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魔女差別

 石をぶつけられている少女を見るなり、リヴァルは反射で動いていた。

「やめろっ」

 少女と石をぶつける民の間に入り、民を軽く睨み付ける。がっと石の一つがぶつかり、額の傷からつ、と血が一筋流れた。

「なんだよ、お前!」

 民の一人──子どもが叫ぶ。

「一人に寄ってたかって石ぶつけるとか恥ずかしくねぇのかよ」

 リヴァルは名乗らず、怒鳴り返した。

 すると意外なことに反論が返ってきた。

「そいつは古来より忌まれる魔女だ! それを遠ざけて何が悪い!?」

「……魔女?」

 はて、その反論はいまいちぴんと来なかった。

 魔女というのはまあ読んで字の如く「女の魔法使い」という意味だとリヴァルは理解している。ゲブラーには女性の魔法使いは普通にいたし、魔女という言葉も特に差別用語とはされていなかった。むしろ魔法理論を覚えるのは女性の比率が高く、より高度な魔法を使える女性を魔女と称えることさえあった。

 それが、忌まれている?

 必死に叩き込まれたセフィロートの歴史を振り返るが、そんなことを習った覚えはない。差別主義、排他主義に関しては全く習っていないし、このセカイではあり得ないものと教えられた気さえする。

「……女の魔法使いの何がいけないんだよ?」

 純粋な疑問を口にすると子どもがはっとリヴァルを鼻で笑ってから告げる。

「魔女差別を知らないってことはあんた余所者かよ」

「まあ、ゲブラーから来たけど」

「ふぅん。まあ、教えるよ」

 魔女差別はあるのに余所者差別はないらしいことを疑問に思いながら、説明に耳を傾ける。

「昔からこのケテルでは魔力の強い女が生まれる。もちろん魔法の飲み込みも早い。でもな、あるとき魔力の大きすぎる女魔法使いが魔力と魔法を暴走させて、ケテルを壊滅寸前にまで追い込んだんだ」

 そういう伝承があるらしい。歴史的なものではないようだが、地域伝承としては根深く残っているのだそうだ。

「けれどそれはセカイの脅威とは見なされず、神様はダートをもたらしてはくださらなかった。故に暴走した魔女を都市の魔法使いでどうにか食い止める必要があった。それから『魔力の膨大な女性』『女魔法使い』は危険とされて迫害の対象になった」

 どうやらこの魔女差別というものはケテルの独特の風習らしい。身に余る能力を持つ者を脅威とみなし、遠ざける。字面にすれば納得はできるが、現実は到底受け入れられない。

 ここまでする必要はないだろう、と思うが、ケテルの民はそこだけは譲らず容赦がない。

 きっと伝承に拘りすぎているのだろう。

 伝承……? とふと考えて、リヴァルは思いつく。

「お前ら、魔女を信じてるくらいなら、ダートの存在も信じてるのか?」

「それはもちろん! ダートの使い手は神の使徒に等しい!」

 なるほど、ここまで信仰深いのが、功を奏しそうだ。リヴァルは笑った。

「なら、この女魔法使いは俺が預かる。ダートの使い手の言うことなら、逆らわないってことでどうだ?」

「はあ? お前が?」

 突然現れたリヴァルがどこの馬の骨とも知れないからだろう。民は懐疑的な声を上げる。

 その声が当然出てくることを予測していたリヴァルは掌から小さく炎を出して見せる。すると、辺りはざわついた。

「使徒さま、使徒さまだ!」

 その騒ぎは瞬く間にそこらじゅうに広がり、ほどなくして、周囲の民はリヴァルに跪いた。

「これはご無礼を致しました。使徒さまとは知らず……」

「いいよ。俺は使徒なんて大した存在じゃない。それよりこの魔法使いの件、いいか?」

 そうなればもう、リヴァルに反論する者などいなかった。




 リヴァルがダートの使い手たる勇者と知れるなり、待遇がよくなり、面倒だな、と考えていた宿の手配なども街の者が済ませてしまった。魔女と蔑まれていた少女が同行することには眉をひそめていたが、勇者であるリヴァルの意向に逆らう者はなかった。

 リヴァルは初めて勇者という称号が便利であると感じた。


 通された宿は高級感溢れる明らかに位の高い宿だった。ゲブラーでは師匠のフラムとリアンとひたすらに修行の日々だったため、なかなか住まいについてああだこうだと考える暇がなかったのだが、素人目にもわかりやすく居心地のよさそうな場所である。

 ケセドは温かみのある木造だったが、所々がたがきており、隙間風が吹いている、なんてざらだったが、ケテルの宿は風など窓以外からは入りようのない設計になっていた。やはり大都市なだけあって、建築士も一流なのだろう。

