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幕間

 魔王ノワールが鎮座し、彼の崇める破壊を司る女神、ディーヴァの神殿が建てられた王国都市マルクト。

 そこは闇の女神に相応しい状態にあるように日の光など入らないよう、常に何人もの魔物が魔法で黒い雲を出している。天気は決まって曇りか雨。時に激しい雷雨となることもある。

 その日の天候は曇り。昼も夜もわからぬ薄暗い中、一人の人物が神殿の前に転移してくる。ローブを着て、フードを目深に被った人物だ。門番をしていた鬼人の魔物が一瞬訝しむが、瞬時にその人物が展開した魔力を見て、畏まり、頭を下げる。

 普通、魔力を可視化させるほど危ないことはない。詠唱という言霊によって縛られない魔力は暴走しやすいものであるから。

 だが、その者は危なっかしい雰囲気など一切なく、緑色のオーラのような魔力を仕舞った。跪く門番の一人が言う。

「おかえりなさいませ、サージュさま」

「そう畏まることはありませんよ。シュバリエとアルシェは中ですか」

 このローブの人物こそ、魔王ノワール四天王の一角とされる人物、サージュであった。

「はい、アルシェさまは先刻お戻りになられました。本日はアミドソルさまもおいでです」

「ほう、アミドソルが神殿にいるのは珍しいですね。ありがとうございます。番にお戻りください」

 サージュが言うと、鬼人の門番たちは素早く所定の位置に立つそれを通りすぎ、サージュは神殿の門をくぐった。

 中は荘厳な造りの飾り灯りがあるが、闇の神殿なだけあって、外とさして変わらず薄暗い。そんな中を、サージュは迷うことなくすたすたと歩いていく。

 四天王の間、と札のある一室へサージュが入っていくと、そこには既に鬼人で赤髪を高く括った青年と、人間で言うと耳に相当する部分が青い鰭になっている竜人と、二足歩行の体が土塊でできた巨人がいた。鬼人はシュバリエ、竜人がアルシェ、巨人がアミドソルという。魔王ノワール四天王がここに揃った。

「サージュは散歩か。何か収穫はあったか?」

 茶化す気満々の声でシュバリエが問う。サージュは一つ溜め息を吐き、「あんまり人を茶化すと禿げますよ」と冗談を一つ置いてから述べた。

「貴方のお弟子さん、まだまだ伸び悩んでいるようですね」

「あー、リヴァルの馬鹿か? あいつは馬鹿だからなー。剣に威力はあるが威力はあっても当たらなければ意味がない。それを全く学んじゃいない」

「教えなかったんですか。仮にも師匠でしょう」

 師匠、という言葉をシュバリエは鼻で笑い飛ばす。

「どうだかね。俺が敵だとわかった今、師匠の教えをちゃんと取り入れているのやら」

 教えるには教えたらしい。学ぶかどうかはリヴァル次第だろう。

「森でもう一人のお弟子さんと戦ってるのを見かけましたよ」

「おっ、リアンか。あいつ、強かっただろう?」

 シュバリエは自慢げになる。勇者のリヴァルより、勇者にならない道を選んだリアンの方がシュバリエのお眼鏡に敵ったということだろう。世の中は皮肉にできている。

「力量差は専門ではない私から見ても、圧倒的でしたね。勇者より氷の剣士の方が強い」

「ほう? ゲブラーにいた頃は互角だったはずなんだがな」

 リアンの成長はシュバリエの興味をそそったらしい。金色の目がすらりと細められる。

「圧倒的力量差で押し込んだ上に、相手を氷漬けですよ。とても人間業とは思えませんでした」

 そこでシュバリエが耐え兼ねたようにがははは、と声を立てて笑う。いやぁ、愉快愉快、と彼は続ける。

「氷漬けか。そりゃあっぱれな勝ち方だな。まあ、リアンのことだリヴァルを簡単に殺しはしないと思ったが、随分と大胆な手を使うようになったなあ」

「あれほどの使い手なら、敵になってくれた方がよかったと思いますが」

「それはおらのせいだ」

 背丈が周囲の二倍ほどあるアミドソルが適当に彫られた線のような口を開いて語る。その爛々と赤い目は毒々しい色でありながら、どこか憂いを帯びていた。

 話題に挙がっていたリアンという剣士は、アミドソルと縁浅からぬ仲であった。

 アミドソルの太い右腕には、一筋の銀糸が巻かれていた。髪の毛のようだ。

「リアンが、恩返ししてぇっていうがら、『アミの契り』をやっただ」

「『アミの契り』ですか。それでは森を離れられませんね」

 アミドソルの語った「アミの契り」とは、アミドソルの種族である土の民に伝わる契約の儀式である。アミというのは原語で友を意味する。つまりアミの契りは友との約束。約束は果たさなければならない。その義務感でリアンはアミドソルの代わりに森の守護を担うことになったらしい。

