相性の二人
一泊して、リヴァルはケテルを発った。リュゼと共に。
いくら勇者であるリヴァルの供となったとはいえ、リュゼに対する差別的な視線がそう簡単になくなることはなかった。それが不愉快で仕方ないため、リヴァルはケテルを発つことに決めたのだ。
しかし、信心深いケテルの人々は神が遣わしたというダートの使い手を見送るために盛大な花道を作った。その無駄なまでの豪華さにリヴァルは辟易した。並んで歩くリュゼは魔法使いが好んで着るローブを纏い、そのフードを目深に被った。きっと、人目が気になるのだろう。これまで自分を差別してきた人々だ。そう簡単に心は開けない。
そうして、門のところまで、道は広いのにどこか狭苦しい思いをしながら、二人は歩いた。そのまま真っ直ぐ行くと、森に出る。
ケテルの門が見えなくなってから、リヴァルははあ、と盛大な溜め息を吐き出す。リュゼも少し肩を落とした。緊張していたらしい。
「ケテルって堅苦しい都市だなぁ。もう来たくねぇや」
「でも、確かに神様の加護がある場所。歴代のダート使いの多くはゲブラー出身だけれど、その次に多いのはケテル」
「へぇ」
興味なさげなリヴァル。彼はそういう座学がめっぽう苦手なのだ。まあ、魔法を使うための魔力が圧倒的に少ないダート持ちはあまり座学をしなくても強い。……同門の徒であるリアンは、修行以外では本を読んで学ぶ、物静かな少年だったが。
リアンのことを思い出すと苛々するので、リヴァルはリュゼに水を差し向ける。
「そういやさ、魔法ってどんな感じなの?」
一応、ゲブラーで見たことはあるが、彼の師匠だったシュバリエは簡単なものしか使っていなかった。身体能力強化と、ばかでかい大剣を持つための軽量化くらいだっただろうか。あとは時々火属性の魔法を使うだけ。戦闘は専ら剣の威力重視であるため、魔法はほとんど先の二つしか使っていない。そんな感じなのに、ダートを持つリヴァルでもさっぱり敵わなかった。何度も師匠に突っかかっていったリヴァルであるが、こてんぱんにされた記憶しかない。しかも時には剣なし……体術だけでいなされた。リヴァルは師匠が魔王四天王の一人と聞いて、その裏切りに絶句すると同時、色々と納得していた。なるほどそれであんな馬鹿みたいな強さだったのか、と今にして思う。
魔王四天王にはそれぞれ得意とする戦い方があり、その中には当然、魔法特化型のサージュという人物がいると専らの噂だ。サージュとはセフィロートの原語で「賢者」という意味。魔法使いという枠組みすら超越した者に与えられる称号だ。まあ、まだリヴァルの旅は始まったばかりで、サージュとは出会ってもいない。
だからこそ、これから必要になってくるだろう、対魔法戦闘を身につけておきたかった。座学をしていなかったのが悔やまれるが、幸いなことに、リュゼは魔法特化型の人間だ。差別されていたとはいえ、魔法の勉強くらいはしているだろう。
その予想に違わず、リュゼは訥々と説明してくれた。
「まず、魔法には様々な属性がある。火、風、水、土、木……大まかにはこの五属性のどれかに特化している。熟練の魔法使い……魔物になるけど、風の民なんかは魔法に長けた一族だから、全ての属性を使いこなすやつもいる」
言われて思い出したが、魔王四天王のサージュは風の民という説が濃厚だとリヴァルも小耳に挟んだことがある。
「先に挙げた五属性はあくまで基本属性。他にも魔法には色々種類がある。例えば、あまり見ないけれど、引力魔法といって、宙に浮いているものを地面に引き付ける魔法もある。風魔法に似ていると言われるけれど、全くの別物。引力魔法は風魔法で打ち消せない、かなり高位の魔法だと聞いている。引力魔法に逆らうと体が普段より重くなるらしいから、相当な身体能力の持ち主か、身体能力強化魔法の手練れじゃないと歯が立たないと言われている」
「うー……噂じゃ、サージュはセフィロート屈指の魔法使いらしいから、引力魔法とか使えそうだな……」
「他にも、元々の魔力保有量が人間より秀でている魔物はその種族ごとに特殊な魔法を使うらしい。魔王四天王のアミドソルなんかは、土の民に伝わる協力な身体能力強化魔法で素手で言ったら、魔王四天王一だと言われている」
「そういえば、身体能力強化魔法って、どんな属性にもあるよな」
リュゼは少し思考してから答える。
「土の民のように特殊な強化魔法があるのは例外だけど、魔法の中で、身体能力強化魔法は基礎中の基礎。だから、属性とかは関係なく習得できる。更なる強化のために各々の属性を魔法に織り交ぜて強化するという方式になっている。相性のいい属性を二つ付与して使うこともある」
相性とは、並列発動でより強大な威力を発揮する属性同士のことを言う。
火魔法なら風と相性がいい。土魔法なら木と相性がいい。木魔法なら、水魔法と相性がいい、といった具合に。
あと、とリュゼがフードを更に目深に被り、示す。
「属性との相性というのは、魔力保有量が高ければ高いほど、目の色がどの属性を上手く使いこなせるかという証明にもなる。故に、強い魔法使いは好んでフードが目深に被れるローブという衣装を好む」
