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氷の剣士の思うところ

 静けさに満ちているセフィロート唯一にして随一の森、フロンティエール大森林。この土地は、木の民、土の民といった魔物を育む森であり、現在、魔物によって危難をもたらされているセフィロートの人間はあまり立ち入ろうとしない場所である。

 影年一九九一年、その森の中で向き合う二人の人間の少年がいた。一人は双つの剣を構え、髪と目を紅蓮に染めた少年。もう一人は、白髪に穏やかな湖を思わせるような色を瞳に湛えている。その目は憂いに満ちていた。

「リヴァル、君はなんでそんなに躍起になるの?」

「リアンこそ、なんで魔物に味方する?」

 幾度と知れず交わされたこの会話。二人の答えが変わることはない。

 リヴァルと呼ばれた紅蓮の勇者は、故郷を魔物に滅ぼされたから、と。

 リアンと呼ばれた憂いを纏う剣士は、この森の魔物に恩があるから、と。

 リヴァルもリアンもこのセカイ、セフィロートの命運を左右する叡智の力、ダートというものを手にして生まれた。そんな折、魔王を名乗るノワールという人物が現れ、魔物を傘下に、セフィロートを征服せん、とマルクトから侵攻を開始して、早一年と幾月か。魔王を倒すべく生まれたはずの二人のダートの使い手は、仲違いをしていた。リアンは敵であるはずの魔物に助けられたと語る。リヴァルは故郷を魔物に奪われ、怒り心頭だというのに。

 リヴァルが森を襲撃に来たのはこれで何回目か。リアンは数えていない。リアンは勝利を誇らない。リアンはリヴァルが向かってくるたび、悉くリヴァルを伸しているのである。

 リヴァルは苛立っていた。何度来ても態度の変わらないリアンに。何度来てもリアンに勝てない自分に。そんじょそこらの魔物には勝てるというのに、リアンにだけは勝てない。

「勇者でもないくせに、なんでそんなに強いんだ」

「……僕は、勇者になるつもりなんて、なかった」

 リヴァルのふとした問いかけに、リアンは驚愕の台詞を吐いた。ダートという魔法を越えた叡智を持ち、セカイの命運を託されたというのに、勇者になるつもりはなかった? リヴァルは呆気に取られるしかなかった。

 勇者という存在はそんなに存在するものではない。魔法ではない力を持つ者を、セフィロートの者は英雄と呼び、讃える。その誉を受ける気は、リアンには微塵もなかったらしい。

 そのことに驚愕するリヴァルに、リアンはつらつらと告げる。

「僕はただ、セカイを守りたかっただけだ。その力があるから、修業をして、強くなろうとした。今だって、もっと強くなろうと思っている。僕は戦うために強くなるんじゃない。守るために、強くなりたい」

 リアンの言っている意味がリヴァルにはわからなかった。

「戦うことで、俺たちはセカイを守るんだぞ」

 リヴァルが疑問符を浮かべるが、リアンは首を横に振った。

「僕はセカイを守りたいとか、そういう壮大なことには向いてない。身近なものを守るだけで精一杯なんだ。この森くらいがちょうどいい」

 ちょうどいいというが、フロンティエール大森林は大森林の名を冠するだけあって広い。まあ、この森は魔王四天王の一人、アミドソルの故郷であるから、魔王軍が侵すことはないだろうが、けれど、こうして、森に棲むものに対して害意ある者を退治する役割を担っている。

 リヴァルには全く理屈のわからないことだった。何故、人間の敵である魔物を守ろうとするのか。そのために強くなろうとするのか。意味がわからない。

 リヴァルはがむしゃらに剣を振るった。剣に己のダートである炎を纏わせて。

 しかし、炎は凍りつかせられる。一瞬で。リアンが冷気のダートを使ったのだ。

 それを強引に炎で溶かし、大振りにリヴァルは双つの剣を振り下ろす。

 が、それをただで受けるようなリアンではない。がきぃん、と鍔迫り合う音が森の中に響く。リアンは手にしていた刃のない柄に氷の刃で太刀を作って、リヴァルの剣を受け止めていた。

 リヴァルの炎はリアンの冷気によって打ち消されていた。氷は炎に弱いはずだが、昔から冷気の扱いに長けていたリアンには、属性の相性など、関係ない。

 属性相性が悪い場合、どうすればよいか。答えは簡単だ。

 リアンは呟く。

「心を研ぎ澄まして、静かに……」

 その声に呼応するように、森に冷気が冴え渡っていく。同時に、リヴァルは異変にも気づいていた。

 鍔迫り合っている部分から、剣が凍り始めている。

 そう、属性の相性が悪い相手の場合、相性をもものともせぬ、圧倒的な力で越えてみせればいい。

 力押しはリヴァルの得意とするところだが、リアンはリヴァルを軽々と越えた。

 リヴァルはちっと舌打ちしてリアンから離れ、土の上に着地する。

 そこからもう一度飛びかかろうとする間もなく、土が突然、盛り上がった。ぼこぼこと盛り上がった土はある程度まで隆起すると、やがて爆発するように四散した。リヴァルは地面に全身を叩きつけられ、こほっと空気の塊を吐き、意識を失った。

