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土の民の激震

 フロンティエール大森林、随一の大樹の立つ拓けた場所にぼろぼろのリアンが戻ってくる。服は土まみれで所々穴が空いたり解れたりしているし、頭からは血を流している。

「リアン!?」

 大樹の方からのそりと何かが身動ぐ音がした。そこにはリアンの背丈の倍以上はありそうな土塊の巨人がいた。彼の者の名はアミドソル。土塊から生まれ、土塊の体を持つ魔物"土の民"の戦士で、魔王四天王の一角に名を連ねるほどの猛者だ。

 先日、森に迷い込んだリアンを助けたという魔物が彼である。

 元々は土の民の代表としてこの森の守護を担う魔物だったのだが、土の民の祀る神がディーヴァということで、魔王ノワールの配下についたらしい。

 まあ、余程の有事でなければ、森の守護を優先したいというソルの意思が優先されるらしく、今はここにいる。

「あ……ソ、ル……」

 ソルが寄ってくると安心したのか、リアンの体から力が抜け、大きな土の体に重さを預ける。

 ソルはリアンを受け止め、その重症ぶりに赤い目を剣呑に光らせる。

「誰にやられただ?」

「ちが、う……」

 ソルの低く怒りの滲んだ声の問いかけに、リアンはふるふると首を振る。誰も悪くないのだ、と。

「悪いのは……みんなを裏切った僕、だから」

「それは違うだ!」

 ソルが叫ぶ。やるせなかった。土の民は森で生き、森で死す生き物である。故に、人間の道理など知らぬし、人間の決まり事も知らない。けれど、ただ一つ、わかることがある。

 リアンに課されたものは、理不尽でしかない、と。

 リアンと出会って日は浅いが、それでもリアンがどれだけ優しい人間か、ソルはよく知っていた。優しくなければ、魔物という、本来なら人間の敵であるはずの自分に「恩返し」などとは考えないだろう。「アミの契り」という土の民の風習に則った誓約まで、交わしてはくれないだろう。

 そんなリアンが悪者であるはずなどないのだ。そうソルは考えていた。

 何よりアミの契りまで結んだ友がこんなにぼろぼろに傷ついているのだ。正しい正しくないに拘わらず──許せない。

 故にソルはその真っ赤な瞳に怒りをたぎらせていた。

「……ケセドの匂いがするだな」

「ソ、ソル……?」

 ソルは見た目には見えない鼻があるのか、嗅覚を頼りに、リアンがどこにいたか特定しようとしているようだ。

「おらがいねぇ間にリアンが代わって森を守ったと聞いただ。ゲブラー方面に侵入者があったども。……ゲブラー、から思うに、噂の勇者だか? シュバリエが一人逃がしただ言ってだな」

 シュバリエが誰かはまだ知らないリアンだが、ソルの口振りから、リヴァルの言っていた通り、ゲブラーが攻め滅ぼされたことがわかり、びくりと震える。

 そのことに関しては、ソルは触れなかった。シュバリエの正体が師匠であったフラムと知れば、リアンは心穏やかではいられなくなるだろう。契りをしっかり果たす律儀なところから、今更裏切るとは思えなかったが、だからこそ、現実と約束との間で押し潰されるにちがいない。

「……でも、ケセドの匂いがする、だど、勇者をケセドに運んだか」

 嘘を吐くこともできず、リアンは小さくこくりと頷く。

「こないだもケセドに行って、ぼろぼろで帰ったばりだ。いくら近ぇがらって、ケセドに行くこだぁなかっただ?」

「……あそこ以外、思いつかなかったんだ」

 ソルはリアンの事情を把握している。ケセドの民から先日、「裏切り者」と謗られたことも。そのときもこのように、ずたぼろになって戻ってきたのだ。

 許せなかった。故郷を恋しく思うのは、魔物とて同じ。その故郷からこんな不当な扱いを受けるなど、ソルには理解できなかったし、ケセドの民に対し、憤怒を覚えた。

「ソル……」

 ソルの険しい雰囲気に凭れたままのリアンが不安げな眼差しで見上げる。

「お願い……責めないで」

 誰も悪くないんだから、とこの期に及んでリアンは語り、懇願する。

 けれどソルはそれでは腹の虫が収まらなかった。

「……勇者を試すには、いい機会だ」

 それだけ言うと、ソルはリアンを大樹にもたせかけ、広い方へ進んでいく。その拳にはダート故に魔力を持たず、魔力感知に疎いリアンですら目視できるほどの魔力が集まっていく。

「ソル、何を……」

 そこに不穏なものを感じ、止めるため動こうとするが、それまでの無理が祟ったのか、リアンは顔を歪めて力なく大樹に凭れた。

 リアンの制止を聞くことなく、ソルは子どもの頭くらいは裕に越えるだろう大きな拳を魔力ごと地面に叩きつける。セフィロート随一の大樹すら揺るがすほどの激震が一帯を襲う。近くのケセドは勿論、その隣のケテルまで届いたかもしれないと思えるほどの震動。ソルの怒りの体現のようであった。

 しかし、現象は震動だけでは済まなかった。

 震動の広がりと共に、ソルの拳に込められた魔力が辺り一帯の土に沁み渡り、その中からぽこりぽこり、次から次へと小さな土塊の人形(ひとかた)が生まれていく。小さいといっても、普通にリアンやリヴァルよりも大きい。

「……これがソルの、『激震』……」

 リアンが呟いた通り、これはソルの技の一つ『激震』である。詠唱が全くないため、魔法とは違うのだが、ソルは自身の土属性の魔力を地面の土に送り込むことで、地面の魔性を活性化させ、魔物である土の民を強制的に生み出させることができる。そのためには大量の土属性魔力が必要なのだが、土からできた巨人であるソルは純度の高い土属性魔力を持つ故、苦にもならないらしい。

 その上恐ろしいのが、そうして生み出された小さい土の民を、ソルはソルの意思に従わせることができるのだ。

 それにもう一つ、ソルには土の民ならではの才がある。

「行け、プティソル」

 ソルが指示を出すと、プティソルと呼ばれた小さい土の民たちが、地面の中にずずず、と潜り込んでいく。

 『土の友』──土を介した瞬間転移能力だ。土の民ならば、土のあるところ、どこへでも瞬時に移動できるのである。

「ソル、なんでそこまで……」

 リアンが悲しげにソルを見つめる。ソルはそれを振り返らずに答える。

「悪いだ、リアン。おら、リアンがそうやって傷つくの、黙って見てられねぇだ。

 ……それに、おらも魔王四天王の一角。勇者を試すくれぇはせにゃな」

 プティソルが送られたのは、自給自足の農耕地、ケセド。ケセドならば転移するのに弊害はない。

 リアンを傷つけたケセドの民に対する戒めと、勇者リヴァルの力量試しと称して、尖兵が送り込まれた。



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