なるほど、とリヴァルは思った。リュゼは元々目深なフードつきのローブを纏っていた。差別によりぼろぼろになっていたので新しいのを買おう、とリヴァルが提案し、リュゼは今新しいローブを着ているのだが、前とさして変わらない様相なので、訝しんでいたら、まさかそんな理由があったとは。
それに、とリュゼは付け加える。
「魔法の種類によっては、詠唱だけでなく、手で印を結ぶことがあるから、使う魔法がばれないように、手がすっぽり隠れるのも好まれる」
確かに、言われてみると、リュゼのローブには袖がない。おそらくローブの内部でその印とやらを結ぶのだろう。
「印は……体術で言うところの型に近い。ただ知識があれば、印を見ただけでどんな魔法を使うかばれてしまう。だから手を隠す」
なるほど、よく考えられている。これまで魔法使いがローブを纏うのは雰囲気かと思っていたリヴァルだが、大変勉強になった。
「印を使えば、より簡単に高威力の魔法を放てる。魔法は不意討ちが基本。隠蔽性が高いとかなり有効打になる」
魔法も深いものだ。基本、詠唱しないと発動しない魔法だが、威力を手元で変えられるのは、かなりの強みと言えよう。
「さっき、目の色が属性を表すって言ってたよな。緑のお前は……」
「風属性」
「ふぅん」
生返事をしつつ、リヴァルは双剣を構える。
「つまり、お前と俺のコンビは相性がいいってことだ」
援護を頼む、と呟くと、目の前から石の礫が飛んでくる。
石礫。トラウマの接近に咄嗟にリュゼは目を瞑る。当たる、と思ったその瞬間。
ザンッ
リヴァルの双剣が、石を真っ二つに切り裂いていた。
リュゼにとっては常軌を逸した光景で、ただただ目を丸くした。
リヴァルにとってすれば、こんなの、師匠に与えられた訓練に比べれば、朝飯前で。
どうやら、プティマージという魔法使い型魔物に攻撃されたのだろう。プティマージは深緑色のローブを纏った実体を持たない魔物。魔法耐性が高く、物理耐性もそこそこというプティという種族にしては防御性能が高めの種族だ。
ただ、リヴァルも伊達に魔王四天王の弟子だったわけじゃない。対処法くらいは知っている。
プティマージの本体は纏っているように見える布のローブだ。ローブを木っ端微塵にしてしまえば、プティマージはひとたまりもない。
確か、師匠は剣で高速斬り、火魔法で焼き尽くしていたような。
ローブ自体はただの布のローブと変わりない性能だ。物理耐性、魔法耐性はプティマージが魔法で付与しているのかもしれない。
それを突破する方法は一つ。力押しあるのみ。
リヴァルには師匠のような剣の技量はないし、ダートの使い方も上手いとは言えない。
ただ、ここにはリヴァルの炎のダートと相性のいい風魔法を使うリュゼがいる。
「リュゼ、あいつに向かって風魔法を──」
「あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
リュゼは泣き叫んでいた。リヴァルは何事かと思ったが、石礫が大量にこちらに向かって飛んできたのである。さすがに全てを剣で叩き斬っている暇はない。
だが、それ以前に問題があった。リュゼの様子がおかしい。
──リュゼは大量の石礫がこちらに向かってきたことにより、トラウマの引き金を引かれたのだ。
魔力が駄々漏れになる。リュゼの魔力は風の力を孕んでいる。魔力だけでは魔法にはならない。詠唱でより具体的な形にしたものが魔法だ。しかし、例外はある。
リヴァルもちょっとは座学をして知っていた。大量の魔力が駄々漏れになっているこの状況はまずい。魔力はそれ単体で力だ。しかも、かなり強力な。人々はそれを詠唱という形で制御して使いこなしているのだ。
制御のない魔力が危険なものだから。
つまり、今の場合だと……
風が吹きすさび、敵味方の区別なく、形ない凶器として辺りのものを引き裂き、散らかしていく。暴走した風。リヴァルの頬にも傷が走る。
リヴァルは戸惑いこそしたが、それはプティマージも同じ。その隙をリヴァルが見逃すことはなく、風に乗せて炎のダートを放つ。プティマージは見る間に灰と化した。石礫も形を失い、地面へと溶けていく。
自分への害が消えたことにより、リュゼは力を失って地面へ倒れた。魔力をあれだけ放出したのだ。ただでは済むまい。
リヴァルはリュゼを近くの木に凭れさせ、自分は森の中に入っていく。リュゼは茂みの中に隠れる形となった。
リヴァルは何をしに行ったのだろう、とリュゼは思ったが、いかんせん、体が言うことを聞かない。故に覗くことは叶わなかった。
一方、森の土を踏みしめたリヴァルはその赤茶けた瞳を細めた。その目は不機嫌そうでありながら、獲物を待ち受けているようにも見えた。
それから少し待つと、リヴァルにしかわからない気配が急速にこちらに向かってくるのがわかった。
「……来た」
リヴァルの呟きは険しかった。地面を踏みしめると、千々に引き裂かれた木の枝がぱきりと鳴る。
ここはフロンティエール大森林の入り口。……森をこれだけ荒らして、この森の守護者が来ないわけがないのだ。
やがて、リヴァルの肌に慣れた冷気が降り注いでくる。リヴァルはかちゃり、と双剣を握り直した。
そして、守護者がそこに降り立つ。
湖色の瞳が、静かにリヴァルを見つめた。
「……君か」
そう静かに紡いだのは、森の守護者となったもう一人のダートの使い手、リアンだった。