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肥満勇者の欲望は  作者: 海国 遊泳
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十五話 帰還



 ここからだとボアさんと赤腕が何を話しているかよくわからないが、状況がよくわからない。


 だけど、なんだろう、なんだか普通に話をしているだけのように見える。



 と、思っていると赤腕がおもむろに立ち上がった。

 まずい!ボアさんは完全に気を抜いている、今襲いかかられたらひとたまりもないだろう。


 そう思い声を張り上げる。邪魔するなとは言われたが状況が変わった。



「ボアさん危ない!そいつ立ち上がる!」

「え、うん」



 だけど動こうとしない。なんで!?今すぐ離れないと危ないのに!



「…あ、赤腕の事か。大丈夫、解決したから」

「何を!?」



 根拠の全く見えてこない言葉に混乱していると、他でもない赤腕が口を開いた。



「いや、ちゃんと説明してやれよ。こいつの視点じゃ混乱するだろォよ」



 いまこいつ僕に気を使った?


 現状を飲み込めずにいると、再度赤腕が口を開く。



「ほらな?混乱してやがる」

「いや、それお前が話しかけたからだろ」

「え、あ、えぇっ!?」


 二人の間に起こったそれは誰がどう見ても会話であり、赤腕に至ってはそのやりとりを楽しんでいるように見えた。


 なぜか先ほどまで戦っていた二人が親しげに話しているのを見て、余計に混乱した。

 結果、うまく言葉を紡ぐことができなくて動揺がそのまま口から出て行った。



「んで、詳しいことは帰りながら話すとして、立てそう?」

「あ、うん。なんとか…っ」



 言いながら立ちあがろとして、失敗。片足に力が入らずふらついてしまう。



「あ、いや、これはその。ちがくて!」



 恥ずかしさや情けなさで真っ赤になった顔を伏せ、必死に言い訳をする。もしかしたら涙目にもなっていたかもしれない。



「いや無理しなくていいって。約束したろ?」



 そんな僕に対して苦笑いをしながらボアさんが言った。 

 


 顔を上げると、ボアさんが柔らかそうな大きい背中をこちらに向けてしゃがんだ。



 何をしているのか聞こうとする前に一言。



「乗れ」



 その言葉が耳に入るのと、ボアさんの言ってた「約束」が何かを思い出すのはほぼ同時だった。



* * *



「―――んで、俺たちはこれからうちの教皇んとこに行くつもり。言う事はこんぐらいかな」

「う、うん」



 正直聞くどころじゃなかった。おんぶとか冗談と思い込んでいたから、本当に恥ずかしい。



 しかも今僕は両腕をまともに動かすこともできない状態なわけで、自分の力でボアさんに掴まることができない。

 なので、ずり落ちないように上半身を密着させざるを得ない。



 自分の性別がばれていないことがせめてもの救いだろう。同性と思われている以上は変な感情を持たれないだろうし。

 押しつけても性別が分からない体型だという事には触れないでいただきたい。



「……あー、なんだ、顔が赤いけど平気か?」



 声の主に顔を向ける。予想通りそれは赤腕だった。

 意外でもあり不思議でもあった。殺されかけた相手に今は気を使われている。

 その疑問に、若干の強がりを含めて答えた。



「平気だよ。男同士恥ずかしいことでもないしね」

「え?女だよな?」



 口をはさんだのはボアさんだった。

 って、え?ばれてた?



「いや、女じゃァねえだろ。たしか女って胸がでけェって……お、おい!暴れんな!」

「うぉぉおお落ち着けシルリス!安静にしてろって!落ちる、落ちる!」

「このッ…!気にしているところを…ッ!」



 尻尾を踏まれた猫のように我を忘れ暴れだす僕をボアさんが必死になだめる。ごめんなさい、それだけは譲れなかったんです。



 なんとか気を落ち着けてボアさんに一言謝ってから、聞いた。顔は赤いままだ。



「それで、なんでばれちゃったの?さっき”私”って言ったから?」

「いや、その前からだな。例えば…」



 一息置いて、続けた。



「まず、年の割に全く喉仏出てないな―とか、体の線が男らしくないと思って。あと普通の人だと分からないだろうけど、『僕」って言い慣れてなかったし、口調もどうも演技くさかった。意識して低く出そうとしている声も不自然。最初にやたらと警戒してたのに俺が男だからっていうのも理由にあったろ?あと男で、しかも冒険者みたいな職業をしているやつがそんなに爪を磨いているなんて稀だろ。髪もそうだな、なんとなく香りのする洗髪剤なんて使っているのが分かった。女子の間で少し流行ったやつだろ?それ。あと…」




「ごめんなさいもうわかりましたやめてください泣いてしまいます」



 つまり最初から分かっていたということになる。本当に泣きそう。


 

