志高く
立つと、その人物は十二歳のリヴァルより背が低かった。水色のローブを纏っていて、髪は金、目は水色。手にしている棍はリュゼの見立てでは武器、といった感じだ。
「やあ、宿屋の子。そっちの二人は?」
ただ、見た目で人を判断してはいけないのは、先刻二人が体験したばかりである。二十歳越えのうさぎ獣人の子と畏まらない関係ということは、同じくらいの年齢なのだろうか。
そんな二人の推測はさておき、女の子はジェルムというらしい人物に二人を紹介する。何故か得意げに。
「この二人はね、勇者さまとそのお供の魔法使いさんなの!」
魔法使い、という単語に、ジェルムの眉がぴくりと反応するのが気になったが、二人はまず名乗ることにした。
「俺は炎のダートを使う。名前はリヴァルだ」
年上かもしれない可能性もある中、敬語を使わないのは、リヴァルの持った気質だ。堅苦しいのは苦手である。
一方、リュゼは、フードを目深に被り、顔を見せないようにして、ぼそぼそと名乗った。
「私は、リュゼと言います」
リュゼは一応敬語だ。獣人の女の子には今更敬語を使う気も起きないが、初対面の相手は緊張する。ケテルにいた時代、差別を受けていたリュゼは、他者との交流を完全に絶っていたため、ぎこちなくなるのは仕方のないことと言えよう。
一方ジェルムは、リュゼをじい、と見ていた。フードで隠された顔を覗き込もうとしているのに気づき、リュゼは更にフードを引っ張る。
そこでジェルムはふむ、と息を吐いた。どこか偉そうに。
「魔法使いでフードを目深に被るのはありがちな行動で、色々と理由が並べ立てられているけど、本当に腕に自信のある魔法使いならそんな必要はないね」
初対面相手にジェルムは物怖じせずに言い切った。リュゼはびくともしない。こういう罵倒に近い発言は受け慣れている。リュゼは自分をまだ完璧な魔法使いだとは思っていないし、甘く見られるのも仕方のないことだと思っている。勇者の仲間であるからには、それなりの実力を身につけないと、とは思っているが、目指す魔法使いの頂点というものがどれだけ遠い道のりかというのは、先日、身をもって体感したばかりだ。
故に、リュゼは基本からやっている。強い魔力を持つなら、適合属性の特徴を隠す、という基本。基本ができていて、それから魔法使いの頂点、賢者への道が切り開けるというものだ。その賢者のサージュですら、魔法使いとしての基本を守り、普段は得意属性を隠すためにローブを着ている。
リュゼの見解では、ジェルムはおそらく魔法使いなのだろう、と思っていた。そして、彼か彼女か見た目では計りづらい童顔の彼は自分の魔法にかなりの自信を持っているのだろう。だからこその先程の不遜とも言える発言が出てくるのだ。
リュゼは見下されることには慣れている。何せ日常茶飯事だったのだから。だが、この場にはリュゼのような人物ばかりがいるわけではないのである。
リヴァルが、若干殺気が入っているのではないかというほど、物凄い眼光でジェルムを睨み付けていた。
「俺が自分で仲間に選んだやつを見下すような発言、聞き捨てならないな」
場に不穏な空気が流れるが、ジェルムはそんな空気も読まずに発言する。
「そんな素人の魔法使いを仲間に選ぶだなんて、勇者さまも見る目がないね」
「なんだと?」
リヴァルと二年一緒にいてわかったことだが、リヴァルはかなり喧嘩っ早い。そして安い挑発に簡単に引っ掛かる。
「まだ初対面でほとんど何も知らないくせに、随分と知った口を聞くもんだな? それなら、腕に相当自信があると見ていいんだな?」
「当たり前だよ。なんてったってボクはこの知識の泉の謎解明で最も成果を出しているくらいの大魔法使いなんだからね。そのうち大賢者になること間違いなしだ」
知識の泉は、確かに魔法の世界においては最大の神秘とされている。その謎を解き明かしているというのなら、そこそこに魔法の知識はあるのだろう。
だが、大賢者になる、というのは言い過ぎだとリヴァルもリュゼも思った。魔法使いにとって、賢者より上の称号が大賢者なのだとしたら、先日二人が対峙したサージュ・ド・ヴァンはもう大賢者と称されてもおかしくない。
「サージュの上を行く実力者ってか? 寝言は寝てから言うんだな」
「じゃあ、君たちを眠らせてあげるよ」
そう言って、杖を構えるジェルム。その詠唱が始まる。
「水よ、彼の者たちを眠りに──」
「土よ、我らを害するものを弾け」
ジェルムの行動を予測したリュゼが魔法を完成させる方が早かった。
リュゼが発動させたのは状態異常を防ぐための土魔法。ジェルムが魔力をそこそこ持っているのはわかった。身体的特徴として、目の色に青が表れているので明らかだ。青の特徴を持つ者は、水魔法を使う場合が多い。となれば、水魔法に最も有効な土魔法を使うのは、至極真っ当なことである。
