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六十四、本音の叫び

 生まれ育った王宮、見慣れた街並み、親しい友人たち。そのどこにもノアの姿はない。平和な光景に喜びながらも落胆していた。


「ロゼ……?」


「今はわたくしが時間をいただいているのです!」


 ノアが何を言おうと関係ない。そう強く心に決めていたせいか問答無用で跳ね除けていた。


「もう貴方が何を言おうと関係ありません。一人で背負おうとしないで、わたくしを卑怯者にしないで! だいたい何が悪役よ。何が俺のせいにすればいいよ。いいわけないでしょう! わたくしを無責任で卑怯な観光大使にするつもり!? 貴方一人に責任を押し付けて終わりなんて、納得すると思っているの!? 罪なら一緒に背負うのよ!」


 いつか彼以外の人と結婚することもあると、どうして思えたのだろ。物わかりの良いふりをして生きてきたけれど、どうやら自分は随分と我儘な人間だったらしい。


「たとえ認めてくれない人がいたとしても貴方を選びます。家族と離れても、故郷を去るのだとしても、わたくしは貴方と生きたい! けど、貴方はどうなの!? わたくしを望んでくれるというのなら、まずは相応の言葉を要求します。そもそも……わたくしは一番大切なことを聞かされた覚えがなくってよ!」


 なんだなんだという空気が一斉に広がった。ロゼは羞恥も忘れて勢いのまま叫んだことを後に後悔する。


「貴方わたくしのことが好きなの!?」


 まるで場が凍ったような衝撃だった。ノアは唖然とし、アイリーシャは信じられないものを見るような眼差しを問いかけられた人物に向けている。我に返ったノアはしばし考え込んでいるが、結論が出るのは早かった。


「ロゼ、俺は君を愛してる。君は、本当に格好良いね」


 照れもせずに、当然のように答えるのだ。飾り気はないけれど、これ以上のない愛の告白に街中がざわついた。ノアとロクスが闘っている時よりも反応は大きく、みなアルベリスで待つ者に語り継ごうと必死にその光景を目に収めている。


「ねえ、ロゼは?」


「わたくし!?」


 聞き返されるとは想定外だった。しかも期待の眼差しである。この場で大観衆を前に言えというのか。たった今、自分も同じことを強要した身ではあるけれど!


「わ、わたくしは……それは、もちろん……」


 同じと答えるだけでは足りない気がした。

 格好良いとノアは言うけれど自分には過ぎた評価だ。けれどノアが本当にそう感じてくれたのだとしたら、彼の隣に立つために努力した結果である。これから先も、ノアの隣に立つために。


(そうよ……わたくしだって、前世からずっと!)


「ノアが好きよ!」


 ロゼブルの攻略対象を思い浮かべた時でさえ、最初に考えたのはノアのことなのだから。


「だそうですよ。アイリーシャ様?」


 勝ち誇ったかのようなノアの態度にアイリーシャは牙を剥いた。


「ちょっと好きと言われたくらいで良い気にならないほしいのです。私なんて数えきれないくらい言われているのですからね!」


 確かに回数でいえばアイリーシャに勝てる者はいない。ノアもよくよく理解しているため、そうですねと反論することなく受け入れていた。


「アイリーシャ様。確かに俺はロゼを守れませんでした。けど、二度と同じ過ちは繰り返さないと誓う。この命に代えても、この先誰が彼女を奪おうとしても守ります。俺から奪うのがアイリーシャ様だとしても、譲れない」


「なによ、それ……」


 アイリーシャの手から木刀が落ちて転がった。


「……言いがかりをつけたのは、私なのよ」


 下を向くアイリーシャは小さな声で語る。けれどノアにはしっかりと届いていた。


「ノア・ヴィクトワールに責任がないことくらい、私にだって……。私だって、ロゼお姉様を守れなかったもの。それなのに、どうして文句を言わないの!? こんなの、ただの八つ当たりだと言えばいいじゃない!」


 アイリーシャは敏い子だ。あの状況では誰もロゼを助けることが出来なかったことも最初から理解していた。それなのにノアを責めてしまったことも自覚している。たまらず駆け寄ろうとしたロゼだが、いつの間にか隣にはレイナスが立っていた。


「あの、レイお兄様? わたくしリーシャのところに行きたいのですけれど……何をしていらっしゃるの?」


 その手には何故か木刀が握られていた。本当に何をしにきたのだろう。


「まあまあ、ロゼちゃんはもう少しだけ待っててよ。俺ってば、可愛い妹に負けてから結構特訓したんだよ? 特訓の成果、見せてあげようと思ってさ」


 などと場にそぐわない発言をし、身体をほぐす様子はまるで準備運動だ。


「そうなのですよ、ロゼ。レイの努力を見てやってください。もちろん私も、可愛い妹のためには身体を張ってみようかと思いまして」


 レオナールの手にも木刀である。レイナスとは手合わせをしたこともあるが、レオナールが木刀とはいえ教養以外で武器を手にするのを見たことがない。


「あの、レオお兄様まで何を?」


「あれほど大きな口を叩かれて黙ってはいられません」


 レオナールは悪戯っぽく微笑むが、背後から立ち上るのは不穏な気配だ。


「つまりここからが本当の闘いってことだろ」


 何を言い出すのかとロゼが振り返れば、そこにはラゼットを始め次々に武器を手に取る人々の姿があった。ロゼがその意味を理解したのはレオナールの宣言を受けてからだ。


「この際ルールなんて忘れてしまいましょう。この国の王が言うのですから、私がルールですよね? さあ、ロゼを守りたい者は武器を取ってください」


 ロゼの困惑などお構いなしにラゼットも騎士たちを煽り始める。


「アルベリスの勇敢な騎士たちよ。日ごろの鍛錬の成果を見せる時だ。わかるな? ここでどさくさに紛れて奴を打ち取れば名を挙げられるぞ。奴を打ち取った者には褒美を取らす!」


 勇猛な騎士たちの雄たけびにロゼの声は掻き消される寸前だ。必死にラゼットの袖を引く。


「ちょっとラゼット、貴方正々堂々がどうとか言っていなかった!?」


「歩く厄災に普通の人間が敵うかよ。お綺麗な決闘だけで済ませられるかっての。疲弊させたところを全員で叩く」


 ラゼットは唇の端を吊り上げ獲物を狙うような眼差しで木刀を受け止めて見せた。この形相であれば本来の口癖も様になるだろう。

 叔母と姪の絆、胸を打つ告白に感動していたはずの会場は乱闘騒ぎの寸前だ。アイリーシャはすかさず舞台から叫ぶ。


「みなさん! ノア・ヴィクトワールは構いませんけれど、ロゼお姉様に怪我をさせたら許しませんからね!」


「そうだよ。俺のロゼに怪我させたら許さないから」


 ロゼを中心にして包囲網は完成しつつある。圧倒的な数を前にしてもノアの態度は変わらない。


「俺のロゼだなんて、これだけの人たちを前にしてよく言えるのですね」


「アイリーシャ様に誓ったばかりですから。ロゼ! 今度はちゃんと、助けに行く。だから、そこで待っていて」


 一歩も揺らがずに、そんな風に言われては動けるはずもなかった。

ありがとうございました。

次回で長きに渡ったロゼ争奪戦も決着致しますので見届けていただけましたら幸いです。

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