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力なき者

 ジェルムの家の前で倒れた青年はその鈍色の長髪を揺らめかせていた。手には弓を持ち、矢筒を背中にかけていて、その中には何本かの矢。

 その矢を見て、リュゼが何かに気づいたらしく、近づいていく。負傷のひどいその青年は特に抵抗することもなく、リュゼは易々と矢を手にすることができた。

「これは……属性矢」

 属性矢とは矢に魔力を込めたものである。基本的には矢という小さいものに魔力を込めるので矢の属性は一本につき、一属性である。それが何本か矢筒には入っていた。リュゼが手にしたのは風の属性矢。属性矢としては最も一般的なものだ。

 風の他にも矢には様々な属性がかけられたものがある。弓矢を負っていることから、この倒れた青年が狩人であることが窺えるが、リュゼはおかしいと思った。

 森で食糧調達のために動物を狩る人物を人々は狩人と呼ぶ。狩人の武器にも様々あったりするが、弓矢が一般的だ。ただ、森にいるのは獣人のモデルになったただの動物たちだけではない。動物の一部を変化させ、魔力を持つ亜種動物という魔物もいるのだ。

 亜種動物も食肉になる。だが普通の弓矢では亜種動物を狩るのは困難だ。そこで狩人は属性矢という属性魔力を込めた矢を開発した。

 だが、近年は人間の間でも魔法というものが一般化している。それにつれて、属性矢の文化は廃れていった。魔法と併用して武器を使う方が亜種動物を狩るには手っ取り早かったのだ。

 そんなご時世に属性矢を使う狩人とは……とリュゼは倒れた青年を見る。……リュゼの見立てでは、この青年は魔力がかなり少ない。おそらく、リヴァルと同じくらい。ということは、魔法を使えないのだろうか。

 そんな憶測を立てていると、ジェルムがとてて、と近づいてきた。それから青年を抱き起こして、驚いた声を上げる。

「メネス! メネストレルじゃないか! なんだよ、またやられたのか?」

 どうやら知り合いらしい。それより気になる単語があった。

「やられた?」

 リュゼの見立てだと、何種類もの属性矢を使いこなすような狩人はそうそう魔物にはやられはしないと思うのだが。

 すると、ジェルムはその幼い顔立ちに渋面を浮かべた。

「この都市の外れには狩人の集落があるんだ。メネストレルはそこの出なんだけど、最近の狩人は属性矢なんて使わなくても魔力でやっつけるのは知ってるだろう? でも、メネスには魔力がないんだ」

 リュゼが頷く。

「ないというわけではないけれど、魔法を使うには足りないわね」

 それを聞いて、ジェルムが表情を更に苦くする。

「狩人の集落では、魔法を使って倒すのが一般的だ。でも、メネスは魔法を使えない。だから色んな属性矢を使いこなして魔物を狩っているんだけど。それがどうも気に食わないらしいんだよね。あの集落の人たち。それで、メネスを妬んで、馬鹿にして、差別するんだ。メネスはよくそれで怪我してうちに転がり込んできて、僕が治療するんだ」

 ジェルムがすぐに魔法を発動させる。

「大いなる水の力よ、この者に癒しと休息を」

 治癒魔法と疲労回復魔法の同時発動である。使いなれているのだろう。詠唱もスムーズで魔力の流れも危なげない。……メネストレルへの差別が習慣化しているのが明らかである。

 出発する予定であったが、負傷者を見つけたからには放ってはおけない。ジェルムの家に戻り、メネストレルを介抱した。

 メネストレルをベッドに寝かせると、ジェルムがふう、と息を吐く。

「全く、メネスは……いつもこんなになるまで呑気に構えてるから……」

 リヴァルがえ、と固まる。

「呑気なのか」

「呑気だよ。メネストレルっていう名前の通り、吟遊詩人が夢みたいでさ。それで集落では更にお笑い者さ」

 吟遊詩人というのは魔法使いの一種である。魔法を歌で歌い上げ、完成させる。一部では魔法の芸術家とも呼ばれている職業だ。

 だが、魔法使いの一種ということからわかる通り、吟遊詩人は魔法が使えないとなれない。魔法の使えないメネストレルが吟遊詩人になりたいと言えば、笑う者は多くいただろう。

