賢者の襲来
それからというもの、プティサージュたちはコクマに侵攻してきた。
広大なフロンティエール大森林を挟んだこちら側には、なかなか魔王軍も侵略しかねている様子だが、大量のプティ族の襲来が意味するところを、リヴァルはなんとなく察した。
リヴァルはケセドでもケテルでも目立つ行動をしていた。魔物を退治するために森に立ち入ったりもした。フロンティエール大森林は魔物の巣窟であり、魔王四天王が一角、アミドソルが住まう地だ。リヴァルの動向が魔王軍に流れていても不思議ではない。二年も同じ都市にいれば、ばれない方がおかしい。
元々、リヴァルは逃げも隠れもする気はなかった。向かってくる敵は片っ端から薙ぎ倒す。それが勇者としての使命であると考えていた。
プティサージュが、仲間のプティマージなどを回復する。回復魔法が繰り出されることによって、プティ族との戦いは混戦を極めていた。だが、所詮は魔物内でも弱小種族のプティ族。そう簡単にやられてはいけない。
リヴァルはリュゼとの連携で、難なく敵を倒していった。
リュゼも、基礎の習得には苦労したものの、大きな魔法になればなるほどその本領が発揮されていく。基礎を習得するのに一年もかかったが、そこから先の魔法習得は中から高威力の魔法となれば、魔力量の多いリュゼはお手のもので、非常に頼もしい戦力となってくれた。
いつしかヴァンも、「あとは実戦で創意工夫をしてください」とリュゼの教鞭を取るのをやめ、姿を見せなくなっていた。
そんなリュゼとリヴァルは本日の襲撃を撃退した後、知恵の実図書館で顔を突き合わせ、深刻な表情で話し合っていた。
「最近の魔物の出現率について、リュゼはどう思う?」
「他の四都市は平穏だと聞く。ということは、明らかに勇者であるリヴァルを狙っての攻撃だと私は見てる」
「やっぱりそうか……」
ダートを持つ者は代々、セカイの危機を救ってきたという。今セカイに危機をもたらしているのは、ノワール率いる魔物の魔王軍である。ダートは詠唱なしでものを操るため、魔法より利便性が高いし、何よりこれまでダートによってセカイが救われなかった例などないのである。魔王軍が警戒するのももっともだ。
ということは、このコクマへの襲撃に次ぐ襲撃はリヴァルへの警戒と見て間違いないだろう。
だとしたら、これ以上コクマに迷惑をかけるのはよくない。プティマージならまだしも、プティサージュまで出てくるのだ。プティ族とはいえ、侮れない。
毎日、図書館通いの魔法使いたちがてんやわんやしているのを見て、リヴァルは申し訳なく思っていた。
魔物を殲滅できたなら、こういうこともなくなるだろう。
リヴァルは再度誓う。勇者としての使命を果たさなくては。
そんな朝、今日もうさぎの宿屋で朝食を摂り、いつものように知恵の実図書館に向かおうとした。
そのとき、
「きゃああああっ」
「うわあ、なんだあのプティマージ、いや、プティ族じゃない!」
そんな声が街中から聞こえてくる。
リヴァルとリュゼは慌てて、声の方に向かう。すると、半壊した建物が多数。瓦礫がそこら中に積まれ、風が砂塵を巻き上げる。
その中央にふよふよと浮かぶローブ。いや、ローブだけではない。誰かが言った通り、これはローブが本体のプティマージではない。ローブから手も足も出ているのが見られるし、フードで半分が見えないが、顔がある。口と鼻。プティ族の魔法を扱うプティマージ、プティトレットマン、プティサージュはローブが本体で人間のような体を持たない。魔力で自らの形を形成している魔物だ。しかし、この未曾有の災害をもたらしたローブ姿の人物は、確かに人の形をしていた。
つまり、プティ族程度ではない。
人々の悲鳴に紛れて声は聞こえないが、深緑色のローブを纏った人物の唇はこう動いた。
「風よ」
それだけで、ごう、と竜巻が発生し、周囲の建物を飲み込んでいく。
リュゼのように魔法の修業を積んだわけではないから詳しいことを知らないリヴァルではあるが、敵がどれだけの強者かというのは計れた。セフィロートにおける常識、魔法は詠唱なしには発動できない。魔法とは魔力に言葉で形を与えることによって放つもの。形を与える言葉は多い方がよい。だが、今、あのローブの人物は「風よ」と属性に呼び掛けただけで竜巻を発生させた。
リュゼがリヴァルの傍らに浮いて呟く。
「あの人、ただ者じゃない」
「だろうな。俺にすらわかる」
ダートの使い手は、ダートという特殊能力を持つ代わり、魔力保有量が少ない。魔力保有量は多ければ多いほど、他人の魔力を探知しやすくなる。だが、リヴァルはその少ない魔力保有量で、ローブの魔法使いの魔力の膨大さを感じ取った。つまり、魔力がさしてなくても感じ取れるほど膨大な魔力を持っている。しかも、その膨大な魔力を飼い慣らし、セフィロートで最短の詠唱で魔法を使いこなす。
