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六十六、次期観光大使

 アイリーシャの宣言を合図に歓声が街を包んだ。その瞬間、割れんばかりの拍手に口笛が重なり、ロゼの元にはあちこちから祝福が押し寄せる。

 率先して口笛を鳴らしていたのはレイナスで、その隣ではレオナールが「おめでとう」と口を動かしている。

 いつのまにかラゼットとロクスの争いにも決着がついており、健闘を讃えあうと穏やかな空気で手を叩いてくれた。イーリスも無傷なようで一安心だ。

 ベルローズに暮らす人々はみな、たった一人の少女のために惜しみない拍手を贈ってくれる。アルベリスの騎士たちも団長の勝利に歓喜しているのか、今にも祝宴が始まりそうな騒ぎだった。

 ロゼは一人一人の姿を目に焼き付けようと、ゆっくりと辺りを見渡していく。もちろんその中には乙女ゲームの主人公にして最愛の姪の姿もあった。それはロゼにとって何よりも意味があることだ。


「ロゼ様! おめでとうございます!」


 けれど人の波をかき分けるように現れたオディールを目にした瞬間には不安が募る。

 最初にロゼとしての自分を受け入れてくれたのはオディールだった。計画に巻き込み、結果成功したとはいえ与えた負担は大きく、いくら背を押してくれたとはいえ巻き込んでしまった負い目がある。それなのに、自分はこれから共に歩んだ共犯者を置き去りにしようとしているのだ。

 落ち着いたとか、大人っぽいだとか、そんな印象を与えるオディールはとにかく興奮した様子でこちらへと走ってくる。


「え……?」


 間の抜けた声を上げるロゼの頭に乗せられたのはフリージアの編み込まれた花冠だ。わけがわからずオディールの顔を見つめていると、横に並んだアイリーシャから似合っていると褒められた。


「ロゼお姉様に、私たちからのプレゼントなのです」


 思わず手を伸ばすと指先に柔らかな花びらが触れ、今度は隣に寄り添うノアから似合っていることを教えられる。鏡がないことを残念に思うも、信頼している人たちからの言葉を疑う必要はないだろう。


「こんなに素敵な物を、わたくしがいただいていいの? わたくし、もらってばかりいる気がするわ」


 たった今、祝福という溢れんばかりの気持ちをもらったばかりなのに。それよりもずっと以前から、ロゼとして受け入れてもらえた日からもらってばかりいる。これから街を去る自分に、はたして何が返せるものはあるだろうか。


「何言ってるのさ。もらってばかりだったのはあたしらの方だよ」


 ロゼの悩みを吹き飛ばすほどのからりとした物言いだ。それでいて呆れを滲ませているのは主に顔馴染みの主婦たちである。


「今までありがとうね、ロゼちゃん。でも、もういいんだよ。リーシャちゃんの言う通りさ。あたしらね、これでも反省したんだよ。ロゼちゃんにさ、ちょっと頼りすぎてたよねって。ロゼちゃんにだってやりたいことがあるはずだろ? それなのに、いつまでもこの街に縛りつけてはおけないってね」


「そうだよ! とっとと幸せになりな! こんなに男前で、強くて一途に想ってくれるような良い男、この街にはいないだろ?」


 口々に感謝を告げられ、いよいよエルレンテを去ることに実感が募る。国を越えたアルベリスからではこれまでのようにエルレンテの観光大使として生きることは難しい。そんな身勝手な自分を彼らは責めることなく祝福しようというのだ。

 誰も、自分の本当の理由を知らないから……


(わたくしは未来を知っていたから……エルレンテが亡びないために、わたくしはわたくしの目的のために観光大使になったのに……)


 滅亡回避の手段として選んだ手段が観光だった。それなのに褒められてばかりいては罪悪感も募る。笑顔を向けられるほど膨れ上がるのは戸惑いだ。

 そんな想いを汲み取るようにアイリーシャが言葉をくれる。


「みなさんのおっしゃられる通りなのです。私たちはもうたくさん、ロゼお姉様からいただいているのですから、いくらお返ししても足りないのは私たちなのですよ!」


 アイリーシャに賛同するようにもう一度拍手が起こった。肩を抱くノアもはっきりと頷いてくれる。


「いいの、ですか、本当に……こんなにも、自分勝手なわたくしなのに……」


 弱気な発言を聞くなり腰に手を宛てたアイリーシャが身を乗り出した。


「ロゼお姉様、誰に勝手だと言われたのですか? そんな人がいるのなら私が叱ってまいります! ロゼお姉様はもうご自分の幸せのために生きて良いのです。私が許すのですから誰にも反対させません!」


 すると耳元ではロゼにしか聞こえないであろう声でノアが呟いた。反対していた筆頭が君だったけどね、と。

 アイリーシャから告げられたそれは、まるで許しのようだった。あの日、前世の記憶を取り戻した日からずっと一人で抱えていた不安が消えていく。


(もう、いいの……? わたくしは……エルレンテは、もう亡びたりしない?)


