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目覚めると

 陽もだいぶ傾いた頃、リヴァルがふと目を覚ます。カーテンから零れる夕陽が眩しい。

「あ、俺……」

 記憶を辿っていく。リアンと対決している途中で途切れていた。また、リアンに敗北したのだ。

 起き上がったリヴァルはかけられたシーツを握りしめた。また負けた。どうしたらリアンに勝てるというのだ。ゲブラーにいた頃は負けっぱなしではあったものの、互角と言えるくらいの剣術を修めていたはずなのに。……ダートの差だろうか。

 リアンはリヴァルと違い、属性ではなく、温度を操るというダートだ。使いようによっては、リヴァルの炎より多彩な使い道がある。リヴァルの炎の熱を打ち消したり、空気中に含まれるものを凍らせて、太刀にしたり、氷で壁を作ったり。リアンのダートは確かに多彩でそれを師匠はよく褒めていた。リアンに足りないのは、「感情」だけだった。

 ……その「感情」をリアンは手に入れたというのだろうか。魔物の棲む森で。

 共に、魔物を倒して、魔王を倒すために生まれたはずの子どもじゃなかったのか? 何故、道を違えたのだろう。

 リアンは真面目な子どもだった。今だって、その性格に変わりはないだろう。真面目に魔物の棲む森を守り続けている。

 真面目さに漬け込まれたのだろうか。リアンは真面目だから、言われたことをそのまま鵜呑みにしかねない。

 だとしたら、説得を続けるべきだ。リアンをこちら側へ……

 そこまで考えたところで、リヴァルははたと気づく。無意識に、リアンが仲間だったなら、と考えている。馬鹿馬鹿しい。リアンとは、決別したではないか。リアンには決して操られている様子などなかった。「この森の魔物に恩があるから」と語るリアンの目に、嘘はなかった。リヴァルが勇者として立ちはだかっても、決意が揺らぐことはなかった。寸分たりとも。

 リアンは仲間ではないのだ、とリヴァルは思い直す。そこでようやく思い出した。ケテルで仲間にしたリュゼ。彼女はどうしているだろう? そもそも、ここはどこだ?

 見渡すと、自分は白い清潔感のあるベッドの上にいた。他にも二つ、ベッドが並んでいる。その向かいには柔らかい色合いのソファ。ぐーすかと豪快に寝息を立てている男がいた。

 ほどなくして、エプロンをつけた正装の女性が分厚い本を手にやってきて、眼鏡をかけているにも拘らず悪い目付きで男を見やり、躊躇いもなく、分厚い本の角を男の脳天に振り下ろした。当然、男は目を覚ます。角が直撃したところはこちらにもわかるほどに赤くなっていた。

 痛がる男に同情のどの字もなく、女性は高らかに告げる。

「もうすぐ閉館時間です。いつもいつもぐーすかびーすかと。この図書館は昼寝所じゃありません。全く」

 ぷりぷりと女性が起こったことにより、リヴァルはここが図書館であることを知る。見渡す限り、治療室のような雰囲気だが、休憩所とか、そんなところなのだろう。閉館時間と言っていた。自分もここを出なければまずいか、とリヴァルがおろおろし始めたところで、女性がぎろりと視線をリヴァルに移す。直前の光景を見ていたため、リヴァルは身を竦めた。あの本の角は痛そうだ。おそらくこの図書館のものだろう。火しか対応手段のないリヴァルが防いだらまずい。

 と、考えていると、予想外に、女性はにっこりと微笑んだ。

「お目覚めですか、勇者さま。お話はかねがね伺っております。直にお連れさまが迎えに来られますよ」

 笑うとなかなかの美人である。というのはさておき、連れというと、リュゼだろうか。

 すると機を見計らっていたかのように、リュゼが入ってくる。見慣れない灰髪の青年も一緒だ。だが、何より目を引いたのは……

「リュゼ? なんでずたぼろなんだ?」

 驚くほどにリュゼは埃まみれで、ケテルで仕入れたはずのそこそこ上質なローブが鎌鼬にでも遭ったのかというほどずたずたに引き裂かれていた。

 リュゼは苦笑いする。隣の青年がのほほんとして説明した。

「魔法の修業の結果です」

 ちなみに、同じようなローブを着ている青年は無傷だ。

 修業、と聞いてリヴァルの脳裏に浮かぶのは、師匠との手合わせ。とんでもなく強い師匠にずたぼろにされた記憶はまだ色褪せることなく残っている。

 魔法の修業もそんな感じなのだろうか。察しておこう。

「っていうか、あんた誰?」

「おっと、申し遅れましたね」

 青年はさらりと灰髪を流してお辞儀する。

「私はしがない魔法使いのヴァンと申します」

 しがない、の部分にリュゼの眦がひくひくと言っているが……

「ヴァン、な。風魔法使い?」

「はい。他にも色々使えるので、この方に魔法を教えてほしいと言われまして、この図書館の訓練場をお借りしていたのです。勇者さまが無事お目覚めになって何よりでございます」

