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叶わぬ夢

 瞼の下から金色が現れる。狩人という割には目付きは普通だ。リヴァルの方が目付きは悪い、というのはリュゼが抱いた感想だ。

「ぁ……ジェルム……」

「メネス! 心配したんだからね! 全く、またやられっぱなし? 少しは仕返ししたらいいのに」

 起き上がったメネストレルは苦笑してジェルムに返す。

「仕返しなんて柄じゃないよやられるのはどうせ俺なんだし」

 まるで、別に自分などどうでも言っているようだった。

 メネストレルはそれから周囲を見回し、リヴァルとリュゼの姿を映す。首を傾げて、訊ねる。

「あなたたちは?」

「僕の仲間」

 ジェルムが勝手に威張るのをさておき、リュゼが覗き込んだ。

「私はリュゼ。一応、魔法使い」

「魔法使いか。いいな」

 呑気に見えるメネストレルの顔に憧れの色がよぎる。やはり、魔法使いに憧れがあるのだろう。

 リュゼはそれ以上追及しなかった。これが劣等を引き起こすようになったら悪いと思ったのだ。

 そこのところ、リヴァルは遠慮がない。

「俺はダートの使い手のリヴァル。お前、魔力少ないんだって?」

 リュゼが責めるような目を向けて、リヴァルを肘で小突く。だが、リヴァルは一向に気にする様子がない。

「ああ、ジェルムから聞いたのかな。そうだよ」

 メネストレルは全く気にした様子はなく、リヴァルの言葉を肯定する。

「俺には魔法を使うだけの魔力がない。まあ、属性矢を作るのが限界かな」

 あはは、とメネストレルは呑気に笑う。ジェルムはぷくっと頬を膨らませて不服そうだった。

 属性矢はリュゼが存分に見ていた。かなり属性矢としての出来がいい。魔力が少ない分、調整がしやすいのだろうと見ていた。

 リュゼの魔法使いとしての好奇心が芽生え、メネストレルに訊ねる。

「この属性矢はどうやって作っているの?」

「え? 普通に木の矢に魔力を込めているだけ」

「是非作っているところを見てみたい」

「いいよ。ただの木の矢を準備すればいい」

「本当?」

 リュゼは目を輝かせ、詠唱を開始する。

 握っているのは属性矢だ。属性がついている。ただの木の矢を手に入れたいなら、ただの木の矢だった属性矢から、属性をなくせばいい。……なかなかそういう発想になることは少ないが。

「風よ、その力をなくせ」

 風の属性矢から、するりと緑色の光が抜けていく。すると、リュゼの手の中に残るのはただの木の矢となる。

 メネストレルが面食らった顔をしていた。

「すごい、本物の魔法を使う人、初めて見た……」

「ちょっとー、メネス? 僕も魔法使いなんですけど?」

 確かに、ジェルムも魔法使いである。魔法が使えれば本物も偽物もないように思うが、メネストレルにとっては違ったらしい。

「俺の属性矢から属性抜ける人なんて初めて見た」

 と訂正する。

 確かに、属性矢から属性を抜く人物などそうはいないだろう。普通の木の矢にしているより、属性矢にしておいた方が威力があるのは確かだ。

 それでも人間が属性矢を使わなくなったのは、属性矢を作ること自体が難しいからである。リュゼやジェルムも作れるか怪しい。属性矢は元々少しの属性魔力を持つ物体である矢に魔力を込めるものだ。例えば、木の矢になら木属性が宿っている。

 つける属性によって、その物体との相性の良し悪しがある。例えば、木の矢に火属性の魔力を込めるとしよう。火は木を燃やしてしまう。すると、間違えたら、木の矢を火の魔力で燃やして台無しにしてしまうことだってあり得るのだ。

 このように、魔力の調整が上手くないと、属性矢にはならず、ただのごみくずと成り果てることまである。故に、属性矢を作るということは非常に難しく、繊細な魔力使いになるのだ。

