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勇者、決断の時

「ま、魔王四天王……」

 民の誰かが呟くのが聞こえた。

「魔王四天王のサージュだって!? あの魔法と栄誉の都市ホドを大量のプティ族で陥落したっていう……」

「俺は封印魔法を使って魔法を使えなくしたって聞いたぞ」

「そんな、フロンティエール大森林のおかげで魔王軍が来ないと思っていたのに」

「もう、終わりだ……」

 数々上がる悲壮の声に、リヴァルは剣を握りしめた手を震わせた。

 魔王四天王のサージュ・ド・ヴァン。リュゼの師の裏切り。まるで、二年前のシュバリエ・ド・フラムを彷彿とさせた。

 リヴァルはある決断をし、ぐ、と双剣を構え直し、俯く。

 リヴァルが醸し出すただならぬ雰囲気に、誰もが息を飲み、指先一つ動かせずにいた。リヴァルの仲間であるリュゼさえも、こめかみから冷や汗を垂らしていた。

 嵐の前の静けさだ、と誰もが思った。ただ一人、リヴァルの眼前のヴァンだけが涼しい顔をしている。

 そんな中、リヴァルがぽつりと呟いた。

「……ここを、ゲブラーのようにはさせない」

「ほう」

 リヴァルの静かながらに確かに燃え上がる闘志に魔王四天王は揺らぐこともなく、余裕を見せていた。

「裏切った、お前なんか」

 ぶわりとリヴァルの周辺の地面から炎が吹き上がる。何人かが驚いて退いた。

 だがやはり、まだヴァンには余裕の表情が浮かんでいた。

「ここで、粉微塵にしてやる!!」

 その宣告をした途端、地面を突き破って、火柱が立つ。大量のプティ族たちが炎に飲まれて死んだ。

 それを意に介した様子もなく、ヴァン──魔王四天王サージュは笑みを湛えている。小さく詠唱を唱え、リヴァルが出した火柱を媒介に、プティフラムマージを作り出す。プティフラムマージは火魔法を使うため、火に対する耐性が強い。炎を扱うリヴァルへの対策としては万全だ。

「風よ」

 そこへ割って入るのはリュゼだった。

 師に裏切られたところで、彼女のやることは変わらない。──リヴァルの力になる。何故なら彼の仲間なのだから。

 風は火を助ける。リュゼはリヴァルの相棒にはうってつけなのだ。

 それに、プティフラムマージ対策だってある。

「彼の者の炎を膨らめよ!」

 風は火を助ける。つまり、火を強めることができる。プティフラムマージに風魔法を侵入させ、プティフラムマージの持つ火の魔力を増大させ、許容量を越えさせる。そうして自爆させるのが、リュゼの目的だった。功を奏し、何体かのプティフラムマージは爆発四散する。

 が。

「なっ」

 サージュに近い位置にいるプティフラムマージは全く効果を受けない。それどころか、リュゼの作戦を逆に利用し、風魔法で強化のかかった火魔法を炸裂させる。

 やむなく被弾するリュゼや、他の民たち。中空からそれを眺めるサージュがリュゼを見て微笑む。

「なるほど、作戦は妥当です。ですが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 サージュの言にはっとするリュゼ。

 リュゼに魔法の指導をしたのはサージュだ。サージュが正体を現したときは何故わざわざ敵である自分を強くしようとしたのか疑問に思ったが、()()()()()()()()だったのだ。

 手の内を知っておけば、いくらリュゼが強い魔法使いに育とうとも、対策を立てることができる。その上、自分が指導することにより、リュゼの癖を知ったり、戦略の幅を意図的に縮ませたりすることが可能になる。

 リュゼの名は狡猾を意味するが、サージュこそその名に相応しい。

「……何か勘違いをしているようですね」

 サージュがリュゼを見て首を傾げる。

「私が貴女の手の内を知るために貴女の師を務めた。貴女はそう思っているようですが、私を舐めてもらっては困りますよ? 仮にも魔法使いとして最強の称号『賢者(サージュ)』の名を戴いているのですから。手の内なんて知らなくても、即応できなければ、賢者なんて務まりませんよ。

 さて、この知恵の叡智、魔法を司る都市コクマにに住まう皆さま、魔法使いを志し、最強の証『賢者』の称号を戴きたいならよくお聞きください。魔法を習得し、魔法を極めれば賢者になれるというわけではないのですよ」

「御託はいい!」

 リヴァルが斬り込む。だが、手応えはない。

「シュバリエの言っていた通りですね」

 後背に視線を走らせる。いつの間にかサージュはリヴァルの背後を取っていた。

「君は直情的で動きが読みやすい」

 リヴァルは何か仕掛けてくるかと警戒したが、サージュは絶好の機会というのに攻撃する様子を見せない。肩を竦めて続ける。

「まだまだですね、勇者さま。体術に疎い私に後ろを取られるようでは、シュバリエには到底敵いませんよ?」

「五月蝿い!」

 シュバリエの名を出されたことで怒りに火が点いたのか、リヴァルの周りを炎が覆う。魔法使いたちはリヴァルの動きが読めず、手出しできないでおり、周囲のプティ族たちを相手にしている。

 サージュはリヴァルの純粋な感情の発露にくつくつと笑う。

「図星を指されて怒る辺りはシュバリエにそっくりですね。さすがは師弟」

「五月蝿い五月蝿い五月蝿い」

 シュバリエの名がいちいちリヴァルの神経を逆撫でする。言っているサージュはそれを楽しんでいるように見えた。

 炎が自分のローブを焦がそうと迫ってきたところで、サージュは不意に真顔になる。

「風よ」

 変わらず、詠唱は短く、たったそれだけ。

 普通に考えれば、風は火を煽るもの。火に対して風を吹かせるのは、火を助長する効果しかない。リュゼに滔々と火と風の相性について語っていた割に、そんなことも忘れたのか、とリヴァルは思ったが、違った。

