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魔法講義

 ヴァンに案内されて着いた訓練場はわりと広くリュゼはびっくりした。セフィロートの中で、コクマはケセドほどでないにしろ、あまり大きい都市ではない。それなのに、訓練場として案内された場所は土地の狭さを感じさせないほどに広かったのだ。

 休憩所は訓練場の脇にあったため、そこでようやく背負っていたリヴァルを横たわらせる。彼はまだ目を覚まさない。が、体温は徐々に戻ってきて、呼吸も聞こえ始めてきた。あの剣士が言っていた通り、目覚めるのだろう、と悟って、リュゼはひとまず安堵する。

「ここの休憩所も管理が行き届いているので、安心して大丈夫ですよ。それに、ダート持ちの勇者さまに無体を働く命知らずなんて、そうそういないでしょう。さて、私たちは訓練場に行きましょうか」

 ヴァンに言われて、リュゼはこくりと頷き、ついていく。訓練場は広い。とにかく広い。障害物が少なく、だだっ広く感じる。天井が高く感じられた。きっと、あらゆる魔法が使われてもいいような設計になっているのだろう。訓練場に入った瞬間、結界の気配が感じられた。おそらく、大規模魔法を使っても図書館に支障がないようにと配慮してのことだろう。

「さて、まずは基礎の基礎からお教えしましょう」

 ヴァンはそう言って、「魔法の基礎」と書かれた本を開く。まず最初の方のページを開いて、リュゼに見せた。

「まずは基礎の基礎です。文面で理解することから始めましょう」

 そこには「魔法とは」「魔力とは」など基礎中の基礎の知識が書かれていた。リュゼは独学だがなんとなくわかっていた。だが、改めて文面で読むとぼんやりとしていた理解が深まる。

「魔力とは

 魔力とは、人間、魔物、種族を問わず、体の内に秘めている力のこと。魔力の保有量は個人差がある。魔力は言ってしまうと、感情の激しい発露があったときなどに出てきてしまうオーラのようなものである。ただし、魔力を垂れ流しにしていると、時には大災害を起こしてしまうこともあるため、魔法でコントロールして利用するのが安全とされる」

「魔法について

 魔法とは、魔力という形のない力を詠唱によってあらゆる事象という形を与えるものである。魔法には必ず詠唱が必要であり、基本的に使う属性に呼び掛け、それに命令するという形のものが使われる」

 簡単でわかりやすい説明だ。ぺらりとページをめくる。

「魔力、魔法は基本的に火、水、土、風、木という五属性に分けられる。発展系属性として、火は闇属性、水は氷属性、土は引力属性、風は嵐属性、木は光属性となっている。

 だが、一部の見解では、闇属性と光属性は、基礎五属性とは全くの別物という解釈もある」

 ご丁寧に発展属性の説明まで書いてある。さすが基礎本といったところか。

「うん、なんとなくだけど、大体わかった」

「それなら話は早いですね」

 ヴァンは嬉々として、更に連ねる。

「そこに補足として書いてありますが、火属性は赤に、水属性は青に、土属性は黒に、風属性は緑に、木属性は茶色にといった身体的特徴が現れます。もちろん、これは全員が全員に当てはまる条件ではありませんが、魔力が強ければ強いほど、その適合属性に応じた色が身体的特徴として現れます」

 例えば、リュゼやヴァンの緑色の目のように。

「私もですが、貴女も目の色から見て、風が適合属性だと考えられるのでしょう。けれど、適合属性以外の魔法が使えないかというと、それは違います」

 それはヴァンが先にプティアルクとの戦闘で明らかにしたことだ。ヴァンは風魔法以外も易々と使いこなしていた。

 そこからヴァンは本題とばかりに真剣な表情になる。

「このことからわかるように、魔法使いには大きく二つの道があります。

 一つは、自分の適合属性の魔法を極めて、強くなること。これは最もやりやすく、最も合理的です。強ければ強いほど、力押しが効きます。相性の悪さなども乗り越えられる可能性があります。

 二つ目は、私のように適合属性に関係なく、ありとあらゆる属性の魔法を習得し、万能性の高い魔法使いになることです。こちらは極めて難しい道となります。適合属性以外の魔法を習得することは結構難しいですから。ただ、習得した際の利点は大きいです。ありとあらゆる属性魔法に対処できるようになります。力押しよりも効率的に」

 確かに、後者の利点は頷ける。特に先程のプティアルク戦を見た後だと、説得力が凄まじい。ただ、離れ業であることを忘れてはいけない。

「貴女はどちらを目指したいですか? 正直にどうぞ」

 正直にと言われると……

「……後者」

「ですよね」

 まあ、そうなる。魔法使いとしての武器は多い方がいい。

「けれど、貴女の魔力の質を見る限り、後者は難しいでしょう。かなり」

 魔力の質でそんなことまでわかるものなのか、と思いながらリュゼは聞く。

「何故?」

 ヴァンは淀みなく説明した。

「貴女の魔力は質の高い風属性で、量も多い。まず、魔力の属性の質が高いというだけで、その人物はその属性以外を習得しづらくなります。量が多いと尚更です。異なる属性の魔力を別属性の魔法に使うのは、魔力の質が良ければ良いほど難しくなります。まあ、てんぶの才能で乗り越えてしまう人もいますが、それはごく一握りです。貴女がその一握りに入っているかどうかは判断しかねるところですが……覚悟があるなら、私も同じ風の魔法使いとしてできる限りの手は尽くしましょう」