 故に、ただの魔法使いでは作れないのだ。だからこそ、リュゼはそれを作るところが見たかった。

「ん、えっと、何属性見たい?」

「まずは風属性」

「あ、一つじゃないのね」

 それはそうだ。属性ごとで相性がある。その属性ごとで魔力の調整も違ってくる。

「なんか、ただ属性矢を作るだけなのにそんなにきらきらした目で見られるとことないから、こそばゆいな」

 少し照れながら笑うと、唐突に真顔になる。真剣な顔だ。

 それからふわりと魔力がメネストレルから溢れるのをリュゼは感じた。溢れる、といっても、メネストレルの魔力量は多くない。リュゼにはどんな感覚なのかわからないが、確かにジェルムの言う通り、透明な魔力が属性を帯びているようだ。

「んー、風はこんな感じかな」

「わー……」

 リュゼが見とれる。風の緑色の魔力が木の隙間を縫って入っていく。器用なものだ。木の筋に逆らわずに魔力を通すことで、木を生かしたまま、属性矢にすることができている。リュゼは魔力をここまで繊細に筋のように通すことはできない。

 それによく見ると、ただの風の魔力が通されているわけではない。風の魔力を覆うように木に馴染むように、木属性の魔力が纏われている。サージュに魔法を同時にいくつもの属性を使う方法は習った。だが、そう簡単なことではない。高度な技法である。それをかなりの小規模で行っているのだ。繊細も繊細。器用としか言い様がない。

 ただ、見たところ、メネストレルは無意識にやっているようだ。これは天性の才能としか言い様がない。

「出来上がり」

「すごい……」

 なるほど、これだけの技能があれば、周りが羨まないわけがない。

 属性矢は扱いも難しいが、まず作ること自体が難しいのだ。遥か昔、今の魔法が普及するまではセフィロートには属性矢作りの専門職人がいたくらいだ。

 世が世なら、メネストレルは職人として一躍名を馳せたことであるだろう。

「……まあ、俺の夢が叶うわけじゃないけどね」

 メネストレルが苦笑する。リュゼが夢中になって見ていた矢からあ、と声をこぼし、目を離した。

「吟遊詩人、だっけ」

「そ、俺の夢で、俺の名前。本当に俺がなりたかったもの」

 属性矢職人と吟遊詩人ではまるで違う。吟遊詩人は魔法使いの一種だ。魔法を使えるくらいの魔力量がなければならない。……ダート使いのリヴァルと同じくらいの魔力量。ダートの使い手はダートが使える代わり、魔法が使えないくらいの魔力しか持てない。そのリヴァルと同じ魔力量ということは、暗に魔法が使えないことを示している。

「でも、諦める理由にはならないよ!」

 ジェルムがメネストレルを励ますように言うが、そう簡単なことではない。

「メネストレルは何歳?」

「十六」

 子どもと呼ばれる年齢ならば、魔力が増える可能性はある。

 だが、セフィロートでは十五を過ぎると、大人とされ、魔力量の変動が少ない。メネストレルが真剣に吟遊詩人になることを考えていたなら、こういった魔法の常識は知っていることだろう。子どものうちに魔力量を増やす努力もしたにちがいないが……それで、この魔力量ならば、もう手の打ちようがない。

「……叶わない夢だっていうのはわかってるんだけどなぁ」

 メネストレルは頬を掻き、困ったように笑う。リュゼは悲しそうな顔をし、ジェルムは慰める言葉を失っている。

 ただ一人、リヴァルだけが、諦めていなかった。

「なあ、本当に諦めるのか?」

「だって、もうどうしようもないし……」

 この勇者さまは諦めが悪い。そして、常識に囚われない。

「どうにかできるやつに聞けばいいじゃん。幸い、俺たちはそいつに会う予定がある」

 リュゼがリヴァルの言う意味を察して顔を青くする。

 リヴァルは満面の笑顔で誘った。

「お前、俺たちの仲間になれよ」



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