「……魔王軍か!」
リヴァルの口調に憎しみが滲む。そう、それ以外にあの魔力量はあり得ない。人間は生命の神によって、元々魔力保有量が少ないように作られている。リュゼのような例外もいるが、リュゼの魔力でさえ、リヴァルは感じ取れない。にも拘らず、リヴァルが魔力を感じ取れるとしたら、闇の女神が作った、元々の魔力を保有できる器を大きくした魔物でなければならない。
そんな魔物でも、プティ族程度の小物では、リヴァルは魔力を感知できない。ということは、ローブの人物は魔王軍でもかなり力のある人物だ。
「リュゼ」
「大丈夫、私も行く」
リュゼは宙に浮きながら、リヴァルに言った。
「仲間でしょ?」
「……だな」
リゥァルは腰から愛剣を二振り抜き放ち、炎を纏わせる。そのダートの発動と共に、リヴァルの髪と目が紅蓮に染まる。
相手は風魔法使い。それなら、炎との相性はいい。風は炎を広げるからだ。
「らぁっ」
二振りの剣を叩きつけるようにリヴァルが薙ぐ。
そこでローブは素早く何事かを詠唱した。
瞬間。
ぱしゃんっ
「何!?」
水魔法の結界がリヴァルの剣を阻み、ダートの炎を打ち消した。
多属性魔法使い。
存在しないわけではない。現に、リュゼだって、風魔法が得意だが、風魔法以外の魔法も使える。だが、少しなら、だ。
基本的に人間も魔物も得意とする属性一つ以外は、あまり得手というわけではない。
あれほどの竜巻を「風よ」の一言で発生させるほどの使い手である。得意属性は風と見て間違いないだろうが……水魔法も風魔法ほどではないにせよ、それなりに使いこなせないと、結界なんて張れない。しかも、詠唱が短かった。
そういえば、ここのところこの都市を襲撃するプティサージュはあらゆる属性の魔法を使うものが多かった。プティサージュは元々、プティマージの上位種と言われてはいるが、てこずったのはまだ記憶に新しい。
プティ族には二派存在する。自然発生する者と、魔法によって作られた者。──まさか。
「今までのプティサージュは、お前が……?」
リヴァルが頭に浮かんだことをそのまま口にすると、水の結界の向こうで、ローブの魔法使いが口元を歪ませた。
その余裕を打ち壊さんと、魔法使いたちが各々に魔法を放つ。土魔法、木魔法、火魔法の他、上位互換である氷魔法や光魔法まで、様々な詠唱が成される。それぞれの属性魔法が生み出した攻撃が一斉に矢となってローブの魔法使いに降り注ぐ。リヴァルも一旦退いて、様子を見ていた。様々な魔法の融合により、爆発がもたらされる。
爆煙がしばしその場に漂う……かに思われたが、それはすぐに風によって晴れた。
中心には、傷一つないローブの人物。誰も彼もが言葉を失った。あれだけの魔法攻撃に耐えきるとは。どれだけの魔法耐性を持っているのか。いや、よく見ると魔法使いの周囲には透明な風の揺らぎがあった。風魔法結界で耐えきったのだ。
リヴァルはすかさず、剣を今一度振りかざす。だが、炎を纏った剣は、やはり短い詠唱により、地面から生えてきた木によって押さえられる。木魔法だ。木魔法は通常、火と相性が悪いはずなのに、リヴァルの火のダートを木は掻き消していく。
相性の悪い属性相手に勝つには圧倒的な力量差でもって挑むしかない。リヴァルは魔王四天王の一人、シュバリエによって鍛えられている。シュバリエの修業方法は実戦主義だった。故に、そんじょそこらの魔物には負けないようにリヴァルは育っている。
だとすれば、可能性は一つ。
それを証明するように、魔法使いの周りにぽこぽことローブの魔物が生まれる。プティサージュだ。プティマージ、プティトレットマンも見られる。
「──魔王四天王の一角に、魔法使いとして最強の称号である『賢者』の名を持つやつがいると聞いたことがある。お前」
リヴァルは剣を構え直し、告げた。
「魔王四天王のサージュだな?」
ローブの人物の鼻先に剣先を突きつける。ローブの人物は怯えた様子もなく、むしろおどけたような仕種で肩を竦めた。
「答えろっ!!」
リヴァルが至近距離で剣を振り下ろす。すると、フードがふぁさりと切り落とされた。
「ええ。仰る通り、私は魔王四天王『風』の一角を担う賢者。申し遅れましたね」
そのフードから現れた顔に、リヴァルとリュゼが息を飲む。朗々と名乗る声にも、覚えがあった。
灰色の髪、緑色の瞳。唯一違うのは耳が人間の丸い耳ではなく、先の尖った長い耳であること。これは魔法を得意とする種族、風の民の特徴である。
魔王四天王の最強の魔法使いである彼は丁寧に礼を執り、こう名乗った。
「私は魔王四天王『風』の一角を担う魔法使い、風の賢者、サージュ・ド・ヴァンと申します」
「な……」
その人は見間違えようもなく、
リュゼの師を務めていた青年、ヴァンだった。
師匠が敵って、素敵ね!(下衆顔)




