八、お忍び計画
たくさんの閲覧、本当にありがとうございます。
開くたびに励まされて泣きそうです。更新頑張りますね!
稽古も一段落したその日、ロゼは木陰での休憩中に好敵手へと声をかけた。
「貴方、明日はお仕事?」
「休みだけど、俺に何をさせたいのかな?」
ノアは兄たちと違ってロゼの言動を楽しみにしている様子がある。だからこそロゼは迷うことなく話を持ちかけることができた。
「お忍び歩きに付き合ってほしいのよ。もちろん貴方の貴重な休日をいただくのだから、相応の給金を支払うわ」
「給金?」
「貴方は陛下の護衛、わたくしを守る義務はないでしょう。それを休日出勤時間外労働させてしまうのだから報酬を用意するのは当然よ」
突き放したつもりはないけれど、悲しいことにそれが二人の正しい関係である。
「……要らない」
「そう……。わかりました! 貴方と一緒なら頼もしいと思ったけれど、他の方に声をかけてみるわね」
気まずい空気にしたくないと声を張り上げる。けれどノアは目を丸くしていた。
「は、なんで? 行かないなんて言ってないけど」
「え? でも、……要らないのでしょう?」
「それがどうして行かないになるのさ」
ロゼとしてはノアのためを思ってのことだった。
「だって貴方、休みの日はたいていわたくしの特訓に付き合ってくれているでしょう。それって疲れてしまわない? 付き合わせているわたくしが言うのも手遅れだけれど、五日働いたら二日は好きなことをして休んだ方がいいと思うのよ」
「休みの日にはしたいことをしろ、そう言ったのはロゼだね」
「ええ。それが休日のあるべき過ごし方だもの」
「だったら俺は休日に街へ出かけた。そこで偶然友達と会った、それでいいよね。別に仕事じゃないし、好きなことをしているだけだから」
つまりはロゼのために自主的にお忍び歩きに付き合うと言っているのだ。
「貴方……訓練中はまったくもって感じさせないけれど、優しいわよね」
「知らなかった?」
そんなはずがない。将来有望な護衛チームのエース様が、未熟な王女の特訓に付き合ってくれているのだ。これが優しいといわずに何と表現すればいいのか。尤も訓練中は本当に容赦がないけれど。
「まさか! いつも付き合ってくれて感謝しているわ。明日も……ねえ、わたくし明日が楽しみよ」
「……俺もだよ」
ロゼの笑顔につられるような微笑みだった。
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王宮を抜け出した先で待っていたのは普通の服を着た少年だ。いつも来ている闇に紛れる黒ではなく、集団の中に溶け込める色合いに深めの帽子。護衛でもなく将来有望な暗殺者でもない、普通の少年の姿をしていた。
「こんにちは。わたくしこれから街に行くところなの。良ければご一緒しません?」
「うん。奇遇だね、俺も。ついでに君のことは守ってあげるから安心していなよ」
どちらからともなく歩き出す――ところまでは良かったのだが。すぐに距離が開く。明らかに意図してノアの速度は遅い。
「あの、どうして後ろからついてくるの? 尾行されているようで落ち着かないわよ!?」
「そう?」
「そう! ……ねえ、今日は本来の立場はお休みなのでしょう? わたくしはただのロゼ、ノアが隣にいても何も問題ないのよ。ね?」
(せめてここにいる間だけは、王女でも未来の攻略対象でもなくて、ただのロゼとノアでいたいなんて。わたくしも我儘ね)
それはロゼのお願いだった。ノアにとって深い意味はないのかもしれないけれど、あの時彼はロゼを友達だと言ってくれた。それなら隣にいてほしいと我儘になってしまう。
「さあ!」
ロゼは手を差し出す。その手とロゼの顔を交互に見比べたノアは何かに納得していた。
「君もそういうところは、あれだね」
「どれかしら?」
思い当たる節がないのだが。
ノアは歩み寄り、差し出された手を取った。軽く引くようにして距離を詰め耳元で囁く。
「君も立派な女王様ってこと」
元々護衛を欲していたロゼのためにも不用意に彼女の正体を口にするべきではないという判断だろう。
「いっそ目指しても様になったと思うよ」
「そんなルート却下だわ」
からかうようなノアの口調にも返答は真剣だ。
「ルート?」
そこは譲れなかった。
順当に国が回れば、次期国王はアイリーシャ・エルレンテとなる。それを自分が割り込んで革命ルートなんて勘弁願いたい。アルベリスが攻め入る格好のチャンスを与えることになる。内乱で弱った国を――なんて考えただけで怖ろしい。だからこそきっぱり否定しておかなければと思う。
「玉座になんて興味ありません。あそこに君臨するのはお兄様の仕事なのだから、頑張っていただかないと。その分わたくしは、わたくしにしか出来ないことをしたいのよ」
(リーシャが亡国の王女にならず幸せでいられるように)
もちろん願うだけで終わらせたりしない。ロゼが信じられるのは姿も知らない神ではなく自分の力だけだ。そのためにも今日の視察とて無駄にはしない。
ひと悶着の後、ノアとは隣だって歩いてくれた。あれから不満は出ていない。
「こうして君の隣を歩くの、初めてだね」
「ノアと歩けるなんて夢みたい」
本当に、あのノアと歩けるなんて夢のようだった。ロゼは躊躇いなく喜んでいたが、ノアは複雑そうにしている。
「それは、どちらかというと俺の台詞じゃない? ねえ――」
きっとその先に続くのは『王女様』だろう。
「隣を歩くって、良いものだね。なんだか一緒にいるって気がするよ」
「一緒にいるのだから当然でしょう。ノアがいてくれて心強いわ。わたくしずっと城下へ行きたいと思っていたの」
「行動派の君がよく今日まで我慢したね」
そんなに猪突猛進に見えるのか。
「あまり幼いと舐められてしまうでしょう」
前世の記憶に残る世界にも誘拐や盗みは存在していた。この世界とはそもそも比べる対象が違うけれどエルレンテでも同じ危険はつきまとうだろう。それを不用意に外出すればどうなるか、想像していなかったなんて言い訳は許されない。
「これでも自らの地位を軽んじているわけではないのよ」
どこかで誘拐されて人質にでもされたら兄たちに迷惑をかけてしまう。本当なら思い立った翌日に――それこそ六歳のうちに外の世界へ飛び出してしまいたかったけれど我慢していたのだ。自衛の技術を学び、自分のために使えるお金を得る日までは。
「ちゃんと考えてるんだ」
「その意外そうな声は心外ね」
「だってさ……君って、今まではっきり聞いたことなかったけど、そもそも何がしたいの? 身体鍛えて城下にまで外出して、さすがに遊びってことはないよね?」
ノアは誰よりも近くでロゼを見てきたけれど、さすがに好敵手でもロゼの思考をすべて理解するとまではいかない。ロゼが書庫で読みふけっている本から読み取ろうと試みたことはあるが無理だった。
「これから先もエルレンテを存続させたい、かしら」
ノアになら打ち明けてもいいと思えた。さすがに将来エルレンテが滅亡して乙女ゲームがどうとは言えないけれど。
「普通に存続すると思うけど?」
どうだかとロゼは悪態をつく。もちろん兄の手腕を疑っているわけでも信じていないわけでもないが、ロゼの知る未来が妄信するなと語りかけるのだ。ロゼブルという運命が襲い掛かる前に回避しなければと囁く。
本日の連続更新はここまでになりそうです。
お付き合いありがとうございました。