腕を通した魔力はその魔力の持ち主になんも害が無くなる。だから炎を出しても害がないし、万が一にも暴発しない」

「模倣したいから食わせてくれ」

「俺が死んだ時にやるよ。死ぬつもりねぇけどな」

『縁起でもないからやめろ!』



 あまり縁起のよろしくない冗談で笑い合った。



 シルリスは笑っていなかった。こっちを見もしていない。



「…やば」

「え?」



 シルリスの呟きも俺の聞き返す声も、お互いうまく聞き取れなかった。

 どこからともなく地響きのような音がする。



 その音がするのはさっき白岩羊のいた方向で…。

 見たくなかったが見てみた。

 だって罠も大して出来てないし、結構離れた距離に来たはずだ。

 嘘だと言ってほしい。



「……やっべええぇぇぇぇえええ!」



 目視できる距離から一直線にこちらに走ってくる白岩羊達を見て、これ以上の罠の設置を諦め逃げ出した。



「うおおおお追ってくる!明らかに俺らが目標じゃねーか!」

「なんで!?僕たち見つかって無かったよね!どゆこと!?」

「言ってても仕方ねぇだろうが!走れ走れ!」

『ねえやばくない!?またこんなひどい結果なの!?』


 とはいえこのままでは確実に追いつかれる。

 俺達が走る方向を変えれば羊達もそれに合わせてくる。



 木とか何の障害にもなっていない。

 ある程度は避けるし、当たってもハリボテかなんかみたいにぶっ壊している。



 仕掛けた分の罠はどうなったのかって?

 見ている余裕なんか無かったに決まってる。



 羊達から見て真横に向かって走る。 

 やはりあれだけの重さになると曲がるだけで転びそうになるらしく、緩やかな曲がり方になる。



 何度も転びそうになりながらも俺達は走った。

 いや、転びそうなの俺だけだけど。



 というか、もうすぐそばまで迫っている。

 荒い呼吸が耳に囁いているかのように届く。



「おッ」

「ッ!ボア!」



 つまずいてしまったのが決定的だった。

 なんてばからしいミスなんだろう。

 カルスが声を上げる。



 ぶつかる。

 そう思った瞬間視界がぶれる。

 腕を引っ張られたらしい。



 腕を引いたのはカルスだった。

 こんな重い物を引っ張ればどうなるのかは明白で、俺とカルスの位置が入れ替わる。



「カルス!」



 呼びかけに応じる声は無い。

 当然だろう。



 詠唱をしながら話せる訳がない。



 カルスは俺を轢き殺そうとした羊に向かっていき、前足の間に滑り込んで叫んだ。



「”爆砲”ッ!」



 すぐにその叫びは魔法による爆音で上塗りされる。

 わざわざ下に潜り込んだのは周りを燃やさないためだろう。



 爆風を持て余すことなく受けた羊がその巨体を吹き飛ばす。

 ちらりと見えたその腹にまで岩を纏っていたため大したダメージは期待できないが、あまりに大きい爆音にビビッて他の羊達も纏めて逃げ出した。



「…依頼失敗だな、これ」


 誰かに聞かせるのが目的ではなく、気付いたらそう呟いていた。

 もっとうまくやる方法はあったのだろう。

 これだけの人材がいてこんな失敗に終わるなんて、ふざけているにもほどがある。



 そもそも、なんで羊達はこっちに走ってきた?

 最初は気付いてすらいなかったのに、わざわざ走り寄ってきて、そのくせ逃げる時は簡単に逃げ出した。



 白岩羊の特性?

 いやいや、そんな言葉で片付けていいのか?



 周りを見る、カルスもシルリスも肩で息をしている。

 白岩羊はもう足音も聞こえない。

 人影がある、あれ?誰―――



―――おい、あいつなんでここにいるんだよ。



「ボアさん!急に―――」

「おい、な―――」



 二人の声はすぐに聞こえない距離に離れた。

 否、俺が走り出したからだ。

 そいつは悲鳴を上げた。


「ひっ、ひぃぃぃぃぃいいいいい!」

「待て!待て!待てよ、おい!」

『ボア!ねえボアっ、落ち着いて!


 そいつはルイスという名前だ。

 ルイスは信頼できる男だった。

 ルイスは俺の命の恩人だった。

 ルイスは俺が監獄に入れられる前まで親友と呼べる存在だった。



 ルイスは魔物だ。



 ルイスは俺が監獄に入る原因だ。



 ルイスは俺を騙したらしい。



「どうしてだよ、おい!逃げるな!答えろよ、ルイス!」

「嫌だ、嫌だやだやだ!言えばもっとぼくを嫌うだろう!そんなのやだ!ゆるっ、許してぇぇえ!」

「ふざけんな!おい、止まれよ、臆病者!お―――ぐぅっ!」



 急に体が動かなくなる。蜘蛛の巣にでも絡めとられたかのようだった。


「ぼくが、なあ、ボア。ぼくがあんなことやりたくてやったとおもっているのか?」

「ふざけんなよ、お前の手でやって、そんな事許せる訳ねえだろうが!」

「そっちこそ、ふ、ふざけるなよ!命令されたから仕方ないんだよ!逆らえないんだ!憶病なんだよ」



 ルイスは言い訳ばかりだ、臆病者だ。

 俺が動けなくなってからやっと近づいてきた。



「言えない、言えないんだよ!ぼくだって殺したくて殺したわけじゃあないんだ。反省も、後悔だってしている。本当だよ?」



 言い訳ばかりを並べ、自分を正当化させようとする姿は醜悪だった。

 見た目はひげを生やした痩せぎすの男なのに、子供のように責任から逃れようとする。



「今日はね、犬面の魔物の居場所を確認して来いって言われて来たんだ。ほんとだよ、これ以上ボアに嘘はつきたくないんだ。信じてほしいな。見つけたら始末しろとも言われたけど、ぼくと君とのよしみだし今日はやめておくよ。ちょっとは見直してほしいな」

「ッッ!待てよ!話は―――」



 聞く耳を持たずにルイスは去っていく。



 しばらくして動けるようになると、膝から崩れ落ちた。


「糞、糞が!畜生が!!」

『ボア…」



 かける言葉も見つからないのだろう。

 下手な慰めは苛立つだけだろうからその気遣いがありがたかった



 鼻息を荒くして地面を叩きつける。

 周りから見てどれだけ見苦しい光景なのだろうか。



 荒くなった息を、速く打ち付ける鼓動を落ち着ける。



「…戻ろう」



 表情はもう戻した。

 恨みを宿した姿は何処にも見て取れないだろう。

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