十七話 サリア村
三組連なる馬車が、ろくに整備されていない道を走っている。その一番後ろに、俺達は乗り込んでいた。
馬車の中にある座布団六つのうち、四つを一人で贅沢に使いながら白岩羊の対策について話し合っていたのだが、そこである問題が発覚した。
白岩羊の生息地とされる場所は、この馬車が寄る村からしばらく歩いた場所にある森だ。必要な物はその村で補充しよう、という話をしているときだった。
カルスがぼそりと言う。
「こんだけ木があると、魔法使えなくねぇか?」
打ち合わせの時に、カルスはあの腕に炎をまとう魔法だけでなく遠距離の魔法も使えると聞いていた。それをあてにしていたのだが。
「だってこれ、燃え移ったら大惨事じゃねぇか」
「いやでも、そう簡単に木とかなんかに燃え移るか?」
俺と戦った時に手加減していたことは重々承知だが、生い茂る木々に燃え移るほどではないと思っていた。
「全力でやれば確実に山火事になる。まぁ、加減はするがよ、使うなら遠距離でなんて怖くて使えねぇよ。絶対に燃え移んねぇなんて保証はできねぇ」
一番でかい勝算が潰えた。
罠なり囮なりで引きつけて一頭ずつ仕留めるつもりだったんだが、難しくなった。
ちまちま傷つけるのは俺やシルリスにもできると思っているが、相手は俺の倍以上はある大きさだ。加えて、その巨体を支えられる屈強な筋肉の鎧は鉄壁だろう。
脱力狼の牙で俺が噛みつくのは少し考えたが、それも無理だ。
俺の持つスキル、〈構造模倣〉について、一つ気付いたことがある。
このスキルは食べた生き物と同じように体を作りかえるものだ。
それなら、体を作りかえるのに使う物質はどこから持ってくるのかというと、当然俺の体内にある物に限られる。
そして脱力狼の毒だが、脱力狼の体内にそれを作る器官は存在しなかった。
あの毒腺に見えた物はあくまで毒を溜めるための袋で、毒自体は脱力狼特有の魔法らしい。
そして、魔法までは模倣できない。
つまりカルスと戦った時は、興味本位で口にした毒腺にあった毒で倒せたことになる。
自分の食い意地にここまで感謝したことはない。
簡単に言うと、大工も設計図があっても、肝心の材料が手に入っていない状態。
これが今回毒に頼れない理由だ。
「じゃあ魔法は奥の手ぐらいに考えておくとして、具体的な作戦を考えるか」
荷物の中から紙を取り出した。ギルドでもらった白岩羊のイラストだ。
「一応聞くけど、土魔法使える奴いるか?落とし穴が作れば手っ取り早いんだけど」
そこまで期待せずに聞くと、すぐに返事が返ってくる。
「時間がかかっていいなら、落とし穴ぐれぇ平気だと思う」
カルスは何でもないことのように言うが、正直そこまで万能だとは思っていなかった。
「肉弾戦もできて魔法まで使えるとかすごいね。僕、魔法の方は全然だからうらやましいや」
「ってか、俺は魔法が主力の魔物だぞ?」
「え、そうなの?」
「むしろ少し苦手なぐらいに思ってる」
その苦手分野にボコボコにされたんですが。今は置いておこう。
「じゃあ落とし穴と、あとはロープを足元に張ったりして足止めする。カルスが囮をやって、俺とシルリスが足にダメージを与えに行こう。意見とかあれば行ってくれ」
「カルスが囮って、大丈夫?」
「身のこなしとかは一番信頼しているからな」
俺がやれば一瞬で挽肉が出来上がる気がする、俺のな。シルリスは〈無敵鉄拳〉があるから攻撃に回したい。
「でも無理はするなよカルス。命が最優先で」
『うん、いのちだいじにね!』
「なんでちょっと言い換えた」
そんなやり取りをしているうちに、馬車の揺れが止まる。
目的の村に着いたようだ。
* * *
