一話 プロローグ
私は教会にある小さなベッドで目を覚まし、すぐに大きなため息をついた。神の声を聞いたからだ。
神の声は、『神』が一番適性があると判断した者、『教皇』と『勇者』にしか聞こえない。
この世界には、昔降り立った五柱の『神』がいる。『神』はそれぞれ別の国に所属して、そこから『教皇』と『勇者』を一人づつ選び出した。
『教皇』と『勇者』は、死んだらまた選び直される。
私はこの世界にいる五人の『教皇』の一人だ。
十一歳の時はただの平民の一人だったのが、神の声が聞こえて、今では教皇になってしまった。
そして先代教皇の残した記録や、神の声を通じて世界の知りたくないことまで知るはめになった。
そして知ったからには行動しろ、ということらしい。
役目を投げ出すわけにもいかないらしく、神の声から得た情報を、時には広め、時には隠しながら働いた。
神の声を聞くたびにため息をついてるわけではないが、さすがに今回は気を落とさすにはいられかった。
要約すると、
―――この国の勇者が死んだ、次の勇者には目星をつけてある。
との事らしい。
勇者が死んだという事だけでも問題ではあるが、問題はその勇者候補の特徴。
―――近くの監獄にいる、ボア・スクローファという男。見ればわかる。
監獄にいて、しかも見ればわかるという適当具合、直接接触する身にもなってほしい。
しかし目星がついているというなら声をかけるのは早いに越したことはない。ひと昔前、勇者がいなかった時期は国民の不満が爆発しかけた。
今日の午前は特に目立った仕事はないので、できれば昼前に済ましてしまおう。
* * *
「教皇様?このような場所にどういったご用件で?」
監獄の入り口で門番の男は驚いた顔でそう言った。無理もないだろう。教会のトップがいきなり目の前に現れたのだから。
「今朝、神の声が聞こえまして、案内して頂けると助かります」
「は、はぁ…では上の者を呼びますので少々お待ちください」
自分には荷が重いといった様子で門番は中へ引っ込んでいった。
そこまで待たないうちに中年の男が出てきた。
「ここの所長をやっているものです。教皇様。部下からは神の声があったとだけ聞きましたが、詳しい内容をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「では、ここでこれからすることはどこにも漏らさないと誓ってください」
勇者が罪人であることはできれば隠しておきたい。
二百年ほど前、突如あらわれはじめた魔物に抵抗するように、五組の『神』と『教皇』、そして『勇者』が現れた。勇者はそれぞれ神器を持ち、他の人間より強くなる要素を持っている。
魔物から弱いものを守る、人類の英雄であり、希望。それが人類の共通認識である。
その勇者が罪人であるという情報が広まっていたら。勇者自身も行動しづらいだろうし。国民もいい顔をしてはくれない。
「わかりました。誓います。さっきの部下にも口止めしておきましょう」
「この国の勇者が死にました。詳しい発表はあとでするつもりです」
「なっ…」
「そしてここに次の勇者がいるらしいです」
「は?」
案の定この男も、信じられない、といった顔をした。
「という事ですので、くれぐれも他言無用でお願いします」
「あ、ああ。わかりました。では、中へどうぞ」
こうして私は監獄へ足を踏み入れた。
* * *
「やはりここで働いているもの、というわけではありませんでしたか…」
念のため、ボア・スクローファという従業員がいないか聞いてみたが、いないらしい。
しかし、その名前の男なら、と言って案内された場所へ来た。この監獄は広く、牢屋の場所も数ヶ所に分けられていた。
勇者とは二人で話したかったので、鍵だけ借りて所長には離れていてもらった。
やはり、これぞ勇者、といった見た目のものはいない。それどころか、どこを見てもろくに戦えそうなものはいない。
そして、中でも一人が際立って勇者らしくなかった。
悪人面すぎるとか、年を食いすぎている、といったわけではないが、この人物を勇者と認めるのは抵抗があった。
しかし、見ればわかる、というのはこういうことだろうか。
その男は太っていた。それも魔物と戦うどころか、少し走るだけで息切れしそうなほどに。
「…失礼。少し聞いてもよろしいでしょうか」
「ん?ビーフとチキンだったらビーフがいいかな」
まじかこいつ。
「…あなたの名前はボア・スクローファであってますか?」
「そうだよ、なんだ、飯はまだなのか」
そう言うと男はヘラヘラと笑った。
目の前の男が人類の命運を握る勇者の一人だという確認が取れてしまい、教皇になってから数えられないほど思った暴言を、また心の中で言った。
ーーー神よ、ふざけてんのか。