十一話 晩御飯がまずくなる
赤腕が奪い取った盗賊団の隠れ家は、しばらく進むと外からの光はほとんど入ってこない。
そんな場所の奥から外まで響くほどの声量で怒鳴ってしまった。
戦っている真っ最中の赤腕も、泣き顔のシルリスも動きを止めた。俺の荒い息だけが聞こえる。
だがまだ文句は終わらない。
「さっきから気が散るんだけどさぁ!俺さっき休んでてって言ったじゃん!」
『うわぁないわ』
この際だから周りが固まっているうちに思っていること全部言ってしまおう。
「戦ってんだよこっちは!必死に集中してるんだから邪魔すんのやめて!」
「誰が…」
「おん?」
シルリスが顔を伏せてつぶやいた。続く言葉に耳を傾ける。
「誰が助けてなんて言ったんだよ!僕のせいで傷つくのを見たくないから逃げてって言ってるのバカぁ!」
「っるっせー!見捨てたら晩御飯がまずくなんだよ!黙って休んで待ってって何度言わせるんだバーカ!」
本心に本心で返す。思ったままを言い過ぎて子供っぽくなったのは仕方ない。
赤腕はまだ手を出してこない。空気を呼んでいるのか、何を考えているのかが分からなくて怖い。
というかシルリスはなんでこんなに俺に逃げてほしがっているんだろう。助かるぜラッキーとか思わないんだろうか。
「…どうして?」
小さい声に思考を遮られる。
「どうして逃げないの?そんなに傷ついて、死んじゃいそうになってまで、どうして?」
「……?」
ちょっと良く分からない。なにいってるんだろうこいつ。話が食い違って…。
食い違ってる?
ああ、やっと合点がいった。勘違いされてるんだ。
「シルリス」
じゃあ勘違いを正そう。
「俺、死ぬ気もないし、そもそも負けないぞ?」
つまり全く頼りにされておらず、俺が勝つとも思われていなかったわけだ。ちょっと傷ついた。
「え…?」
「だからまぁ、何というか」
足りない言葉を補足させてもらおう。
「とりあえず、信じて任せてくれよ」
「で、でもこうなったのは僕のせいで、君を巻き込むのは」
「気が引けるってか、いいよそのぐらい」
ちゃっかり治した腕の調子を確かめつつ赤腕に向き直る。
赤腕と目があった。さあ、仕切りなおしと…。
「だって、こんなのただの我儘で…」
「だーからー!我儘言ったって良いんだって」
振り向いてシルリスに言う。
「『助けろ』って言ってくれりゃそれでいいから!」
改めて赤腕に向き直る。
「どうしても納得できないなら飯の一つでも奢ってくれよ。それで満足だから」
『…さらっと何言ったのあんた』
「無償で助けられるのが気に食わないって話だろ?」
ともかく、これでやっと仕切り…。
「ボアさん」
「…なんだ?」
再び振り返ると、シルリスが涙の痕のついた顔で、改めて言った。
「僕を助けてください」
「任せろ、勇者だからな」
やっと頼ってもらえた。
「おォ、やっと終わったか」
「おう、悪かったよまたせ…て…」
「いや、気にするこたァねぇよ」
言葉尻が弱くなっていく俺に赤腕は表情も変えずに言葉を返してくる。
誰でも動揺すると思う。
だって話してる途中で赤腕が炎を出すから。
「邪魔するのもあれだがよォ、何もするなってのもおかしい話だろ?」
だから魔法の詠唱してましたってことか。畜生。
「…熱くないの?」
「この腕はどんな魔法を使っても反動がないように作られてるからなァ」
律義に返された。
『…どすんの?』
「…頑張る、一応そこまで影響はない」
『強がってんの?』
「強がってないし」
本心だし。
「で、オレも聞いていいか?」
「何を?」
「傷、治ってるよなァ?」
ばれてた。
「…勇者のスキルで、傷を治せる。ほら、このとおり」
折れてたはずの歯を見せる。歪に見えるかもしれないが、しっかりはえている。
「…マジで勇者なのかよ」
「マジで信じてなかったのかよ」
まあ文句言っても仕方がないし、さっさと始めよう。決着まではそう時間がかからないだろうし。
直さないままでいる傷は多いが、関係ない。
まだ戦える。
「行くぞ」
「おォよ」
地面をけり上げ、はじけるように突撃、槍のように斧を突きだす。赤腕の見た中では一番速く鋭い一撃だっただろう。
それを赤腕は半歩横に動くだけで回避し、腕をこちらに向けて突き出した。
すると腕に纏われてた炎が飛んできた。予想外の攻撃を肩に浴びる。
「っじかよ!」
器用なことをしてくるもんだと内心で感心してしまう。こういった攻撃を混ぜられると余計に近付きづらくなる。
だがこっちのまともな攻撃手段は斧での近接しかないので近付かないことには始まらない。
肩の火傷を歯を食いしばって耐え、両腕で斧を握り、距離を詰める。
斧のリーチで赤腕の炎が届かない距離を保ちつつ隙を窺う。首元があけば切り落とす。胸元があけば心臓に刃を差し込む。
だが難しい、誘うようにわざとわずかに隙を見せているように見えるが、もし引っかかればこっちの首が飛ぶだろう。
拳を斧のはらではじいた、赤腕は後退、俺は追撃を加えようと一歩踏み出す。
赤腕が腕を横に振ったが、俺には届かず、炎も鉤爪も掠めることがなかったのでまた一歩踏み出そうとした。
目の前の炎が消えなかった。腕を振った軌道を示すように宙に浮かび、その場で燃え続けている。
戸惑ってしまった。
足を踏み出すことができなかった報いを受けることになる。その炎の壁を破って拳が目の前に迫る。
前のめりになった俺の顔の中心を狙った一撃。このままではまともにくらう。
頭の中で体を動かせと必死に叫ぶ。
脚を動かせ体を反らせ首を曲げろ間に合えまにあ――――
高濃度の魔力の練られた炎が、数々の人間を葬った拳が俺の顔を打ちぬいた。
頭を炎が覆い、歯を吹き飛ばし、骨を砕き、血があふれる。
勝負が終わった。
――――間に合った。
「…どうした?距離なんかとって」
俺を殴った直後から、赤腕は恐ろしい物を前にしたかのように距離を広げていた。
「勝ったと思ったからじゃないだろ?狙いがずらされたから?俺が口を不自然に開いてたから?」
話ができるように顔の治療をある程度する余裕はあった。
返事は返ってこない。
戸惑いを隠す余裕も無い顔に、動揺を貼り付けていた。
突如、赤腕が膝から崩れ落ちた。
傷は少なく、それなのに腕を巻いていた炎は止まり、仰向けになっている。
それが今の赤腕の状況だ。
まるで魔力がうまく体に回っていないかのように。
「俺が噛みついたのを不自然に思った?」
火傷があった形跡が見て取れないような、元通りの太い顔で笑って見せた。
赤腕が俺を殴った腕からは、ほんの小さな傷ができていた。
勝負が終わった。




