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肥満勇者の欲望は  作者: 海国 遊泳
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十二話 気楽に崇め奉れ



 騙し討ちのようにはなったが勝負はついた。


倒れた赤腕が必死に言う。



「っんだこれ、何、何を!」

「傷を治せるって言ったろ?あれ嘘じゃないけど、歯は治してなんかいない」

「…はァ?」



 歯なんか最低限しかエネルギーを使いたくない状況で治す必要はないし、そもそも自然治癒力を上げるだけじゃあ歯は生えないだろう。


「もうひとつスキルがあってな、生き物の体の構造を真似できる。魔力が回らなくなる相手、心当たりは?」

「…あァ、脱力狼か」

「正解」



 折れた歯を無理やり押しのけさせて、強引に脱力狼の牙をはやす。あとはタイミングを探して歯を立てればいい。

 目前に迫った拳相手に顔をずらしてぶつかりに行くだけではなく、自分から噛む力も足した。


 これが計画して思いついた不意打ち上等、卑怯上等の手だ。


 捨て身の作戦は成功し、赤腕の無力化に成功した。



 バカみたいに痛かったし、吐き気までしたが、死ぬよりいいだろう。



「ワザと殴られたとか、狂ってんのかよォ」

「これなら決まれば勝てたからな。さて」



 赤腕から斧一本分ほどの距離に入った。

 薪を割るのにちょうどいい距離だ。このまま頭蓋を砕くことは容易い。


「言い残すことがあるなら、毒が切れないうちにどうぞ」



 甘いかもしれないけど、こいつはそこまで悪でもなかった気がする。

 本能で動く時点でどうかとも思うが、空気を読んだりとか、嘘もつかず真面目に言葉を返したりだとか。


 今も悪あがきはせず、死を受け入れようとしている。



「…オレは作られてすぐここに来たからよォ、まだ殺し合いしかしてねェんだ」

「てことは、ここ最近生まれたばかり?」

「まァな。一日歩いてここに来た。仲間もいねェし、まともに話し合ったのもこれが初めてだ」


 寂しそうに言う。だが、重要なことをこぼした。



 一日歩いた場所にこいつを作ったやつがいるという事だ。



 この情報だけでも大きな成果になるだろう。もう給料をもらえない心配はないと思う。



「…にしても」



 また赤腕が話し出す。




「自分の話ができるって楽しいもんだな。もっと楽しいこともあるんだよなァ」

「もちろん、おいしいご飯とかな」

「いいなァ。誰かと話しながら飯とか、してみたかった」



 出来なかったことへの憧れを語る赤腕の姿は、夢を語る子供の姿そのものだった。

 俺にはちょっとした特技がある。嘘を言っているのがなんとなくわかる。それが魔物であってもだ。


 赤腕はさっきから嘘を言っていない。心の底から寂しがり、悲しんでる。



「もっといろいろしてみたかった。見てみたかった。もっと生きたかったよ」



 そこまで言った赤腕は瞼を閉じた。言いたいことはもう言えたんだろう。


 同情を買おうとするわけでもなく、毒が切れるまでの時間稼ぎでもない。 


 赤腕は最後に、ただ純粋に人と話をしたがった。


「…ラウニ」

『なん?」

「こいつ見逃したい」

『…ほほぅ」



 俺がこの依頼を受けたわけじゃないから違約金も報酬も発生しない。

 つまりここで赤腕を殺してもあんまりメリットはない。


 魔物は人間を見ると襲いかかるが、逆に見られなければ特に危険はないとされている。

 人間を進んで殺しに来る魔物はむしろ少ないとさえ思う。 

 実際に赤腕はここに住み着いてあまり動いてない。


 なら、別に殺さなくていいと思った。



 いや、違うかもしれない。殺したくないと思ってしまった。



『つまり怖気づいたんでしょ?人みたいに話して、馬鹿正直に身の上話されて』

「…そうだよ、でも説得できるなら」

『やだ、言い訳とかいらないし』



 ラウニは失望しただろうか。勇者が魔物を殺したがらないだなんて。


 でも話が通じる以上は、説得ができそうならばと、どうしても思ってしまう。


 心の底から信じられる魔物がいてほしい。



「やっぱり駄目か?」

『ん、いや?そうは言ってないけど』



 は?



「でもさっき…」

『だってあんたの性格わかった上で選んでるし、その上で気に入ってるんだから』



 よくわからないでいる俺に、一拍置いてラウニが言ってくる。



『だから言い訳なんて必要ない。信じれるって思ったんでしょ?あんたはそれでいいの。やりたいことあるから赤腕に神器あてて』

「いいけど、なんで?」

『条件が良いから、まー見ててみ?』



 疑問を持ちながらも斧の刃を赤腕に軽く触れさせる。赤腕は少し身じろぎしたが、それ以上は動かない。



 そのまま状態で待ち、どうしてこんなことしてるんだろうと思ってきたところで、赤腕がかっと目を見開いて言った。



「…おい、なんか体がすっげぇ気持ちわりィんだけど」

『お、できたかな。調子はどう?』

「いや、赤腕には聞こえな…」

「だから気持ちわりィって。てか、この声なんだ?」



 あっれー?赤腕、聞こえてね?

 


『精神も無事、体に拒絶反応もなさそう』

「まて、まてまてまて!ほんとに何したお前」



 わけがわからなく、もっと詳しく聞くために先をうながすと、なぜか自慢げにラウニが説明しだす。



『抵抗できないうちにプログラムを書き換えてみた。んで!結果は成功!雇い主は変更、邪魔な制限を外して、元の命令も破棄!もはや危険は皆無だぜ!』

「よくわからないけど、じゃあ見逃してもいいのか?」

『え?』

「えっ」



 違うの?と思ったが、よく考えたら変なところがある。

 雇い主が変更って事は、新しい雇い主がいるって事で、この状況でそれって一人、てか一柱しかないよな?



「おい、雇い主ってまさかお前か?…」



 それしかないだろ。こいつやりやがっ…。




『え?あんたに決まってんじゃん』




 訂正する。こいつとんでもないことやりやがった!


 などと話していると、赤腕が戸惑いながら聞いてくる。


「どういう事だよ、この声の主は誰なんだ?」

『よくぞ聞いてくれた!あいむ女神!ラウニ様でっす!気楽に崇め奉れ!』



 聞いた赤腕の開いた口が塞がらない。寝た状態で首を動かし、こちらの顔を見てくるので、黙ってうなずいた。


 赤腕がぼそっと「まじかよ…」と言ったのを俺は聞き逃さなかった。



『とゆーわけで、勇者の仲間一号として、動けるようになったらついといで。異論は認めない』

「…俺が生きていいのかよ」



 赤腕が聞いてくる。



「…まあ助かるけど、そっちこそ勝手に仲間みたいにしたけどいいのか?」

「そりゃ、負けた身だからなぁ。かまわねぇよ」


 そうは言いながらも口角が上がっている。この状況を赤腕はそこまで悪く思っていないようだ。



「じゃ改めて、デザイア王国の勇者、ボア・スクローファ。これからよろしく」

「名前はねェけど、赤腕って呼ばれている。よろしくな」



 ラウニによって、強引にだが仲間ができた。



 朝に勇者になって、その日のうちに他の勇者にあって仲間までできるとは、すごい濃い一日になった。すっごい疲れた。



 だからこそ、この疲れがあるからこそ一層ご飯がおいしくなる。


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