 シュバリエが楽しそうに目を細める。その表情はどこか慈しむようにも見えた。

「リアンらしいな。……つまり、あいつにもようやく、守るべきものができたってことだな。強くなるわけだ」

「……感情が希薄と言っていた子どもか」

 それまで無口だったアルシェが口を開く。アルシェは水を司る種族、竜人であるため、氷を操るというリアンに興味を持っていたらしい。

「ああ、今後の成長が楽しみだ」

「会ってみたいな」

「アミドソルを受け入れたくらいだからな、リヴァルの石頭と違って、案外親しんでくれるかもしれないぞ?」

 そんな他愛のない会話をシュバリエとアルシェが交わす傍ら、サージュがゴゴゴゴゴという文字が見えんばかりの怒りの表情を浮かべていた。

 その怒りはアルシェに向いているようで、気づいたアルシェが首を傾げる。

「どうした? サージュ」

「どうした? じゃ、ありません」

 サージュはアルシェの胸ぐらを掴み、乱雑に引き寄せる。アルシェは変わらず、青い目をきょとんとさせてサージュを見ていた。

「あなた、懲りもせず、またプティアルクを作りましたね?」

「あ、反応が消えたと思ったら、サージュ倒したんだ。納得」

「納得じゃありません」

 至近距離からサージュはアルシェにでこぴんする。風魔法で指に強化をかけている辺り、容赦がない。いたっ、と声を上げたアルシェは、額を赤くしていた。

「全く、あなたは無駄に魔力が多いんですから。質も高いし。無駄に高性能なプティアルクを作るんじゃありません。私が倒していなかったら、氷の剣士に八つ裂きにされていましたよ」

「む……」

 アルシェは黙る。アルシェが魔法を練り上げて作ったプティアルク。魔王四天王が作っただけあり、高性能で、そうしたら一般人にどんな被害があったかわからない。それに、出現場所もよくなかった。勇者をさらっと氷漬けにしてしまうような剣士のいる森である。ちょっとした騒ぎになったかもしれない。

 それに、森は、アミドソルの故郷である。

「それでアルブル様が焦ってただか。魔物が森を荒らそうとしでるってアルブル様に言われで、おら、こっちさ確認しに来ただよ。アルシェのプティアルクだったが」

「ほら! アミドソルに迷惑かけたんですから謝りなさい」

「別にいいだよ。どっちも役割さあ」

「アミドソル優しい」

 しばらくああでもないこうでもないと話した後、静まり返った頃に、静観していたシュバリエが口を開く。

「で? お前の本題は勇者が氷漬けにされたことでも、アルシェがプティアルクを出したことでもないんだろ?」

「……気づいていましたか」

 得意げに笑んでいたシュバリエが鼻で笑う。

「長い付き合いだろ、俺たちは」

 そう、魔王四天王四人は魔王四天王になる前からの顔馴染みである。魔王ノワールが現れる前から、互いに研鑽を積み合う友であり、仲間であった。

 故に互いの所作や言動の特徴は熟知している。何を考えているかも。

 サージュがいよいよ本題を切り出す。

「どうやら、勇者に魔法使いの仲間ができたようでですね。非常に興味深いと思いまして」

「ほぉ、リヴァルが仲間ねぇ。脳筋だと思っていたが、案外と冷静にものを見るじゃないか」

「師匠がよかったんでしょう」

「褒めても何も出ねぇぞ」

「冗談はさておき」

 冗談かよ、とシュバリエがずっこけるのをよそに、サージュは続ける。

「こちらも成長が楽しみですね。魔力量が多い女の魔法使いです。女といっても、まだ少女ですがね」

「まあ、それを言ったら、リヴァルもまだ餓鬼さ。だが、最高峰の魔法使いである『賢者(サージュ)』の名を戴くお前が成長を期待する魔法使いとは、興味深いな」

「まだ卵ですよ。魔力の扱いに慣れたら、すごいことになるでしょうがね」

「おっかねぇ」

 言いつつ、余裕の笑みを浮かべるシュバリエ。四天王筆頭なだけあって、この程度はまだ敵とは思っていないらしい。

 そんな脇でアミドソルがぼそぼそと呟く。

「んだども、強ぐなってもらわねぇど困るだな」

「ああ。敵なら骨のあるやつの方がいい」

 にたりと笑うシュバリエに、サージュは溜め息を吐く。

「それもありますがね……」

 そこからサージュは声を潜めたため、聞き取れたのは、その場にいた魔王四天王のみである。

 魔王軍の侵攻計画は進んでいく……



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