「でも、狩人としての腕前はそこそこなんでしょう? じゃなきゃ、今時属性矢を使い分けるなんてできないわ」

 リュゼが指摘すると、そうなんだよ、とジェルムが頷く。

「そこが厄介なところでね。魔法が使えなくても、メネスの狩人としての腕前は一流だ。それが他の狩人からすると気に食わなかったんだよ」

「妬み嫉みね」

 リュゼが納得する中、リヴァルだけが疑問符まみれだ。

「狩人として一流ってことは、強いってことだろ? なんで差別されなきゃならねぇんだ」

 リュゼのときも思ったことである。無理もない。セフィロートというセカイは僅か十都市しかない、狭いようなところもあるが、広い。森を隔てた先の文化……いや、都市ごとの特徴がかなり違う。

 リヴァルのいたゲブラーでは力ある者であれば、魔力が少なかろうが、剣術に覚えがなかろうが、何か一つ、人より秀でたところがあれば、強者として受け入れていた。リヴァルは生粋のゲブラー育ちである。力こそが絶対のゲブラーであるが、力がないことを差別するという慣習はなかった。力は無力な者を守るためにという理念があったからだ。

 そんな理念の下で育ってきたリヴァルからすると、やはり何らかの力がある者に対する差別は違和感の拭えない行為だった。

 腑に落ちない表情をしているリヴァルを横目で見、ジェルムは布巾を絞ってメネストレルの頭にかける。呆れたような溜め息を吐いた。

「勇者さまはよっぽどの箱入りで育ったみたいだね」

「お前に言われたくない」

 過保護な親に育てられてきたジェルムも箱入りといえば箱入りなのだろうが、それでも現実を知っている。それがどれだけ残酷かも。

「セカイはそんなに甘くない、ということよ」

 リュゼが付け加える。リュゼはベッドに立てかけられた弓矢、特に属性矢を中心に見ていた。その完成度の高さに感心しているらしい。

 矢をひとしきり見た後は、まだ眠るメネストレルを見やる。

「彼は魔力は少ないけれど、相当稀少な属性持ちね」

「さすが、一味違う魔法使いさんの言うことは違うね。そうなんだよ」

 ジェルムは属性矢を一本手に取り、水よ、と詠唱する。

「万物に宿る属性を見透かせ。解析眼」

 ジェルムの目に魔力が集中する。これがジェルムが以前に言っていた解析魔法なのだろう。

 ジェルムは述べる。

「この属性矢は水属性。だから今僕の目には青く見える」

 青は水の属性色だ。次いで、ジェルムはリヴァル、リュゼを見る。

「勇者さまは赤、魔法使いさんは緑に見える。だけどメネスは……」

 ジェルムはメネストレルの方を向き、衝撃的な言葉を放つ。

「解析魔法を使っていないときと同じ。つまりメネスの魔力は透明、色がないんだ」

 リヴァルがきょとんとする。

「つまり……どういうことだ?」

 リヴァルは座学が苦手である、というのを再認識しながら、リュゼは端的に答えた。

「無属性ということ。属性を持たないの」

「そんなことってあり得るのか?」

「あり得ているでしょう、今、目の前で」

 リヴァルは魔力探知能力が低いのでさっぱりなのだが。

 リュゼは淡々と続ける。

「物にも大体属性というものがあるの。木造の家なら木属性、噴水の周囲は水属性になったり、煉瓦なんかは土属性、といった感じに」

「俺の剣は?」

「剣は大抵、土属性か引力属性よ。リヴァルの場合は炎のダートを纏わせることが多いから土と火が混ざった亜種属性という可能性もあるわね」

 空気にすら属性があるのだ。何に属性があっても不思議ではない。

「そんな中、かなり稀少とされるのが、どの属性でもない無属性」

「どの属性でもないけれど、どんな属性にも変われるっていう側面があるんだ」

 メネストレルはそんな属性を持っているため、属性矢くらいなら、自分でぽんぽん作ってしまう。なるほど、恐ろしい属性である。

 そんな講義を受けているうち、うう、とメネストレルが動いた。

 うっすらとその金色の瞳が開いた。



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