六、好敵手になった
前回の話が途中で途切れてしまったので、続きお待たせいたしました!
「走り込みも体術も、剣術だって必要ないだろう」
「一般的には、そうかもしれないわ」
「へえ、一応わかってるんだ。ならどうしてあんな……」
「あんな?」
「……俺は、王女が走り込みを始めたと聞いて最初、笑った。嘘だと思った」
「はあ……」
「俺たち直属護衛チームの間でもその話題で持ちきりだった」
「そんなに有名な話?」
本人を前に語られると恥ずかしいものである。
「賭けていたんだ。いつ君が根を上げるかって」
「そんなことをしていましたのね……」
護衛達の知られざる娯楽。
「俺は翌日に賭けた」
「評価低っ!」
――コホン。ついうっかり本音が。
「そうだよ。一日で止めると思った。けど君は今でも走り続けている。雨の日も、暑い日も、寒い日もだ。ついには走るだけでは飽き足らず幼稚な稽古まで始めた」
「期待に沿えず悪かったわね。残念、これからも辞める予定はないのよ」
「本当に……おかげで見かねた奴らは稽古までつけ始めた」
これは本格的にどういった用件なのだろうか。
「もう負けない」
(えっと、わたくしが鈍すぎるのかしら……さっきから言われていることがさっぱり……)
「もう君に後れを取ったりしない。だから、良ければ今度……手合わせを、どうかな?」
「わたくし、と……貴方が!?」
「嫌なら――」
「い、嫌なわけがないでしょう! 貴方とてもつよ――く、なる方ですし――、だと思いますもの! 貴方と共に切磋琢磨させていただけるなんて光栄、喜んでよ!」
あの白い影が稽古をつけてくれるなんて最高の先生だと思う。
「……ノア」
「え?」
「名前、ノアだよ」
どうして彼は――ノアは教えてくれたのだろう。これでうっかり知らないはずの名前を呼んでしまったという展開は消える。喜ばしいことだ。堂々と彼の名前を呼ぶ権利を得たのだから。
(そう、嬉しいことのはずなのに……わたくしたち、本当は出会うはずもなかった人間なのよ)
心に引っかかるものは何だろう。
そう考えると少し寂しいけれど、それがロゼブルという運命の世界だ。
「呼んでも、許されるの?」
許しがほしかった。認めてほしかった。だから自分でも思う以上に悲し気な声が出ていたと思う。
ノアはまた驚いたような顔をして、そして笑った。昨日の刺々しさは消えている。
「じゃなきゃ名乗らない。じゃあ、またね。……ローゼリア様」
その瞬間、ロゼは目を見開いていた。
「ちょっとお待ちくださいな!」
食い気味で呼び止めていた。
「わたくしのことはロゼと呼んで!」
「けど……」
「わたくしたち、だって、その……」
その、何だろう。友達というにはどこか違う気がする。そうだ、彼の誘いは手合わせなのだからもっと――
「好敵手でしょう? ……ね?」
未来の凄腕暗殺者様に対しておこがましいかもしれないけれど、攻略対象様に様付けで呼ばれるなんて心臓に悪すぎるというのが本音だ。
おかしそうに目を細めるノアは、確かにロゼの知る姿へと近づいているように感じた。そして書庫には感動のあまり落ち着いて本を読んではいられないロゼが取り残される。
~☆~★~☆~★~☆~★~☆~
ロゼが十二を数えた年、第一王子である兄レオナールが即位する。
仲の良い前国王夫婦はさっさと引退を宣言して隠居生活を送るつもりらしい。二人そろって視察や外遊の名目で各国をめぐるそうだ。国が平和な証でもある。
これはロゼにとっての好機だった。長年胸に秘めていた想いを吐露する時がついに来た。
「お兄様、いいえ国王陛下。本日はおりいって相談がございます」
「その始まりからしてあまり聞きたくないですね」
苦笑いで出鼻を挫いてくれたレオナールである。
「まあそうおっしゃらずに。こんなことレオナール国王陛下にしか申し上げられませんもの」