 一人で過ごすのには広すぎる部屋に、リヴァルは連れてきた魔法使いの少女と共に入る。少女も見たことのないほどの豪奢な造りだったのだろう。軽く瞠目して、決まり悪そうに中に入った。

 リヴァルが扉をぱたりと閉めると、ようやく安心したのか、ほっと息を吐き、けれど軽快を滲ませた緑色の瞳でリヴァルを見上げた。

 その唇は、ここに来るまでずっと秘めていたのであろう問いを紡ぐ。

「……どうして私なんかを助けたの?」

 そこには拭いようのないほどの猜疑心が含まれていた。リヴァルが窺ったケテルの民の魔女差別思想から察するに、彼女は幼い頃からろくな扱いを受けてこなかったにちがいない。優しさなんて信用できない。あるいは、裏切られたことさえ、あるのかもしれない。

 そんな疑いの色が強い少女の眼差しに、リヴァルは首を傾げられる。思えばリヴァルは少女とは真逆のような奔放な育ち方をしてきた。ダートという人智を越えた力も異端ではなく、讃えられるものだった。故に、少女のように人に疑いを持つということに慣れきっていない。師匠や同門の徒に裏切られてはいるが、それだけだ。フラムやリアンの裏切りはリヴァルの「疑い」の観念を揺るがすほどのものとはなり得なかった。

「なんかっていうなよな」

 ゲブラーという軍事都市出身のリヴァルからすると、魔女差別という観念は到底理解できなかった。魔力、魔法の扱いに慣れている魔物が敵である手前、魔力が多く、魔法の才に長けた存在というのは貴重な戦力だ。ゲブラーでは女魔法使いだって、そう珍しいものではなかった。まあ、魔力の少ないリヴァルでは到底魔法がどれだけ強いのか、理解できなかったが。

 つまりは人間の強力な魔法使いは強い味方となる、という考えがリヴァルの中にはあったのだ。

 故に、この考えに至るにもそう時間は必要としなかった。

「お前、俺の仲間になれよ」

「……はあ?」

 さらりと口にしたリヴァルだったが、散々差別を受けて育ってきた少女にはそれこそ理解ができなかった。

 仲間になれと?

 魔法が得意な彼女は当然のように座学も得意で、このセカイに危機が訪れたときに神から(ダート)を授かり生まれてくる者がいるのは知っていた。広場でのやりとりで、この少年がダートの使い手、ひいては魔王によって侵攻されるこのセカイを救う勇者と呼ばれる存在であることも承知していた。ダートの使い手は神の使徒とも讃えられる存在だ。そんな人物が何故、魔女として差別される自分などに目をかけたのか、と疑問だったが、まさか、仲間になれと言われるとは。

 勇者の仲間になるということはつまり、共に、マルクトより侵攻しつつある魔王軍を倒す旅に出るということだ。そんな大任を軽々しく請け負っていいものなのか?

 少女が疑念の目を向けると、リヴァルは朗らかに笑った。

「俺一人じゃ、到底魔王に敵わないさ。隣の都市のケセドを襲ったちっちゃい土の民の大群でまだまだてこずってるんだ。魔王の前には魔王四天王も待ってるし、魔王四天王にだって配下はいるだろう? あんなちゃっちい魔物に後れを取っているようなレベルじゃ、到底セカイを救えやしない。そう思ったわけ」

 リヴァルの中の論理は簡単だった。本来仲間であるはずだったリアンは今やもう味方ではない。ならば、別な人物を味方に募ればいいだけじゃないか、と。幸い、少女は魔力が強く、魔法に覚えがあるときている。仲間にはうってつけの人材だとリヴァルは考えた。

 それに、と付け加える。

「勇者の仲間になったとあらば、今の差別も少しはましになるんじゃねぇの? ここに来るまで、石投げられなかっただろ?」

 その一言に少女ははっとする。確かにそのとおりだったのだ。

 リヴァルとて、何も考えていないわけではないのだ。リヴァルなりに、少女の助けになる選択肢というのを見出だした結果が今の状況だった。

 ゲブラーでは差別はなかった。軍事都市であったため、争い事に対する備えや心構えは学んでいたが、培われた道徳心により、差別やらいじめやらは起きなかった。

 だからこそ、ケテルに来て目にした一人の少女への差別による暴力というのは、リヴァルに強い衝撃をもたらした。

 リヴァルも一人前くらいの道徳心を持ち合わせていたのである。

 そんなリヴァルの気遣いに気づいた少女は緑の目を驚きに満たしながら、差し出されたリヴァルの手を取った。リヴァルが嬉しそうに握り返す。

「俺はリヴァル。名前は?」

「私は……リュゼ」

 こうして、勇者に初めて仲間ができた。



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