土魔法は能力低下魔法に対する耐性の強い魔法が豊富だ。相手が使う魔法がわかっていれば、対処はたやすい。手早く発動させる魔法を決め、詠唱するのはたやすいことだ。
それに、魔法は詠唱の速さが物を言う。
ジェルムの放った水魔法は、呆気なくリュゼの魔法によって無力化された。
力量差は圧倒的だ。当然だろう。リュゼの魔法の師は本物の賢者であり、魔王四天王の一角を担うセカイ最高峰の魔法使い、サージュであるのだから。
まあ、一言で言うと、瞬殺されてしまったジェルムはよほど魔法に自信があったらしく、あんぐりと口を開けている。
リュゼは何も言わない。特に自分の技術を誇ることはなかった。何故ならリュゼは、師匠にはまだまだ到底及ばないことを知っている。
ただ、その師匠が魔王四天王であっただけだ。
そう考えて控えめなリュゼに対し、黙っていられないやつがいた。
「これが大賢者を目指すとはお笑いものだな。賢者の足元にすら届いてねぇじゃんか」
「リヴァル」
リュゼが小さく非難するも、リヴァルは罵倒をやめない。
「本物の賢者とも渡り合えないんじゃねぇか?」
すると、ジェルムが固めていた握り拳を震わせて言う。
「……そうやって、ボクを馬鹿にして……!」
上げた顔は涙でぼろぼろだった。
「ボクだって、ビナーを守れるように頑張っているのに!! みんなみんなボクを馬鹿にして、大嫌い!!」
迸る激情にさすがにリヴァルは驚いたようで、言葉を探すが、リヴァルが謝る間もなく、ジェルムはどこかへ走っていった。
うさぎ獣人の女の子が溜め息のように言う。
「あーあ、ジェルムいっちゃった。ないてるよ、たぶん」
そこに乗せるようにリュゼがリヴァルに睨みを利かせる。
「リヴァルが無神経なこと言うから……」
「俺が悪いのかよ」
じと、と女性陣二人から目を向けられ、たじろぐリヴァル。
そこに止めを刺すのは獣人の女の子だった。
「ひとってね、せいろんいわれるとなにもいえなくなって、やりばがなくなるんだよ?」
それはリヴァルにも心当たりがあったため、胸が痛くなる。ゲブラーにいた頃、歯に衣着せぬ物言いでリアンがへこんだこともあったし、師匠にぼっこぼこにされたこともある。やんちゃ坊主なリヴァルは立派な前科持ちであった。
「追いかけた方がいいかしら?」
リュゼが、同じ魔法使いとして見ていられなかったのだろう、ジェルムを心配する。獣人の女の子は少し悩む気配を見せた。
「ジェルムはせんさいだからね。こういうときはそっとしておくのがいいって、おかーさんもいってた」
「それもそうね」
傷心のときに変に気を遣われても逆に傷が深くなるだけなのだ。リュゼは身をもって知っている。
サージュ以外の魔法使いと話すのは初めてだったので、互いに魔法談義でもしてみたかったのだが……今の様子では無理だろう。
「大賢者ね……」
リュゼが呟くと、リヴァルが首を傾げる。
「やっぱり魔法使いにとって、その称号って大事なのか?」
「リヴァルみたいなダート使いが勇者って呼ばれるのと同じくらいの誉」
賢者でさえ魔法使いの目標なのだ。まあ、魔王四天王のサージュは大賢者と呼んでもいいくらいの実力とは思うが。
うさぎ獣人が言う。
「ジェルムはみためがげんいんであなどられることがおおいから、まほーをいっぱいいっぱいれんしゅうしてるんだよ」
確かに、ジェルムは見た目が幼い感じがした。言動も幼い感じがしたが、言わぬが華。察しておこう。
相当魔法に自信があったようだから、相当魔法の訓練をしているのであろうことは想像がついた。
リュゼにはわかる。ジェルムが発動させようとしていたのは睡眠魔法だ。相手を眠らせる魔法。それは水属性特有の魔法で水魔法をある程度まで極めないと扱えない魔法だ。リュゼがそれを弾くタイプの魔法を使ったのは、そのままでは眠らされるほどの精度を誇っていると確信したからだ。
睡眠魔法は精度が高ければ高いほど、睡眠効果が強くかかる。例えば、どんなに激しい攻撃を食らっても目覚めない、ということだってあるのだ。それをコントロールできるということは、相当な水魔法使いであることを示している。
「まあ、戻ってきたら、謝りましょう」
リュゼがそう提案すると、リヴァルは素直にこくりと頷いた。さすがに自分が悪いと思ったのだろう。
うさぎ獣人の案内でビナーの宿屋を探そうということになったのだが、そこでふと、リュゼが疑問に気づく。
「そういえば、ジェルムはどこに行ったのかしら?」
すると、ジェルムと友達という女の子はすぐに思い当たったらしく、こう答えた。
「森じゃないかな」
森、と聞いてリュゼから血の気が引いていく。リヴァルが怪訝そうに見る。
セフィロートで森といえば、一ヶ所しかない。フロンティエール大森林だ。しかし、あの森は……
「フロンティエール大森林といえば、セフィロート唯一にして随一の森。別名、迷いの森とも呼ばれ……魔物の住処として有名」
そこまで語れば、リヴァルにもわかった。
「ジェルムを探しに行こう」