「それはつまり父上には言えないようなこと、と言いたいわけかな」
「そうとも言うかもしれませんわね」
ものは言い様である。
「さて、何が狙いかな」
とてもため息交じりの発言だった。
「わたくし二十三歳までは結婚したくありませんの」
兄二人は盛大に目を見開き、互いに顔を見合わせ、そろってため息を吐いた。あるいは椅子からずり落ちる寸前だったかもしれない。
恒例の晩餐会はレオナールの即位を祝うものとなるはずだった。それが主役のはずであるレオナールは既にげんなりとしている。もしかしなくても妹の発言が原因だ。
「言いたいことは色々ありますが……なんです、その具体的な年齢は」
現在二十四歳であるレオナールとロゼの年齢差は十二ある。歳の離れた妹が産まれた時、誰よりも喜んだのは母だろう。なにせ待望の女児である。もちろんレオナールも兄として妹の誕生を喜んだ。一つ年下の弟レイナスとは比べ物にならない愛おしさを抱いたことを鮮明に覚えている。
それが今や「妹との接し方がわからない」というのがここ数年の悩みであった。時折妹を慕う妻のミラにも相談しているが、なにせプロポーズ事件以来ロゼを妄信しているので頼りにならなかった。こんなことになるなんてとレオナールはまた頭を抱えた。
「わたくし二十三歳まで生きていられるかわかりませんもの」
「それはっ! ……えっと、人間誰しもが、そうだと思いますが……?」
少しだけ冷静さの戻ったレオナールは声に出しながら自分の言葉にその通りだと気付いていく。
「わたくしも来年が社交界デビュー、王女の役目は理解しているつもりですけれど……」
現段階で王女ローゼリアに婚約者はいない。候補には上がっているが、どれも決定打に欠けるというのが難航している理由だ。
もちろん政略結婚もいとわないのがロゼの心情である。特にアルベリス有力者行きの嫁入り切符なら喜んで受け取ろう。内部からアルベリスの事情を探り放題だ。しかし上手くいかないのが人生、すべて断られた後である。
となればいずれは他の嫁ぎ先を探さなければならない。しかし今のロゼは王女という地位を失って他家に嫁入りしている場合ではなかった。アルベリスに嫁ぐことが叶わないのであれば、エルレンテ王宮で王女として出来ることをしなければならない。どこかの家に嫁いで良妻を目指している暇はない。
二十三歳、すなわちリーシャが十七歳になるまでは!
まだ十二歳ではない。もう十二歳になってしまった。稽古を欠かすことはないし勉強を怠ってもいない。けれどまだ、ロゼにとっての成果はなにもない。そんな状況で結婚の約束なんて取り付けられてはたまらないのだ。
「後悔はさせません。王宮に居座るのですから、ローゼリア王女が独身で良かったーと思わせるような成果を上げてご覧に入れますわ」
「いや、妹が独身で良かったってどんな成果だよ!」
もちろん不安なのはレイナスだけではない。
「お前、何か企んでいますね」
「当然ですわ」
「さらっと白状した!?」
「取引で嘘を吐くなんて無駄なことはしません。けれどローゼリア・エルレンテの名に誓って、エルレンテの不利になるようなことはしないと約束します」
「しかし王女がいつまでも独り身というわけにも……。国内の貴族からもすでに婚約の話は上がっています。それらすべてを断れと?」
「わたくし病弱なのです」
そう言い訳してもらいたい。
「病弱な子は離宮の周り走ったりしないと思うんだけど……」
レイナスの尤もな指摘に、そういえばそんなこともしていたなとレオナールも呆れた。
「ロゼちゃーん、ホント何やってんのさぁ」
指摘はもっともだがロゼとてここで折れるわけにはいかない。
と、またも中途半端で途切れてしまうという……。今日中にはまた続きを上げたいです。
閲覧ありがとうございます。
本当に本当に感動しています。このお礼は更新することでお返しできればと思います!