教皇国の闇
前回と前々回の文章があまりにも酷かったので、文章を少し変えました。
父様に敗れた僕は、気分転換に街を散策していた。
このアスタニア皇国にある街はどこも賑やかだが、首都ともなるとさすがに騒がしい。
こんなにたくさんの人がいる場所で顔を見られるわけにはいかないので、フードを被って顔を隠している。
あと、念には念を入れて聖魔法の『ミスディレクション』を使って、周囲にいる人たちに自分の姿が見えないようにしている。
少し念を入れすぎだと、自分でも思う。
ちなみに、この世界には光属性というものは存在せず、それっぽいものは全て聖属性に含まれている。
聖魔法には、光を操ることで姿を消すことができる『ミスディレクション』の他にも、幻覚を見せる『ミラージュ』や威力の低い魔法を反射する『リフレクション』といった変わった魔法が多い。
「聖魔法に適正があって良かったな〜」
聖魔法の有能さを考えれば、父様の言う通り、僕はもっと強くなれるはずだ。
頭の中で、これからの修行について考える。
新しい魔法でも創ってみるか? いや、『フラッシュシールド』や『ライトニングウォール』を完成させるのには相当苦労したし、やめておくか……。
「やっぱり、魔力量を増やすために魔法を使いまくるか、剣の特訓をするかのどっちかだよな」
「両方すればいいじゃないですか」
「そうしたいのは山々なんだけど、最近忙しいからね」
「教皇のお孫さんも大変なんですね」
「そうそう、そうなんだよ……って」
僕は、いつの間にか話しかけてきていた人物に顔を向ける。
「ミーシャ、いつの間に……!」
「えへへ……」
この娘は、ミーシャ。僕と同い年で、このアスタニア皇国に住んでいる……獣人だ。
真っ白な髪の上についている猫耳は、彼女が猫の獣人である証だ。
「レイさんったら、『ミスディレクション』を使っているからって油断してたでしょう?」
「そんなことないって……」
と言いつつ、実際油断していたわけだが、『ミスディレクション』を使っている時に僕を認識できる人は、少なくともこの国には殆どいない。
騎士団の中でも実力の高い人か、父様くらいにしか破られたことはない。
ただ、このミーシャだけは例外で、彼女は生まれつき周囲の気配を察知する能力が異様に高いのだ。僕の聖属性への適正も、普通の人から見たら異常だが、ミーシャのこれも中々凄い。
「いつものことだけど、いきなり出てくるのはビックリするから止めてくれよ……」
「だって、レイさんをからかうと楽しいんだもの」
「程々にしてくれよ。……って、よく見たら怪我してるじゃないか」
「あっ、いやこれは……」
すぐさま『ライトヒール』を使って怪我を治す。『ライトヒール』は聖属性の回復魔法で、他の属性の回復魔法より効果が高い。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です。いつもすみません……」
何があったのかは聞かない。聞くまでもない。
獣人が怪我をしているなんて、この国では当たり前のことだ。
僕が彼女の怪我を治すのも、もう何回目になるのかわからない。
初めてミーシャと会った時もそうだった。
あの時も、本当にひどい怪我を負っていたっけ……。
※ ※ ※
2年前、僕は魔法の特訓をするために、人気の無いところに向かっていた。
この時の僕は、剣術には興味がなく、ひたすら魔法に打ち込んでいた。
魔法は、使えば使うほど練度が上がるし、魔法を使うのに必要な魔力の量も増えるので、僕は子供の頃から人目を盗んでは魔法を使いまくっていた。
そして、いつの間にか路地裏に入り込んでいたらしい。
さすがに危険だと思って、すぐに出ようとしたのだが……。
「おら、どうした! こんなものか?」
「薄汚い獣人種が、俺たちと同じ言葉を喋ってんじゃねえぞ!」
そこで、見つけてしまった。
見てしまったのだ。この国の闇を。
この国の騎士団の団員ーーつまり、僕の父様の部下が数人、そこにいた。