この村は、俺達が拠点としているデザイア王国から他の国や村に行く際に中継地点として人気がある村で、大体の物はそろっている。
特にデザイア王国とゴアル王国からの商品が多い。理由としては単純で、どちらにも『神』と『教皇』と『勇者』がいるからだ。
国の発展に、いかに神の存在が大きいことが分かる。
そんなわけでこの村、サリア村は今日も賑わう。馬車から降りてすぐに耳に入るのはいろんな店からの呼び込み。いい野菜が入荷できただとか、肉まんが蒸しあがりましただとか言われると正直依頼とかどうでもよくなりそうだ。
ここまで賑わっているサリア村がまだ”村”であって“町”に発展していないのには、表面上を見るだけではわからない事情がある。
視界に広がる店の数、客の数はなかなかのもので、相当な村民がいるように錯覚する。
しかしサリア村の人間が出している店は実はほぼ無い。
つまりは、ここにいる商人たちは出稼ぎで、村民はその数の半分にも及ばないのだ。
出稼ぎは多くても在住する人間は少ない。村民が少なければ発展も緩やかな訳で、商人向けに屋台や家を貸したりで潤ってはいるが、町と呼べるほどの施設はこの村には無い。
以上の理由で、サリア”村”だという訳だ。
「ボアさん! ボアさーん! ねえ呼び込みにいちいち引き寄せられるのやめて!」
「おい、ちょ、強ッ! 聞こえてねぇのか、おい!」
「…はっ、俺は何をッ?」
『私達が聞きたいんだけども』
肉まんの匂いを嗅ぎつけてからの記憶がない。
気付けば二人が全力で俺を引っ張っていた。俺はそれをものともせず前進を続けており、手には小銭が握られていた。
千五百イエン、肉まん五個分の値段である。
「止めてくれてありがとう。俺は正気に戻った」
「お、おぉ。一時はどうなるかと…」
「だよなあ、いろんな店があるんだから今は五個も買わなくてもいいよな! とりあえず一個だけ買ってくる」
「目的忘れないで! ロープと宿を探すんでしょ!」
「全部の宿が埋まる前に探せっつったのお前だろうが!」
そう言えばそんな会話をした気もしてきた。俺はしぶしぶ小銭を財布にしまう。
「じゃあ僕は宿の方を探してくるから、ボアさんとカルスはロープを探しておいて。カルス、食べ物にボアさんを近づけないで」
「任せろ。俺が守る」
短くやり取りをしてシルリスが離れて行った。
「よし、肉まん買ぶへっ」
「懲りろや!」
カルスに引っ叩かれた。頬肉がばるんばるん揺れる。
「畜生! 飯を前にして何もできないなんて、こんなの俺じゃねえ!」
「じゃあさっさとロープ探しゃあいいじゃねぇか」
「っし行くぞカルス! あ、飴食う?」
「もらう」
『もらうんだ』
棒の着いた飴を舐めながらロープを探し始めた。
周りの店の看板を見ながら歩く俺に比べ、カルスは商品自体を見ている。ここでようやくシルリスが字を読める二人で分けたことに気付いた。
「どうしても、どうしても無いと言うのか⁉︎」
すると切羽詰まった声が聞こえてきた。
眼を向けると、『デザイア駄菓子屋』という興味深い看板を付けた店の前で、高価そうな服を着た三十代ほどの男が店主と話している。
男の横には小さな馬車のような物があり、それを馬の代わりに犬が引いていた。
犬と言っても愛玩犬のような可愛らしいものではなく、屈強な筋肉の付いた犬だ。
「そうは言ってもなぁ、製菓を担う本店が製作を中止してるんで。在庫だってもう無いんですよ」
「そんな、じゃあ他にどうすれば…っ」
急にその男の目線がこっちを向いた。眼を見開く。
そしてこっちに歩いてくる。
正直関わりたく無いが、そうも言ってられなそうな雰囲気だ。