 どうしますか? と緑色の瞳が問いかけてくる。

 リュゼに迷いはなかった。

「やる。リヴァルのために強くなると決めた」

 すると、ヴァンはじっとリュゼを見つめ、それからふっと頬を綻ばせた。

「良い覚悟です。では、私も全力を尽くしましょう」

 まずは、と人差し指を立てる。

「風よ、我が指に纏われ」

 すると、ヴァンの人差し指にくるくると巻きつくように、小さな竜巻ができる。

「これを実践してみてください」

 詠唱はヴァンの言った通り。風魔法ならリュゼの十八番だ。

 ……と、思ったが。

「風よ、指に纏われ」

 リュゼが詠唱すると、指に纏われるのではなく、風が地面から逆巻いて上り、リュゼの衣装を巻き上げた。同時にリュゼも浮き上がる。

 慣れない空中にわたわたする。わたわたすればするほど、リュゼは宙で回転し、方向感覚がわからなくなり、より混乱する。

 混乱すると、風魔法の制御が利かなくなり、周囲の人間まで巻き込んでしまう。何故か、ヴァンだけは地面に足をつけて穏やかに笑っている。唇が「おやおや」と動いた。周りで魔法訓練をしていた者たちは驚天動地、杖を風に持って行かれる者もあれば、火魔法を使っていたがために火が風に巻かれ、自分の服を焦がし始めていたり、天井に頭をぶつける者もあり、まさしく阿鼻叫喚といった光景。

 苦笑いしながらヴァンが素早く何やら詠唱する。風に紛れて聞こえなかったが、リュゼの魔法を鎮めるものだったのだろう。ふっと風が和らぎ、皆、地面にそっと下ろされる。リュゼも、とん、と地面を踏みしめた。

 ふわり、と風を感じる。

 これは、とリュゼはヴァンに振り向いた。

「ヴァンの風魔法?」

「ご名答。魔力を見る目は培っているみたいですね」

 軽く言ったが、つまりは風魔法を風魔法で打ち消したということだ。

 ヴァンはのほほんと続ける。

「昔の人は面白いことを言っています。曰く、『目には目を、歯には歯を』。それを流用して、風魔法には風魔法を当ててみるのが良い、と」

「いや……」

 簡単そうに言っているが、リュゼの魔力量は人間の中でもかなり多い方だ。暴走したそれを抑えつけるほどの風魔法を発動させるなど、容易なことではない。

 納得のいかなさそうなリュゼの表情にヴァンは満足げに笑んで答えた。

「これを異常と感じるのはまっとうなことです。何故なら、私は自分の魔力ではなく、貴女の暴走した余剰魔力を使って魔法を発動させたのですから」

「……はい?」

 予想以上におかしなことが起こっていた。

 つまり、ヴァンが言っているのはこうだ。リュゼの魔力を使って、ヴァンが魔法を発動させた。

 これは言うまでもなく、かなりおかしいことだ。普通、魔法は自分の魔力で発動する。他人の魔力を使うなど、魔力吸収魔法くらいでしかない。魔力吸収魔法でさえ、相手の魔力を吸収し、自分のものにしてから発動させるのだ。つまり、結局のところ、自分で発動させていることになる。

 だが、この短時間で、魔力吸収を行ってから魔法を発動させるほどの詠唱ができただろうか……余剰魔力と言っていた。リュゼの魔力量は相当なものだったはずだ。あの短時間で吸収しても、器が大きくない限り、魔力を吸収しきれず、魔力酔いをするはずである。

 魔力酔いとは、自分の器に収まりきらないほどの魔力を持つことで起こす体調不良などの総称だ。ヴァンにはそういった様子は一切見られない。

「ふむ、もっと詳しく説明すると、そこら中に広がった貴女の魔力をそのまま魔法に流用したのです。魔力吸収を使うより、かなり効率的ですよ」

 輝くばかりの笑顔で言うが、おかしいことだらけだ。つまり、他人の魔力で魔法を発動させたということだ。いくら属性が同じとはいえ、とんだ離れ業である。

 他人の魔力は自分の魔力ではない。魔力を飼い慣らせ、と以前言われたが、他人の魔力を飼い慣らすなんて、即座にできることではない。

 しかも、風魔法を鎮めたばかりでなく、火魔法を使って服が焦げていた人物の火の鎮火、天井に頭をぶつけた人物のたんこぶの治療まで終えている。他にも諸々の被害を受けた人物が何事もなかったかのような様子に戻っている。……一体いくつの魔法を併用したのやら。

「ヴァンは回復魔法まで使えるんだ……」

「一応、魔法は全属性習得していますからね。まあ、私のことはいいでしょう。一度言ったと思いますが、貴女は人間にしては魔力保有量が多い。まずは魔力を飼い慣らすところから始めなければなりませんね。それが、指先竜巻魔法です」

 なるほど、ただ詠唱を唱えるだけでは思った通りの魔法にはならない、ということだ。リュゼの場合、使う魔法に対して、出力した魔力が多すぎた。魔力量の調整が、この魔法の課題となっているわけだ。よく考えられている。

「でも、なんで指先程度の竜巻を?」

「小さなこともできない人は大きなことも成せません」

 なるほど、道理だ。

 (タンペット)クラスの魔法を使えても、収拾をつけられないのでは意味がない。

「理解が早くて助かります。さあ、修業ですよ」

 と、その前に、とヴァンが手でリュゼの肩を叩く。

「これだけの騒ぎを起こしたのですから、被害を受けた方々に謝って回りませんと。礼儀は大事です」

「……わかった」

 こくりと頷き、リュゼはフードを外して、周囲の人々に頭を下げて回った。



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