 そういえば、自分はどうなっていたのだろう、と思い、リュゼに問いかける。返ってきたのは、

「氷漬け」

 かなり衝撃的な答えだった。幸い、リアンは氷漬けにするなり去り、リュゼが火魔法で溶かしたために無事で済んだらしい。いや、氷漬けを無事と呼んでいいのかわからないが。

「ここは?」

「知恵の実大図書館、グランビブリオテックポミエ」

「コクマか」

 図書館と言えばコクマ。これはセフィロートの常識である。リュゼはこくりと頷いた。それから少し、興奮気味に言う。

「私、リヴァルの仲間として立派な魔法使いになるために修業する。だからここで頑張る」

 かなり意気込んでいる様子だ。目の輝きが、ケテルにいたときとは比べ物にならない。

「修業、か。俺も強くならないとな」

 ……リアンを必要としないくらいに。

 まあ、強くなるのは追々だ。まずは目先の心配事をどうにかせねば。

「リュゼ、宿は取ってあるのか?」

「……あ」

 取っていなかったらしい。よほど魔法の修業に夢中になっていたと見える。

 そこに大丈夫ですよ、と柔らかい声がかかった。ヴァンだ。

「コクマにはよく来ますからね。いい宿を紹介しますよ」

 なんていい人だ、とリヴァルは初対面ながらに思った。リュゼから話を聞くと、通りすがりで助けてくれて、森の魔物から守ってくれたらしい。その上リュゼの修業に付き合ってくれて、宿まで紹介してくれるなんていい人以外の何者でもない。この人がいい人じゃなかったら、世の中の誰がいい人なのか、と思うくらいだ。

 リヴァルとリュゼはヴァンについていき、図書館を出た。


 しばらく歩いていくと、そこそこに大きな宿屋が見えてくる。温もりのある木造建築。親しみやすいデザインの木の看板にはオレンジの文字で「AUBERGE DE LAPIN」と書いてある。原語で「うさぎの宿屋」という意味だ。可愛らしい名前である。

 中に入ると、そこにいたのは。

「いらっしゃいましぇ」

 舌足らずな出迎えの言葉を口にする短めに整えられた茶髪の合間から長い耳を生やした女の子。可愛らしく、給仕のような衣装にエプロンをかけている。

 人間とは少し見てくれの異なる種族、獣人だ。人間の見てくれに特定の動物の特徴が入った種族のことをそう呼ぶ。魔物とはまた別で、能力値は人間と変わらない。人間と同じく、生命の神を信仰しているため、今回の人間と魔物との動乱には関わっていない種族である。人間の側に加われという話があったそうだが、元々稀少種族で、争いを好まない獣人たちは争いに一切関わらないという姿勢を保っている。この女の子は獣人の中でも長い耳が特徴の兎族の子どもだ。客を出迎えた辺りを考えると、父母も兎族なのだろう。

「おとうしゃん、おかあしゃん、ヴァンのおにいしゃんがきたよ」

「あらあら、いつもよしなにしてくださって、ありがとうございます」

 奥から予期した通り、兎族の女性が出てくる。それで「うさぎの宿屋」というわけだ。どうやら宣言していた通り、ヴァンはよく来ているらしい。

「今日は旅の二人にここを紹介しようと思いまして」

「あらあら、こんばんは。どうぞご贔屓に」

 丁寧に挨拶すると、宿屋の女将らしい獣人の女性は、二人を二階の部屋に案内した。

「申し訳ございません、本日は混み合っておりますので、お二人で一部屋という形になります」

「あ、いいですよ。突然来て泊めていただけるだけでも有難いです」

 リュゼが女の子とじぃっと視線を交わす傍ら、リヴァルはそんな受け答えをした。

「部屋が足りないということは繁盛している証拠ですからね」

 ヴァンも微笑ましそうに笑う。女将がおかげさまでございます、と謙遜する。腰の低い方だ。偉そうなやつよりリヴァルはこっちの方が好みである。

 今日は出会いに恵まれているなあ、と思いつつ、ちら、とヴァンを見た。どうやら彼は今からこの都市を発つらしい。もう夜なのだが。

「大丈夫ですか? 夜は魔物が出やすいって言いますけど」

「ご心配には及びません。少々腕には覚えがありますので」

 控えめな言い方をするヴァンに、リュゼはじとぉっとした目を向ける。リヴァルは知らないことだが、ヴァンの腕前は少々どころではない。かなりセフィロートの常識を逸している。

「まあ、明日も来ますので。久しぶりに骨のある教え子ですからね」

 ヴァンのその言葉にリュゼが鋭く反応する。

「久しぶり、ということは、他にも教え子が」

「はい、僭越ながら、何人か。たまに獣人にも教えています。ただ、基本的に人間の皆さんは魔力がそう多くありませんから、そんなに大業を教えられないんですよね。大業を習得したがりますが」

 人間の皆さんとヴァンが言ったことに、リュゼは違和感を抱かなかった。ヴァンの魔力量と魔法の技術は人間という枠組みを逸脱している。今日一日で身に染みるほど思い知らされた。

 そんなヴァンの技術についていける人間などそういないだろう。それだけに、リュゼを育てるのが楽しみなようだ。うきうきとしているのが見ているだけでわかった。

「せめて夕食だけでも食べて行ってくださればよかったのに」

 と早々と姿を消したヴァンのことを嘆く女将の出した料理は彩り豊かでバランスよく、もちろん味も申し分ないものだった。

 ゲブラー育ちでそこそこ舌の肥えているリヴァルも満足し、ケテルで差別を受け、ろくな食事を口にしてこなかったリュゼは感動し、食事を終えた。

 ケテルに比べるとこじんまりとしているが、コクマもいい都市だ、と実感しながら、二人は風呂もいただき、ふかふかのベッドで寝た。

 忙しないが、充実した一日だった。



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