そこまではいい。騎士団員だって、路地裏に来たくなる時もあるだろう。
問題は、彼らが“獣人を虐待するため”に路地裏に来たということだ。
「おいおい、もう立てなくなったのかよ」
「……もう、許して、くださ……」
「黙れよ、気持ち悪い」
その光景を見て、僕は理解した。
ーーこれは、この国では普通のことなのだと。
歴史を勉強する中で、薄々気づいてはいたのだ。
この国は、人族以外の種族を“穢れている”と教えている。
我々人族こそがこの世で最も優れた種族であり、妖精族や獣人族のような亜人は忌み嫌われて当然の存在だと。
この国では子供はそう教えられるし、大人はそれが当然だと思ってこれまで生きてきた者ばかりだ。
そうやって子供の頃から国の思想に染められれば、何も疑問に思うことなく、亜人を嫌い、見下すようになる。
他国で人族と亜人が共存していると聞けば、その人族たちを裏切り者だと罵るようになる。
僕も、前世の記憶がなかったら、間違いなく洗脳されていただろう。
今までは憶測でしかなかった。
だが、目の前で見てはっきりした。
この国では獣人族や妖精族の良い部分を隠し、悪い部分を徹底的に教え込んでいるのだ。
今まで教えられてきた歴史にも、一体どれだけの“嘘”があったのだろうか。
真実を知らない僕には、あまりはっきりとしたことは言えないけど。
でも、これだけは言える。
「こんな国にずっと居たら、気が狂いそうだ」
僕が呟くと、騎士団員たちが驚いて振り返った。
彼らが何か言う前に、魔法を発動する。
「『ライトレーザー』」
僕の使う聖魔法はどれも威力が高すぎるので、対人戦では相手を殺しかねない。
そのため、初歩的な攻撃魔法である『ライトレーザー』を使う。
レーザーが当たった騎士が吹っ飛び、後ろの騎士も巻き込んで倒れた。
まずは二人だ。
残りの騎士が、「貴様も獣人か!」とか言いながら斬りかかってくる。
取り敢えず、防御魔法を発動する。
「『ライトバリア』」
『ライトニングウォール』はまだ未完成なので、同じ防御魔法の『ライトバリア』を使う。
と言うか、『フラッシュシールド』や『ライトニングウォール』のような自作魔法を使ったら、正体がバレてしまうかもしれないので、使えたとしてもこの状況では使えそうにない。
「くっ! 防御魔法か!」
小さな光の壁が、敵の斬撃を防ぐ。
「こんな物!」と言って必死に壊そうとしているが、中々壊れそうにない。
「『ライトアクセル』」
スピードを高める『ライトアクセル』を使い、素早く騎士たちから距離をとる。
騎士たちには、僕が急に消えたように見えたのだろう。
驚いて、「どこに消えた!?」と叫んでいる。
普通の『ライトアクセル』では、ここまでのスピードは得られないのだから、当然だ。
最後に『ライトレーザー』を連発して、騎士は全員気絶。
念のために『ミラージュ』で記憶を少々弄っておく。
「あ、あの……」
倒れている獣人の子が、話しかけてきた。
白髪の女の子で、頭に猫耳が付いている。
……よく見ると可愛い。
「た、助けてくれてありがとうございます」
「別に君を助けたわけじゃないよ。僕はただ、あいつらにムカついて吹っ飛ばしただけだから」
……なんで僕はツンデレっぽいことを言ってるんだ?
「そ、それでも、ありがとうございます!」
体はボロボロで、動くのも辛いはずなのに、彼女は必死に立ち上がってお礼を言ってくる。
あいつらはこんな良い子を虐めて、何が楽しかったんだろうか?
……ただのストレス発散かな。
この国は、そういう国だから。
そして僕は彼女の怪我を治して、その場を去った。
その後、よく彼女と会うようになり(今思えば向こうから会いに来ていたのだろう)、一緒に街を散策するようになった。
他の獣人族や妖精族とも遊ぶようになった。
教皇の孫である僕のことを彼らがどう思っていたかは分からないけど、自分たちの隠れ家を教えてくれるくらいには、信用してくれたみたいだ。
祖国のことを知れば知る程嫌いになっていた僕にとって、ミーシャ達は大切な友達だった。