 幸いにもこの時間は、太陽は沈みかけるか、もう沈んでいるころであり、そこから生じるであろう光も周りの木に遮られている。



 僕の顔がより羞恥に染まっている事までは分からないだろう。



 明日からはもっと自然に男らしく振る舞えるように努力しようと決めた。



「そういやァ、こいつはどこに置いてきゃあいいんだ?」

「たしかギルドのサポートの一つで、国に入ってすぐのとこに回復専門の魔術師の店があるらしい。とりあえずそこにつれてこうと思う」



 なんだかしてもらってばかりで申し訳ない気持ちになってくる。口には出さなかったけど、この恩はしっかり返そうと心に決めた。



「けっこう重症だから、治癒じゃなくて復元のほうが早いだろうな」

「…そうか、その、悪いな」

「…ぇ、うん。まあ」



 会話の矛先が急に自分に向く。その謝罪が自分に向けられたものだという事を理解するのに時間がかかり、返事を濁す。



 正直なところ、赤腕を恨んでいないかと言えば、嘘になると思う。

 だけど、今回喧嘩を吹っ掛けたのはこっちだし、いつまでも恨むのでは、それは逆恨みになるだろう。



 それに、神様が許して自分が許さないというのはいささか我儘な気がする。



 そもそも、今回二人の間で起きた戦いは、どちらも死ぬ可能性だってあった。本来なら謝る必要すらない。



 それなのに今赤腕は僕に謝った。文句を言うのは筋違いというものだ。

 


 なので、この件は根に持たないと決めた。



 ”許す〟や”気にしてない〟などと我儘な自分が言ってしまえば嘘になってしまうような気がした。



 なので、



「気にしないでいいよ」



 これだけなら、嘘偽りなく自分の気持ちを言える気がして、言葉をつなげた。



* * *



 デザイア王国に着いた時、すでに日は沈み切っており、あたりは闇が支配していた。


 そこまで歩いている途中、僕は二人で交互に運んでもらっていた。


 さすがにボアさん一人でおぶっていける距離じゃあなかったらしい。


 僕がボアさんの背に移された数が二度目になった時、会話の話題は特に無くなり僕は月の明かりに照らされる赤腕をぼんやりと眺めていた。


 そして、誰もが気付く問題に今更ながら気付いた。



 薄暗くてもわかる。突き出た鼻と口元、尖ってぴんと立つ犬耳、右腕には鉤爪、もふもふ。



 犬そのもの、というか魔物丸出しだよね。と、


 

