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肥満勇者の欲望は  作者: 海国 遊泳
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十話 耐えられなくて

太ってる勇者、ボア・スクローファ視点です。


 危ないところだった。



 着いたころにはシルリスがボロボロになりながら立ち上がる所だった。

 あれは逃げるためではなく、最後まで抗うつもりだったんだろう。



 命をかけるどころか、燃やしつくして。



 ここまでできるやつが悪い奴だとはやっぱり思えない。



 ただ、かっこつけて助けるとは言ったものの、状況が悪いのは変わらない。

 妹、スーの判断を信用して挑もうとしてたが、スーの想像していなかったことが色々とある。

 


 かばう対象がいること、危険度が第五級じゃあきかないこと、脱力狼と戦った後ダッシュで来たこと。



 それに比べて赤腕はあまり消耗してる様子がない。相当一方的な戦いだったんだろう。



「こんな状況だけど、どう思う?」

『これで乗り越えたら最ッ高にカッコいいじゃん!』



 この女神らしい答えだな。



 なんて息が整わないまま言ってたら、赤腕が口を開いた。



「で?俺にもわかるように自己紹介してほしいところなんだが?」

「めっちゃ流暢に話すんだな。びっくりした」



 軽口をたたいたら、赤腕が眉をひそめたのが分かった。ますます人間らしい。



「俺は今日勇者になったボア・スクローファ。よろしく」

「「は?」」



 おっと信じられていない。後ろからも驚く声が聞こえた。

 まあ信じづらいよなあ。俺だったら信じない。



「…まあいいがよ、ここに来たってことはよォ。死ぬ覚悟があるんだな?」

「あんまりない」

『ちょっ』 



 言いたいことがあるようなラウニの声がしたが、赤腕と会話を続ける。



「戦う時にそんな弱気になる必要なくないか?夢があんだからここで死ぬ気はないよ」

「出来ると思うか?」

「やって見せるよ」



 屈伸をしながら、荒かった息を整える。



 話すことはもうないとばかりに、斧を地面すれすれに構えて襲いかかる。

 それに気付き赤腕もすぐ臨戦態勢に移る。



 スーの考えた対処法は簡単。相手は魔法や体術で正面からぶつかってくる。

 だったら---



「うおっ!」



 斧で土を巻き上げて顔を狙った。目を守ろうと右手を顔の前に持っていった。

 右腕で防げなくなったわき腹を狙って切りかかる。



---こっちは不意打ち上等、卑怯上等でいけばいい。



 後ろに避けるしかない赤腕は、思った通り後ろに下がった。そこに追撃を与えに行く。



 左から右に横一文字に振り切った一撃は体勢を立て直した赤腕に、斧身を爪で上にはじいて流された。


 