 リヴァルも、リュゼも、他の者も、予想だにしないものを目にした。

 サージュに害を与えんとしていたリヴァルの炎が、一瞬にして消えたのだ。サージュが発動したのは水魔法ではなく、風魔法なのに。

「昔の人はこう言ったそうです」

 呆気に取られるリヴァルたちをよそに、サージュが呑気に語り出す。

 まるで、知識を教えるように。

「風のないところに火は立たない、とかなんとか。風は火を煽りますが、はて、風がなければ、火はどうなりますかね?」

 リュゼがすぐに理解したようだった。サージュが先程「風よ」と唱えて何をしたかを。

 信じられないというように目を見開いてリュゼは呟いた。

「風を消した」

「ご名答。

 さっきの詠唱、省略しなければこうなる。

『風よ、消え去れ』」

 あまり使われない魔法である。取消魔法というのは。主に魔法の効力を取り消すことに使われるが、まさかそれを風魔法に応用し、火の起こっている場所の風を消すとは。

 煽る風がなければ、火は広がらない。厳密に言うと、風の運ぶ空気がなければ、火は起こらず、消える。その原理をサージュは利用したのだ。

 いくらダートといえど、自然の摂理には逆らえない。リヴァルの炎のダートは賢者の魔法という叡智によって、呆気なく突破されてしまったのだ。

 サージュは緑の目を妖しく輝かせて言う。

「今の貴方では、本気の私に傷一つつけることなどできない」

 その言葉の通り、リヴァルはフードを切った一太刀以外をサージュに当てていなかった。いや、あの一太刀すらもサージュは器用に避けて、わざと姿を現したように思える。リヴァルがシュバリエの裏切りに絶望したように、リュゼを裏切り、その心をへし折るために。

 リヴァルはそれに怒りを覚え、炎を出し、サージュに当てようとする。だが、サージュは「風よ」と唱えた。また打ち消すつもりなのだろうが、数を打てば当たる。リヴァルはそう思っていた。魔法は詠唱が必要な分、詠唱の必要がないダートと違って発動に時間が必要だ。そこを突いたリヴァルの作戦だったが。

「全く、魔王四天王も、四天王同士で鎬を削り合っているのですよ?」

 それを聞き、リュゼが瞬時に察する。サージュが今しようとしているのは、取消魔法ではない。

 風は火を増幅させる。魔王四天王にはサージュの風の他に、火の一角を担うシュバリエがいる。シュバリエは剣士だが、火魔法を使う。先程、サージュは魔王四天王同士で鎬を削り合っていると言った。つまり、サージュは火魔法を使うシュバリエの対策だってしているのだ。それを炎を扱うリヴァルのダートに流用できないわけがない。

 これもサージュがリュゼに教えた戦術の一つだ。相手が火魔法を放ってきた場合の風魔法での対処法。それは、

 リヴァルの炎が、サージュの手前で見えない壁に弾かれる。風魔法の結界だ。風魔法の結界は、風魔法を炎に付与して、そのままリヴァルの方へと跳ね返ってくる。

 リュゼの脳裏にサージュから教わった一言が蘇る。

「火魔法を強化するのが風魔法なら、それを逆に利用してやればいいのです。完全反射系の風魔法の結界を作り、風魔法の付与がついた状態で強力になった火魔法を相手に弾き返してやればいい。これは相手の火魔法が強ければ強いほど効果的になります」

 リヴァルは魔法に疎い。故に跳ね返ってきた炎を避けてさえしまえばどうにかなると思っているのだろう。

 だが、よく考えてもみてほしい。強いダートの炎に、最強の魔法使いと称される賢者の風魔法の強化がかかったとしたら。それはただの炎で済むのか。

 それは、リュゼが予期した通り、より強力な炎の竜となって、リヴァルに襲いかかってくる。予想していなかったのだろうリヴァルは咄嗟に反応できず、固まる。

 そこに割って入れたのは、先を見通せていたリュゼのみだった。リュゼはまだ取消魔法を習得していない。故に、竜の顎をその身に受け、倒れた。

「リュゼ!?」

 倒れたリュゼは見るまでもなく、重傷を負っていた。瞬時にリヴァルの頭からはサージュの存在など飛び、リュゼの治療をできる魔法使いがいないか呼び掛けた。

 その隙にサージュは逃げてしまったが、今はそれよりリュゼだった。

 仲間を傷つけさせてしまった。自分の力がないばっかりに。リヴァルは魔法が使えないほど魔力が少ないため、リュゼを治療することもできない。幸い、周囲にいたコクマの民が回復魔法を施してくれたが。

 また、自分の力の及ばないところが一つ、発覚した。

 リヴァルが使えない魔法を補うために、魔法使いとしてリュゼを仲間にした。だが、そのリュゼが倒れてしまうと、自分にはリュゼを回復する手段がない。

 プティ族でも、トレットマンという回復役の魔物がいる。

 リヴァルは悟った。まだ、仲間が必要であるということを。

 回復役に回れる人物が必要であるということを。

 そこでリヴァルは決意する。

 それを探すために、自分も動き出さなければならない、と。

 魔王四天王はフロンティエール大森林を越えることができるのはわかった。森を越えてこちらに侵略の手がいつ伸びるか、わかったもんじゃない。

 新たな仲間を、探さなければ。



事前に発動させた魔法を取り消す。

これが本当の詠唱破棄。

ファンタジーやるなら覚えておこう。

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