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小さくも賢き者

 今日も今日とて、リュゼは知恵の実図書館で修業である。

 リュゼが修業している間、リヴァルは森で魔物を倒したり、リアンと戦ったりして過ごしていた。

 修業をそれぞれで進めて早二年。リヴァルは自分の強さを測れずにいたが、リュゼは明らかに強くなっていた。

 というのも、リヴァルが柄にもなく、歴史書などを読んでいると、リュゼがふよふよ浮いてくるのだ。

「何の本を読んでいるの?」

「歴史書。全然わかんねぇ」

「ああ、これは天使さまのお話ね。確か……」

 と宙に浮いたまま解説をするまでになった。なんという余裕。

 そんなリュゼを指導していたヴァンはリュゼの成長を見、満足げに呟く。

「魔力をだいぶ安定させることができるようになったようですね」

「はい、師匠!」

 リュゼの師匠という言葉にヴァンは苦笑をこぼし、リヴァルは苦虫を噛んだ。リヴァルはかつての師を思い出していた。

 鬼人という魔物である師匠──そして、魔王四天王だった師匠、シュバリエ・ド・フラム。あの人の修業はやわなものではなかった。素振りはもちろんだったのだが、最初のうちは剣も持たせてもらえなかった。師匠ももちろん無手だが、とりあえずかかってこい、というのに対し、かかっていって、あっさり投げ飛ばされた記憶がある。そんなリヴァルに対し、リアンは師匠と普通に渡り合っていたような気もする。剣を手にするには心構えが必要とかなんとか。とりあえず、十数えるうちくらい耐えきってみせろ、と言われて、投げられた回数は……数えたくもない。

 そういえばそこで、二人それぞれに向いた剣、というのを教えられた気がする。突貫タイプのリヴァルは手数の多い双剣。間合いを大事にするリアンは太刀。そうして、二人の戦闘スタイルができていった。

 まあ、剣士と魔法使いではやり方など百八十度違うのだろうが、ヴァンのように丁寧に教えてほしかった。フラムは実践史上主義だったから。

 と、物思いに耽っていると、リュゼが肩を叩いた。

「ちょっと、聞いてるの?」

「ん、あぁ」

 リュゼが少しむくれて言う。そういえば、ケテルにいたときはこんな豊かな表情をする子ではなかったな、とぼんやり思う。

「全くもう、ゲブラーの使徒さま、エペさまのお話だから興味を持ったのかと思ったけど、全然じゃない。少しはこのセカイの話を学んでよね」

「えー」

 リヴァルは座学は苦手である。すると、ヴァンが持っていた本を閉じ、こちらに微笑みかけた。

「座学は大切ですよ。このセカイを背負って立つ勇者さまなら尚更。剣を扱うなら、ゲブラーを司るエペさまとネツァクを司るガニアンさまのお話は覚えておくべきです」

 セフィロートには十の都市があり、それぞれの都市に使徒や天使と呼ばれる存在がいる。始まりの十人とも呼ばれている。

 その中でも武勇伝が多いのは軍事都市ゲブラーを司るエペとホドを司るペルダンと長らく領地争いをしていたネツァクを司るガニアンである。ちなみに、ネツァクとホドの領土争いはネツァクに軍配が上がったとされており、今でもその遺恨か、ネツァクとホドの民は仲が悪いというのは有名な話である。

 ネツァクはセフィロートにおいて、ゲブラーに次ぐ軍事主義の都市である。強者絶対を掲げる辺り、「勝利」を意味する都市の名に相応しい。

 一方、ホドは勝利より潔さをよしとした。戦い抜いた栄誉を誉とする。諦めないことを誉とする。

 と、少し話が逸れたが、戦いのあった都市なだけあって、逸話が多いのがネツァクである。

「まず、ゲブラーを司るエペさまの名は原語で『剣』を意味します。戦いを司る、強者の象徴としての名前とも言われています。剣は英雄の象徴でもありますからね。他都市と争うことはないながらも、他都市の行動を強者として制する役割がエペさまにはあったとされます。

 この本に書かれていることによれば、エペさまはネツァクとホドの領土争いにも制止をかけたようです。ホドのペルダンは魔法を、ネツァクのガニアンは剣技を放とうとしたところをエペさまが一太刀で止めたということです。故に、ネツァクとホドの争いは鎮火し、強者絶対とするネツァクのガニアンも、エペにだけは敵わない、と従ったそうです。

 そんなガニアンさまにも逸話はあります。先程言いました通り、ネツァクは剣で、ホドは魔法で戦っていました。一進一退の攻防だったようですが、ペルダンが不意討ちでネツァクの領土を焼き尽くそうと魔法を放った際、それに気づいたガニアンが、切り結んでいたペルダンを払いのけ、一刀の下に魔法を切り伏せてみせたとか。

 どちらも剣に纏わる逸話です。これでも興味は持たれませんか?」

 ヴァンが首を傾げるのに対し、リヴァルは目を輝かせた。剣で戦う英雄の話はゲブラーにごまんとあったが、使徒の戦いの話は初めて聞いた。領土は特に争いもなく、分けられたと聞いていたが、ネツァクのガニアンがホドのペルダンを武力で黙らせた、という真相が裏にあるとは知らなかった。

