七、兄妹決闘
現在ロゼ(この物語の主人公)は十二歳
アイリーシャ(乙女ゲーム『ローゼス・ブルー』の主人公)は六歳
「何とは心外です。わたくしはいつでもエルレンテのために行動しているのですから。王族たる者、有事の際は徒歩で避難しきる脚力が必要不可欠だと思います。そうですわ、明日からお兄様方もいかがでしょう?」
(いつ王宮から避難しなければならない事態に見舞われるかもしれない。その時になってドレスとヒールで走れないなんて泣き言いえないわ)
親切心から誘ったところ、謹んで遠慮申し上げますとの意味合いが揃って返ってきた。
「このお話、埒が明きませんわね。ですからわたくし手っ取り早い解決法も用意しておきましたの」
「俺、嫌な予感しかしないんだけど」
「奇遇ですね。私もですよ」
そして期待に沿うロゼである。
「お兄様方、どなたかわたくしと剣で一騎打ちしてくれません? 要するに、決闘を申し込みます。わたくしの覚悟、お見せいたしましょう」
にっこりと、それはそれは優雅に、まるでダンスの誘いのように決闘を申し込む王女がいた。
決闘の申し込み自体はおかしなことではないのだが。なにせロゼは姫である。それが代理も立てずに、男である兄に勝負を挑んでいるのだ。
妹にそこまで覚悟を示されては受けないわけにいかない、というのがレオナールの兄としての優しさであった。
「レイ、勝ちなさい」
ただし弟には優しくない。
「は? えっ、俺!? 俺がロゼちゃんと決闘するわけ!? 何さらっと決めてくれてんのさ、アニキが行けばよくない!?」
いきなり話の矛先どころか勝手に指名されたレイナスはもちろん反論するが、国王命令という容赦のない圧力の前に敗北を喫した。
「早速嫌な国王権限使うなよ!」
ロゼにとっては想定内、というより好都合である。
「わたくしもレイお兄様と闘いたく希望します。万が一国王陛下に剣を向けて革命だとか不穏な噂が立っても困りますもの。レイお兄様相手なら容赦なく闘えますから」
「俺、昔はさ……レイお兄様が良いの。ロゼ、レイお兄様と一緒にお出かけしたいって名指しで指名された時は兄として勝った! って思って嬉しかったんだけどさ。なんだろう今、全然嬉しくないのな……」
時はうつろううものである。それも残酷に。
~☆~★~☆~★~☆~★~☆~
「これでよろしくて?」
月光を背負い、微笑み勝者の笑みを浮かべたのは妹だ。
「な、おまっ、強くね!?」
絶叫するレイナスは決して弱くない。レオナールが決闘を承諾したのもレイナスが勝つだろうという確信があったからだ。そうしてロゼを諦めさせようとしていた。
ところが結果は審判の判断に頼るまでもなく圧勝である。
レイナスを倒した瞬間、王宮の陰という陰から拍手が、歓声が、あるいは口笛が聞こえてきた。
「おめでとう」
風に紛れるように真っ先にロゼへと届いた祝福は好敵手のものだった。その言葉を心待ちにしていたからこそ、聞き分けられたのかもしれない。姿は見えなかったけれど確かに見守っていてくれた。それを皮切りに祝福が押し寄せる。
「ローゼリア様、おめでとうございます!」
「ついに兄君を倒されましたね!」
ロゼは剣を掲げた。
「みなさんのおかげです。わたくし一人ではここまでの成長を遂げることは叶いませんでした。みなさんが手取り足取り鍛えて下さったからこそ――これはみんなで掴んだ勝利なのです!」
「姫様! もったいないお言葉、ありがとうございます」
涙交じりのものが多かった。
「はあっ!? なにお前、国王直属護衛に教わってたわけ!?」
走り込みこそ堂々たる風格でこなしていたロゼだが、指導者たちの事情もあって稽古自体はこっそりと行っていたのだ。
「王族たるもの、ある程度の戦闘能力も必要不可欠かと」
(いつ物理的な戦闘能力を求められることになるか……他人なんて頼っていられませんし、自分の身と愛する者はこの手で守らないと!)
「しかもドレスでそこまでやる!?」
ロゼが着ているのは先ほどまで晩餐会に出席していたドレス、しかもヒールの高い靴だ。それに髪をひとまとめにしただけという姿である。せめて着替えてからと進言する兄の気遣いを断ってまでこの姿を貫いたのだ。
「これが女性の戦闘服、ヒールにドレスで戦えなければ意味がありません」
(アルベリスはわたくしたちが着替えるのを待ってはくれないのだから)
「てか最後、ポニーテールが顔面に直撃した隙に足払いとか酷くない!?」
「女性特有の立派な武器です」
「え、そうなの? 俺が感覚おかしいの? ねえアニキ!?」
「いえ、レイは何も間違っていないと思います。思いますが……私の妹はいつのまに姫から女戦士になっていたのでしょうか……」
実の妹の王女にあるまじき戦闘力にこちらもわりと衝撃を受けている模様。
「お兄様、勝手にわたくしをジョブチェンジさせないでくださる?」
「俺らの可愛いロゼちゃんはどこ行ったのさ!」
「ですからここに」
嘘だと兄二人の心の声が重なった瞬間である。
「僭越ながらレイナス様。あれも立派な戦略のうちなのです」
見かねたように聞き覚えのある女性の声がフォローに回ってくれた。
「てかお前らも王女に何教えてるわけ!?」
「仕方がなかったのです! ローゼリア様は王家に誕生された奇跡の王女殿下。我ら一同、赤子の頃から存じ上げております。それがお一人で訓練され、お一人で転ばれ……これが放っておけるでしょうか!?」
「いや、無理だ!」
そうだそうだと賛同する声、多数。単純な話、みんなロゼが可愛かったのである。完全に親目線だった。とはいえ姿の見えない影たちである。文句を言おうにも誰一人として姿を現すことはなかった。
収拾がつかないとはこのことだ。けれどみな、とっくにわかっている。この場を治められる人間は一人しかいないのだと。
「お前は、ローゼリアは……病弱だ」
静かなレオナールの許可が下りた。
「いやいや、ロゼちゃんめっちゃ元気に走り込みしてるけど」
「私の妹は病弱で、二十三歳まで生きられるかわからない。そのため健康な体を作るために走り込みをしている、ということにしましょう……」
「苦しくない!?」
「貫き通せばそれが真実となりましょう」
その意気だとロゼが賛同する。
「なんかかっこよくまとめたけどさあ!」
「ただしこれだけは言っておきますけれど。アルベリス帝国有力者からの申し込みであれば前向きに検討しますから」
「お前、そんなにアルベリスに嫁ぎたいわけ?」
「理想の嫁ぎ先ですわね」
今更縁談が回ってくるとは思わないけれど念のためだ。
「二十三を超えれば、まあその……二十三歳でも貰ってくれる相手がいらっしゃるかはわかりませんけれど。それまではどうか王宮に居座ることをお許しください。最初に宣言したように、きっと後悔させませんから」
(――て、そもそもこの世界の結婚適齢期が早すぎると思うのよ!)
前世では二十三歳でも早い方だったのに。
「妹がここまでの覚悟を示すとは、女性がある日突然大人になるというのも嘘ではないようですね」
レオナールが総括のように呟けば王宮には再び夜の静寂が訪れる。
こうしてロゼは二十三歳まで独身の権利を手に入れた。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。