 リアンはほう、と一つ息を吐き、それから振り向かずに後ろに声をかける。

「ソル」

「さすがにばれただか」

 かなり後ろの木の陰から現れ、のしのしとこちらに歩み寄ってくるのは土塊の体をした二足歩行の巨人。鼻はなく、赤い目が二つ、大きい口が一つある。どれくらい大きいかというと、リアンの倍くらいは背丈がある。

 ソルと呼ばれた彼は森の守護者にして、魔王四天王に名を連ねるアミドソル。彼は主にその巨体を生かした超近接戦闘を得意とするが、土属性であれば魔法を使える。特に、自らが生まれた土であるフロンティエール大森林の土を操るのはお手のものだ。

 つまり、アミドソルこそが今、リヴァルの足元の地面を隆起させた張本人というわけである。ダートという特殊な力を持つが故の代償か、魔力量の少ないリアンは、当然魔法を使えない。そもそもリアンが操るのは冷気と熱気であって、土はどう足掻いたって扱えない。当然、リヴァルもだ。

 となると、誰かが土魔法を使った、という結論に達するわけだ。

「余計な手出しだったか?」

「ううん、ありがとう」

 手間が減った、とリアンはリヴァルを背負う。

 その姿を見て、アミドソルはその目を怪訝そうに細める。

「また近くの街に置いてくるだか?」

「うん。魔王軍側のソルとしては、倒してしまいたいところだろうけどね」

「そういうごどではねぇだ」

 土塊のごつごつした手が、器用に繊細にリアンの頭を撫でる。

「おらはリアンが心配だ。ケセドの時、リアンは怪我して帰ってきただ。リアンが痛い目に遭わせられるのを、友として、黙って見てられねぇ」

 そんなアミドソルの手首には、一筋、リアンの髪が巻かれていた。アミの契りを交わした証。リアンがこの森にいる理由でもある。

 リアンはアミドソルを安心させるように微笑む。

「大丈夫。見つからないようにするから」

 そう言って、リアンは歩き始めた。


 リアンはリヴァルを運びながら考える。

 本当は、自分が正しいとは思っていない。人間の敵で世界を脅かす魔王軍を倒す側に回るべきなのだろうと思う。だから、毎度、リヴァルの剣をしっかり受け止めているのだ。

 けれど、リアンの思いは揺らがない。その胸元で揺れる小さな瓶に入った土塊がそうさせる。──アミの契りという、土の民が結ぶ契約。互いの体の一部を交換して、裏切らないと誓う儀式だ。この小瓶に入っているのは、アミドソルの一部を削いだものである。

 アミとは原語で「友」という意味。土の民は友を重んじる。故に、土の民随一の力を誇るアミドソルが数多いる土の民からグランソルの名とアミドソルの名を戴いているのだ。「土の友」という偉大なる名前を。

 アミの契りとは、友との信頼を誓う儀式。決して効力のあるものではない。契りを裏切っても、何の罰もない。契りを交わす価値もない人物だったのだと断じられて終わりだ。

 それでも、リアンが守り続けるのは、リアンにとって、アミドソルはかけがえのない友だから。リアンの名前は原語で「絆」という意味らしい。名前に背くような真似はしたくなかった。

 まあ、リヴァルと敵対している時点で、絆を紡げていないのかもしれないが……

 などと考えていると、不意にぽす、と背中に軽い衝撃が走った。拳で叩かれたような。

「っ、リアンの馬鹿馬鹿馬鹿っ、大馬鹿野郎!!」

「リヴァル……」

 ちら、と振り向くと目を覚ましたらしいリヴァルがぽすぽすと力ない拳でリアンの背中を叩いていた。赤褐色に戻った目からはぽろぽろと涙を流している。

 馬鹿、というばかりで、抵抗らしい抵抗は、弱い拳だけ。

「意味わかんねぇよ、なんで勝てねぇんだよ……」

 リヴァルの台詞にリアンも思うところはあったが、また小さく、「心を研ぎ澄まして、静かに」と呟いた。そう自分に暗示をかけて、冷静になり、冷気のダートを操って、リヴァルの体温を下げ、気絶させる。

 くたり、と自分の背中に頭をもたせたリヴァルにほっと一息吐き、リアンはまた歩き出す。

 リヴァルの言うことはもっともだ。リアンの行動はわけのわからないことだろう。

 それでも、守りたいものがあるから、リアンは強くなろうとするのだ。現に、森に来てからはアミドソルを相手に組み手をやっており、剣術だけではない強さを身につけつつある。

「リヴァル……」

 森を守るだけじゃ、駄目なのかな。セカイをどうしても背負わなきゃいけないのかな。

 そんな、氷の剣士が呟いた問いは、森の静けさの中に溶けて消えた。



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