「安心して下さい。ロゼお姉様に代わって私がエルレンテを守ります!」


 未来など知るはずもないアイリーシャが、まるで憂いを晴らすように頷いてくれる。主人公でもある彼女が言うのなら、それが真実なのたと思えてしまう。さらにアイリーシャが口にしたのはとんでもない決意であった。


「ロゼお姉様。私、観光大使になりたいのです」


「リーシャ!?」


「みなさんともご相談させていただいたのですが、これからはロゼお姉様に代わって私がベルローズの観光大使を務めさせていただくのです。もちろん、まだまだ勉強の途中です」


「でも貴女は!」


 ただの王女である自分と次期国王であるアイリーシャとは何もかもが違い過ぎる。そう指摘すれば、あらかじめ予期していたのだろう。ロゼを納得させるための言葉がしっかりと用意されていた。


「ロゼお姉様だって私くらいの年齢で就任されたと聞きました。私はロゼお姉様の姪なのですよ。これくらいこなせなければ姪失格なのです。それに、尊敬するロゼお姉様の後任は誰にも渡せません!」


 姪失格などという謎の理論を並べておきながらアイリーシャの意気込みは本物だ。すでに了承は得ているらしく、オディールも新たな観光大使に寄り添うようだった。驚きに失念していたが、どうやら驚いているのは自分一人だったらしい。


「ロゼ様、どうかご安心ください。私、精一杯リーシャ様を支えてみせます。もちろん私だけではありません。息子も、旦那様も、街の人たちだって同じ気持ちです」


 街の人たちと同じように、この二人にもしっかりと信頼関係が築かれている。そんな姿に寂しさを覚えるのだから贅沢な悩みだ。


「ロゼ様。私はこれからもこの街と共に生きていきます。けれどロゼ様のいたい場所は、ここではないのですよね?」


 オディールもまた、かつて愛する人と生きる道を選んだ。同じ境遇に立つ彼女には本心など全て見透かされているのだろう。


「ロゼお姉様、任せて下さい。この国は私が守ってみせます!」


「リーシャ……」


 本当は嬉しかったのだ。大好きなアイリーシャが、大切なこの場所を守ろうとしてくれることが。


「ありがとう、リーシャ。貴女になら任せられるわ」


「はいっ!」


「あの二人とも、わたしの立場は……」


 レオナールは頼もしすぎる娘の決意に人知れず涙を流したという。そんな兄を慰めるのはこれからも決まって弟の役目だ。


「アニキ……父親ってのはさ、悲しいもんだよな」


 悲しみを和らげるべく肩を叩くのだが、レオナールは対応がお気に召さなかったらしい。


「お前に私の何がわかるのです? 結婚もしていないくせに何を言うのですか!」


 その言葉は確実にレイナスの心を抉り、祝宴の場に涙する者は二人となった。

 涙する者がいる一方では、ラゼットが終始不敵な笑みを浮かべている。まるで彼こそがこの決闘の勝者であるかのように。


「歓迎するぞ、アルベリスの観光大使殿」


 しかしロゼはこのとんでもない発言に訂正を求めた。


「貴方、本気でわたくしに務まると思っているの? あのアルベリスなのよ!?」


「もちろんだ。妃として迎えることは叶わなかったが、俺としてはあんたがアルベリスに来てくれるのなら願ったりだな。ぜひ我が国でもその手腕を発揮してもらいたい。これもまた良い結末だな!」


「それを聞いてしまうと、なんだかラゼットの独り勝ちみたいね」


 清々しいほどの笑みには返す言葉もない。嫁ぎ先である国の時期皇帝陛下が歓迎してくれているのだ。ここは有り難く思うべきだろう。ロゼは隣のノアを見上げて問いかける。


「どうやらわたくしの居場所はエルレンテにはなくなってしまったみたいね。これからは、貴方のそばに置いていただけますか?」


「もちろん。でも、本当にいいの? 本当に俺と結婚してくれる? 姪と離れても!?」


「その確認の仕方って……」


 ロゼは危うく飛び出しかけた反論を、これまでの自らの行いの結果だと呑みんだ。

 たとえ何を引きかえにしたとしても自分が選ぶ答えは変わらない。その決意をここで示しておくべきなのだろう。


「たとえアイリーシャの成長をそばで見守ることが出来なかったとしてもよ」


 それを告げた瞬間のノアの喜びようといえば、感極まってロゼを抱き上げるほどであった。嬉しいと絞り出すような言葉は心からの叫びなのだろう。自分の方が感動させられてしまった。

閲覧ありがとうございます。

次の観光大使はリーシャです!

よろしくお願い致します。

この辺りのお話は、連載開始からこうしたい!と意気込んでいた展開なのですが、ここまで続けられましたのは本当に読んで下さるみなさまのおかげです。そんな幸せを一話書くごとにかみしめております。

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