「ガニアンさまはエペさまの強さに敬意を示し、戦の中、折れた自分の愛剣の片割れを献上したとも書かれています」

「ガニアンさまはリヴァルと同じ双剣使いだったのね」

 それはますます興味が湧く。まさか神話の人物と自分の使う武器が一緒とは。リヴァルも一端の少年らしく、少し得意になった。

「その剣はどうなったんだ?」

「エペさまに献上された折れた剣は、エペさまの使った剣と共にゲブラーの地に封印されている、とここに」

「へぇ。ガニアンのもう一つの剣は?」

「それはネツァクの地に眠っているそうですね。ご自分で読まれてはいかがですか?」

 ヴァンは本を一旦閉じ、リヴァルに渡す。リヴァルも興味を持ったらしく、今度はちゃんと読もうと本を開き──

 どぉんっ

 唐突に図書館が震動した。周囲に困惑が走る。ふよふよ浮いていた魔法使いが何やら騒いでいる。

 浮いていたリュゼも、険しい表情で降りてきた。

 リュゼが何かを感じて、リヴァルは何も感じない。それは自動的に魔法に関わるものだとわかる。リヴァルは魔力量が一般より少ないため、魔力を感じにくいのだ。

 リュゼが真剣な顔で端的に告げる。

「外に魔物の気配」

「よし、行くか」

 魔物と聞けば、勇者は即決だった。それに伴い、リュゼも出ていく。

 いつの間にかヴァンが姿を消していることにも気づかずに。


 外に出ると「Grand bibliotheque pomier」の文字が不自然に欠けていた。何かに穿たれたかのように。震動の原因はこれだろう。

 となると、外的要因である。

 リヴァルは首を巡らすが、それより先にリュゼが何かを察知したらしく、詠唱する。

「風よ、荒ぶものを吹き飛ばせ」

 その詠唱で、図書館の周りに巨大な風魔法の結界が築かれる。普通の魔法使いが見たら卒倒するレベルに広範囲の魔法だが、これはリュゼの魔力が多いからこそできる技である。

 その風は、詠唱の通りに向かってきた何かを弾き飛ばす。見えない風が壁を成しているようだ。結界ではあるが、外が見えるため、リヴァルは攻撃らしきものが飛んできた方向を見る。

 そこには、三体のプティ族。うち二体はプティマージのようだ。残りの一体はプティアルクの亜種、プティフラムアルクと言って、火の属性矢を使うプティアルクだ。

 プティマージも安心はできない。おそらく先程の震動はプティマージの詠唱によるものだ。プティマージはこんなに強かっただろうか、と疑問を抱くが、疑問を抱いている場合ではない。速やかに倒し、この図書館の安寧を取り戻さねば。

「風の結界は内側からならすり抜けられる。リヴァル、行って!!」

「ありがと」

 リュゼの一言に、リヴァルは迷いなく駆け出した。プティフラムアルクは幸いなことに火属性。炎のダートを操るリヴァルなら、お手のものだ。矢にかかった火属性を操り、プティフラムアルクに突き刺さるよう操り、終了。

 次いで、厄介なのは、プティマージだ。まだ何属性を使うのかわからない。わからないが、魔法を放たれる前に始末してしまおう、と、リヴァルは一体のプティマージを炎を纏わせた剣で切り裂く。プティマージはローブが本体。ローブを切り裂いてしまえば、こちらのものだ。

 もう一体も、同じ要領で始末しようとしたのだが……ふと、違和感に気づく。

 ローブの色が違う?

 だが、一瞬の迷いは命取りになるという師匠の教えから、リヴァルは躊躇いなくプティマージに剣を向けた。

「なっ!?」

 そこで予想外の事態が発生する。

 プティマージが、リヴァルのダートの乗せられた剣を弾いたのだ。短い詠唱によって成された魔法によって。

 そこでリヴァルは先程の違和感の正体に築く。ローブの色が違うのは、亜種だからではない。プティマージと思っていたこいつはプティマージではなかったのだ。

 亜種ではなく、上位種。

「プティサージュか……!」

 プティサージュはプティマージの上位種で、プティマージより多種多様な魔法を使いこなすプティ族の最高峰の魔法使いである。

 魔法使いとして上位に区分されるだけあって、詠唱は普通のプティマージより短い。故に近接戦闘でも、今のように即座に結界を生み出すことができる。

 分が悪いと思ったリヴァルは、一旦結界の近くまで下がり、リュゼに告げる。

「あいつ、プティサージュだ。相当手強い」

「なるほど」

 聞いたリュゼは落ち着いていた。

 魔法が強い? それなら、圧倒的な力量差で、伸してしまえばいい。

 目には目を、歯には歯を、という言葉がある。ならば、魔法には魔法を。

 リュゼは詠唱を始めた。ありったけの魔力を使い、魔法を強力にする。プティサージュはプティマージ同様、魔法耐性が強い。だが、圧倒的な威力でもってすれば、何の問題もない。

「風よ、眼前の敵を引き裂け!!」

 魔力を大量放出するのは、リュゼの得手とするところ。

 リュゼの詠唱により、凶悪な鎌鼬と化した風魔法は、魔法耐性も何もかもを乗り越えて、プティサージュをずたずたに引き裂いた。


 そんな二人の攻防を陰から見守る人物が一人。ローブを纏い、フードを目深に被っていて、表情はほとんど窺えない。

 その人物は口元に妖艶な笑みを浮かべて囁いた。

「そうして、強くなってくださいね。勇者さまと魔法使いさま」

 その台詞を聞いた者はいない。次の瞬間には、ローブの人物は姿を消していた。



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