 ここから本命の攻撃。斧を振った体制から右足で蹴りを放つ。

 それも、〈気力操作〉で威力を上げてある。脱力狼の時と違い、手加減はした。



 それでも相当の勢いを持った蹴りだったが、赤腕の左手に受け止められていた。



「うおおおお!?」



 そこからさらに右腕を添えて力任せに投げ飛ばされた。目の前に壁が迫ってくる。



 空中で体勢を立て直し、両足と斧を持ってない左手で壁にぶつかる衝撃を緩和する。

 あまりダメージはないがビビった。



「っんだよ、人間の太ってるやつってあんまうごけないんじゃねぇのかァ?」

「動けるデブもいるんだよ!」



 特攻を繰り返す。足を狙って切りかかったが、赤腕は軽く飛んで避けると、そのまま顔面に蹴りを入れてくる。



「ぶっ!」



 まともにくらった。歯が何本か折れたり吹き飛び、口いっぱいに血の味が広がる。



痛みに悶えている余裕はない。赤腕の次の行動に気を配る。



 そのまま向ってくる赤腕に、口にたまった血を霧状に吹きだし、目くらましに使おうとしたが、しゃがんで避けられた。



 懐に潜り込まれ、鉤爪で腹を切り裂かれ、さらにそこから右腕を引き戻しながらの左手の全力のパンチが大きな腹に突き刺さった。



「ボアさん!!」



 シルリスの悲鳴をぼんやりと拾いながら派手に吹き飛び、今度は受身も取れず壁に叩きつけられた。



「動けなくはねぇがよ。おまえさっきのチビよりよええよ」

「…っ。あぁ、そうかよ」



 ふらふら立ち上がる俺を見て赤腕が言う。



「無駄だから諦めてくんねェか?」

「やだよ」



 腹から流れる血が服を染め上げる。



 〈気力操作〉で自然治癒力を上げて腹の傷を治す。少しは慣れたのか、三十秒と少しぐらいで血が止まり、痕は残ったが動けるぐらいになった。



 まだ戦える。



 慣れない小細工はやってもあまり意味がないことが分かった。ならば普通に戦ってみよう。



 両手で斧を握り、地面を蹴り、立ち向かう。



 首元に凶刃が伸びるのをで、無理やり足に魔力を流し、間一髪のところで避ける。



「うらぁ!」



 腕に魔力を流し斧を振る。右腕で防がれた。



 ギリギリの時や、少しでも赤腕に隙ができれば魔力を多めに流す。このやり方なら必要以上にエネルギーを使わずに済む。

 変則的に身体能力を上げることで普通よりも戦いづらいだろう。



「おお、よくなってんじゃねぇか」

「あ…あっとぉ!」

「あ?」



 息が荒くなって舌がうまく回らなかった。ありがとよ!と返してやりたかったが余裕がない。

 なにせとんでもない集中力が必要になる。今日もらった力を細かく使ったり切ったりするのだから。



「ってぇ!」



 かわしきれなかった殴打が左肩を打ち、左腕が斧から離れる。

 そのままやけくそ気味に右手だけで斧を振りぬくと、相手の伸びた左腕を掠めた。小さな切り傷から血が出るのが見えた。



 わずかにだが攻撃が当たるようになる。

 そう思った矢先、胸に鈍痛が走った。蹴られた。



 吹き飛ばされ地面を転がる。片手と両脚で体勢を立て直し、前傾姿勢でまた特攻を試みる。



 細かい擦り傷ができた。気にするほどじゃない。



 まだ戦える。



「もう…逃げて…」



 まだ相手は魔法を使ってない。使う暇がないというよりは使う必要がないんだろう。

 実際手を抜いているだろう赤腕に対してこっちは息が荒くなってる。

 〈気力操作〉がなければとっくに動けなくなっていただろう



「ぐっ」



 腕に切り傷が増えた。骨は無事だ、動かないわけじゃない。



 まだ戦える。



「まだ足が動くなら逃げてよ!僕はもういいから!」



 爪を、斧を、脚を、拳を交えるたびに相手の攻撃が強くなるのが体に増える傷でよくわかる。少しづつ相手も本気になってきているらしい。ギリギリで仕留めきれないのに焦れてきたのだろう。

 ばれないように服の下の、特に深い傷だけを止血する。



 太ももにあざができた。動けないほどの痛みじゃない。



 まだ戦える。



「僕なんか気にしないでいいから、君だけでも逃げてよ!」

「…ぇ」



 懇願するような声に気をとられ、爪が目の前に迫っている事への反応が遅れた。

 とっさに体を反るがかわしきれない。



 爪が顎を掠める。


 

 治さない傷が増えてきた。まだ動ける。



 まだ戦える。



「こうなったのも、僕が動けないせいでっ、君が命をかける必要ないからぁ!」

「…え」



 助ける、と言ったせいで責任を感じているのだろうか。涙声になってるシルリスの叫びが耳に響く。



「もう、もう私のせいで傷つかないで、お願いだから早く―――」



 悲鳴のような言葉だった。

 自分が死ぬかもしれない場面で、それでも心の底から俺の心配をしている。



 だが、その言葉を最後まで耳にすることはなかった。何か遮ったものがある。



 その何かとは、






「うるぅっせぇぇぇええええ!!!!」  







―――俺の口からあふれ出た、心の底からの怒号である。

…いや、ごめん。耐えられなくて。

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