 あれ?国入れないんじゃね?と、



 デザイア王国は仮にも教皇や国王の住む国であり、当然怪しいものをやすやすと門を通らすわけがない。


 現に、僕は入国の際に門番に軽い質問を投げかけられたし、今回出かける際も門番に会釈をして出てきた。


 当然その疑問を二人にぶつけたけど、歯切れのいい返事は得られなかった。


 曰く、「まかせろ!」とだけ神に言われたんだとか。


 この場の三人は、「雑すぎる」と思った。

 この場にいない一柱は「リアクション楽しみ」と思っていたらしい。後で聞いた。



 そして今、僕が六度目のボアさんの背中の感触を味わっていると、デザイア王国を囲う壁が見えてきたところに至る。



 最初にそれに気付いたのは僕だった。



 現実を、問題について直視しなければいけない。そう思い、三歩ほど後ろを歩く赤腕に目を向けた。


「ねえ、もう着いちゃうけ……!?」


 僕が後半を言いきられなかったのを不思議に思ってボアさんが首をひねって顔を見てきた。


 その目には、驚愕と困惑、恐怖すらもにじみ出ている僕の顔が写っただろう。


 視線を移して、恐らく同じような表情になった。「ひぇっ」て言うのが聞こえたからだ。


 目玉四つ分の視線の先には、赤腕がいるはずだった。そこには人がいた。


 歳は二十前後に見えるその男は短くて黒い髪を後ろに流している。オールバックのようだ。鼻は小さく整っている。目は少し釣り眼気味で、少々荒々しい印象を人に与える。


 眉をひそめ鋭い犬歯を見せながら、その男は口を開く。



「どうして俺の顔を見て固まってんだ?」



 赤腕の声だった。ボアさんは絶叫に近い形で声を絞り出した。


以下、後で聞いた神様とボアさんのやりとりだ。


「ラウニィィィイ!おまっ、お前何した!?」

『いじった』

「意味が微塵も伝わってこねーよ!」



 簡素すぎる答えに対し、ボアさんはは半ギレで怒鳴り返した。

 赤腕は顔に触れて悲鳴を上げた。



『スキルのめっちゃしょぼい版ぐらいに思ってくれればいーよ。魔力はちょっと落ちるけど、そいつからすりゃ軽いもんだしいいっしょ?』

「事後承諾やめろよ!寿命が縮んだぞ!」



 いまだに高速で鳴り続ける心臓に手を当てる。しばらく治まることはないだろう。



 唯一この場でラウニの声が聞こえない僕は、それでも大筋は理解出来た。

 そこに、僕にだけ聞こえる声が頭に流れてきた。



『…やはりどうしようもない愚か者ばかりだな、他の神共は』

「ひどい言い様だね、でもボアさんはいい人だと思うよ」



 自分の補助をする神、クラウンに答える。ボアさん達には聞こえないように口の中で声を転がした。



『まあそれは否定せん。信頼できるだろう。そろそろ一人旅にも限界が出てきたところだ、同行させてもらえばどうだ?』

「僕はそれもいいと思うけど…迷惑じゃないかなぁ?」

『お前の口は何のためにあるんだ。遠慮しすぎるのは長所ではないぞ』

「わー説教くさくなった。じゃあ後で聞いてみるよ」



 ボア達がようやく言い争いを止め、また歩き始める。



「そういえば気になったんだけど」



 そう言って話題を切り替える。



『なんだ?』

「あの時言ってた”お前は俺の”の先ってなんだったの?よく聞こえなかった」

『―――ああ、忘れてくれ』

「えー?照れることなの?」

『あー、うるさいうるさい』



 からかい半分の僕を雑にあしらう。その場に流されて言ってしまったことを後悔しているみたいだ。




『……言えるわけがないだろうが』

「え?何か言った?」

『いいや、何も』



 聞き間違いだったのだろうか。どちらにせよ、それについて深く考えなかった。



* * *



 片眼鏡をかけた中年の男がまじまじと僕の腕を見ている。


 「デザイア第二病院」と、かすれた文字が書かれた看板が傾いた状態でかかっているのを見た時僕達は不安になったけど、中は清潔に保たれており、入口のギルド所長のサインを見てとりあえずは安心した。



 ひざより低い椅子に座る僕の腕から顔を話すと、男は口を開いた。



「ま、一晩あれば跡形もなく消し飛ばせますな」

「火傷の話だよな?」

「うんそう、料金の五割はギルドにつけとくからね」


 物騒な言い方に思わず不安になってボアさんはそう尋ねた。

 


「いやはや、ここまで酷い火傷は久しぶりだ、チョイ前の盗賊もここまでじゃなかった」


 

 「まあ儲かるからいいけど」と言ってからからと笑う男を見て、また不安が戻ってきた。

 中でも実際に治療を受けている僕の肌には鳥肌が立っている。


「とりあえず明日には退院できるから、安心しなよ。お連れさんも帰んな」

「おめぇ胡散臭ぇけど平気か?」

「オジサン胡散臭いけど腕だけは確かってよく言われるから平気だよ」



 赤腕の失礼な物言いにも全く苛立った様子を見せず腕だけはとか自分で言い始める始末である。

 

 僕が不安げな顔で助けを求めるようにボアさんの顔を見上げると、ボアさんは右腕の親指を立てた。

 腕が立つのは嘘じゃないらしい、安心しろ。という意味だったらしい。当然僕はそこまでの意思を察する事が出来なかった。



「じゃあ、俺たちはもう行くよ、お疲れさん」

「いつか今日のことを埋め合わせできるようにするからよぉ、それまで待っていてくれ」

「あ、待っ…」



 そう言って立ち去ろうとしたボアさんと赤腕の後ろ姿に声を投げかけ、尻込みした。

 振り向いて僕の声に耳を傾ける二人に対して、続けたい言葉が出ない。


 これから自分も同行させてほしいと切り出そうとしたが、会ってから半日ほどしかたっていない相手に向かってずうずうしいにもほどがある。


「頼みたいことが…その…」


 

 次第に瞳に二人を入れることすらできなくなり、視線で床の木目をなぞりながら消え入りそうな声でそこまで言う。実際に消えられるならそうしたい気分だった。



「俺が言ったこと、覚えてる?」



 優柔不断な僕にボアさんがやさしい声で言った。該当する言葉を僕は今日一日の記憶の中から見つけ出した。




―――ボアさんは僕に、我儘を言えと言ってくれた。



 そのことを思い出して、面を上げ、小さな決意のもと我儘を口から絞り出した。




「僕に、二人の手伝いをさせてくれませんか?」




「えぇ…」




 ボアさんのあからさまな態度に思考停止した。ボアさんは耳を押さえている。怒鳴られているらしい。



「めっちゃ切れる…。いや不満っていうかさ、手伝うっていうのがなんか一方的でなんか嫌だ。…仲間のほうが響きいいだろ!」




 勢い良く肯定。一応は納得したのだろう。僕には片方の声は聞こえないんだけど。



「ともかく、仲間としてならその申し出を喜んで受けたいんだけど、それでもいいか?」



 いざ自分が誘う側に回ると恥ずかしいものがあると、ボアさんは感じていた。

 そんな様子を見て、この人にもそういう顔をするのかと、当たり前の事を発見したような気がして、僕は内心面白く感じていた。


「うん。僕でよければ、お願いします」

「じゃ、細かいことはまた明日な、お大事に」

「ゆっくり休めよ。っと、オダイジニ?」



 ボアと、ぎこちない赤腕のいたわりの言葉を聞いてその日は別れた。




「若いっていいなぁ。オジサンそう言う青春送りたかった」



「…あ」



特に誰にも言わないが、これから15分間オジサンの青春話について長々と語られることになった。




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