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基礎を成す都市

 がきん、がきんとリヴァルの双つの剣とミルの木の杖が鍔迫り合う。あり得ない光景だ。木の杖はリヴァルの炎のダートも受け付けない。木は火に弱いはずなのに。

「……ここで戦うのはまずい」

 黙っていたジェルムが口を開く。リュゼが不思議がってジェルムを見る。

 ジェルムは語った。

「僕の使う魔法には魔力解析魔法がある。知識の水を調べるためにね。この解析魔法は魔力探知より詳細に魔力を見られる。

 魔力の属性に色があるっていう話はもちろん魔法使いなら知ってるよね? 僕の目には今、この辺りが魔力の属性色に見えるんだ」

 順を追って説明してくれたため、わかりやすい。

 ただ、説明には続きがあった。

「セフィロートはね、その土地ごとに根づく魔力っていうのがあるんだ。ビナーなら水と木って感じにね。

 ……このイェソドは木属性魔力に満ちている。あのミルってやつの得意属性は木属性だ。魔法使いも高位になると、周囲の魔力も使えるようになるんだ。ミルはたぶん、そこそこ高位の魔法使いだね。だから、この木属性の土地とは相性がいい。

 それに、ここには土属性の魔力も漂っている。イェソドは森を領土の一部に持つ森林都市だ。ここで森の守護者にして魔王四天王の一角、アミドソルになんて来られてみろ。僕たちじゃ到底敵わない」

 案外とあっさり認めるものだな、とリュゼは冷静なジェルムの分析に感心したが、よく見るとジェルムは唇を噛み、拳を握りしめ、その小さい体全体で悔しさというものを表している。大賢者だのとほざいておきながら、撤退せざるを得ない現状はプライドの高そうなジェルムには悔しくて仕方がないことだろう。

 だが、土属性の魔力があることもそうだが、この森林都市は森林を生かすために地面が全て土になっている。魔王四天王「土」の一角アミドソルは土塊の巨人で、土魔法を使った補助魔法を使うことで強力な身体強化をする。魔法を使わなくても、その身体能力は高いと言われている。問題はそこではない。そんなに強いアミドソルの魔法の中には「土の友」と呼ばれる転移魔法があることは誰もが耳にしたことがある。それは地面が土であるならば、どこにでも転移できる土の民特有の魔法だという。それを使い、強力な戦士アミドソルが現れでもしたら、ミルだけでもてこずっているというのに、目も当てられない惨状になることは請け合いだ。

「リヴァル、撤退」

「ちっ……俺が今たお」

 す、とリヴァルが言い切る前にリュゼはリヴァルの襟を引っ張り、詠唱した。

「風よ、木の葉をその主の下へ」

 ずざざ、と木の葉の刃の動きが変わる。ミルは木、土、風の三属性を使っている。リュゼは()()()でなら勝てる。

 木の葉の刃は瞬く間に標的をミルに変える。もしかしたら、ミルには木の葉は刃とならないのかもしれない。だが、一瞬の目眩ましくらいならできる。

 リュゼはリヴァルの襟首を捕まえたまま、ジェルムの手を握り、素早く詠唱した。

「風よ、知識の土地へと我らを送れ」

 それは風属性の転移魔法であった。三人を中心に竜巻が起こり、それが晴れると、景色はビナーの知識の泉の前に戻っていた。

 知識の泉の前では、うさぎ獣人の女の子が待っていた。辺りはもう暗くなってきている。

 三人の姿を認めた途端、女の子はぱぁっと顔を明るくする。

「おにいちゃん、おねえちゃん、ジェルム、やっとかえってきた!」

「なんで僕だけ呼び捨てなの?」

 不満そうなジェルムをリヴァルが小突く。

「そんなことよりお前、何か言うことないわけ?」

「う……」

 ジェルムが気まずそうに顔を歪め、それからリヴァルとリュゼを見て、頭を下げた。

「……ごめんなさい」

 すると、うさぎの子が回り込んできて、ジェルムの頭をぽんぽんと撫でる。

「しんぱいしたんだからねー。おにいちゃんとおねえちゃんがつよいひとでよかったよ」

 そのうさぎの子の言い様に、ぷう、とジェルムが頬を膨らませる。

「僕が弱いっていうの?」

「?」

 うさぎの子はぴこ、と耳を傾げさせる。

「おにいちゃんとおねえちゃんは、コクマでサージュとたたかってるんだよ?」

 それを聞き、ジェルムがあんぐり口を開けて固まる。

 いくら傲岸不遜なジェルムでも、本物の賢者であるサージュ・ド・ヴァンのことは知っていたらしい。

 サージュの名を聞き、それからジェルムはリヴァルとリュゼを見比べた。それから愕然とした顔で項垂れて言う。

「……ごめんなさい」

 さすがに本物のサージュと戦った人物を嘲るような真似をしたことを反省したのだろう。

 うさぎの子がぷんすかという。

「それにリュゼおねえちゃんはサージュの弟子なんだから!」

「はいぃっ?」

 まあ、そうなるだろう。

 そんなことを言ったら、リヴァルも魔王四天王の一人、シュバリエの弟子である。

「だったら話を是非是非聞かせてほしい」

 ジェルムがリュゼの手を取る。あまり手を取られることのないリュゼが「え、ええ」とぎこちなく頷き、ジェルムが目を輝かせている。

 そこにうさぎの子が突っ込む。

「そのまえにきょうのおやど」

「あっ、日が暮れてるからな……どうしようか」

「そうなるとおもって、かおつなぎしといたよ」

 胸を張るうさぎの子。隅に置けない。

 こっちだよー、と案内を始める。ついてくるジェルムが、やがて目を見開いた。

「ここだよー」

「っていうかここ僕ん家じゃん!」

 ジェルムの家だという場所は二階建て。白い塗り壁の家だ。

 顔繋ぎをした、ということは、ジェルム以外にも誰か住んでいるのだろうか。

「お邪魔しまーす……」

「あら、いらっしゃい。おかえりなさい、ジェルム」

 恰幅のいい女性が出てきた。ジェルムの母親だろうか。ジェルムが気まずそうにしている。

「た、ただいま、母さん……」

 すると、ジェルムの母はジェルムに抱きつく。

「ジェルム大丈夫だった? うさちゃんが森に行ったっていうから心配したのよ? 魔物に遭わなかった? 怪我はしなかった? ジェルムの可愛い可愛いお顔に傷がなんて考えただけでお母さん倒れそう」

 うわあ、とリヴァルとリュゼは思った。親より厳しい師匠に育てられてきたリヴァルと差別のため親にすら疎まれてきたリュゼからすると、このジェルムの母の有り様は言っては悪いが引いてしまう。ジェルムはうさぎの子に聞いたところによると十五歳。リヴァルやリュゼより年上で、人間が大体親離れする時期だ。そうして大人になっていく時期に、こうも甘やかされているとなると……ジェルムの困り顔からも状況が察せられる。

 ジェルムが大賢者になるだの、知識の泉について解明するだのと大きなことを言うのは、ひとえにこの子ども扱いから脱却したいのだろう。もしかしたら、母以外もジェルムを子ども扱いしているのかもしれない。

 恰幅がよく、力もそこそこにあるらしい母の抱きしめ攻撃から脱したジェルムは、びしりという。指差した先には、リヴァルとリュゼ。

「僕、この人たちと一緒に旅に出るから!」

 突然の宣言にリヴァルたちも目を丸くせざるを得なかった。

「ええええええええええっ!?」

 数人の驚愕の声が重なった。



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