六十二、闘いの幕開け
2巻の発売日は5月11日だそうです!
大変失礼致しました。もしよろしければ成長したロゼたちを見てやって下さいませ。
ノアの暗躍により大会の参加者は激減した。さらにアイリーシャの演説が強力な効果を発揮した結果、残った参加者は数人程度であった。これは半端な覚悟では挑むことの許されない闘いなのだと、ようやく思い知らされたのだ。
大会では、かつてとある少女が木の枝を手に立ち回ったことに敬意を表して木刀を使用することが定められている。本気を出せば女性でも木の棒でカボチャが割れるのだから根性をみせろという意味らしい。勝敗は相手が負けを認めるか、立ち上がる気力がなくなるまで続けられる。
「ついに始まったローゼリア姫をめぐる闘い! 勝つのは、勝者は!? ローゼリア姫は誰の手に!?」
ロゼの願いは虚しく、闘いは始まっていた。白熱する司会、熱狂する会場、場が盛り上がるほどロゼは自分が冷めていることを自覚する。
「あの方も随分と司会進行が上達されましたわねえ……」
かつて豊穣の祭りにおいて孤独に大会の運営を行っていた青年はもう一人ではなくなった。偶然指名された役目とはいえ、元々気質があったのだろう。
「ようお嬢さん。隣、失礼するぜ」
ノアに叩きのめされたラゼットが戻ってきたところだ。公の場では別として、仮にも皇子だというのにノアはラゼット相手には遠慮がないように見える。かといってラゼットに注意をする素振りはなく、むしろ気兼ねない関係を気に入っているようにも見えた。
そんなノアは現在ロクスと対戦中だ。騎士団のトップが剣を交えるとあっては会場の盛り上がりも最高潮となっている。
争奪戦と銘打ってはいるが、実際のところは一人ずつノアと闘う形式を取るらしい。優勝候補が誰かわかった上でのルールであり、オディールから聞かされた話では決勝戦までアイリーシャが闘うことはないらしく、少しだけ安心していた。
「王女殿下には出来る限り奴を疲弊させると啖呵を切ってはみたが、清々しく負けてしまったな」
「貴方まで本当に参加する必要はなかったと思うのだけれど……」
仮にラゼットが勝者になったとして、小国の姫をもらったところで利点はないと思う。
「無論、俺が勝てば丁重に扱わせてもらったさ。この分も込みで一矢報いてやろと思ったが、さすがに騎士団長殿には及ばないな。正々堂々挑むのは心地良いが、やはり俺に足止めは難しい。後は副団長殿に任せるとしよう」
頬に触れながら対戦を見守るラゼットは足止めと言った。ロクスは攻撃を仕掛けるも危険になればすぐに距離を取り、まるで時間を稼ぐような戦法だ。
「決勝までに疲弊していれば王女殿下の一撃でも決着がつくかもしれないだろう?」
ラゼットは軽く言うけれど、ロゼにはどうしてもノアが敗北する姿を想像することは難しかった。頷けずに迷っていると、男性陣の鬼気迫る声援が舞台へと集まる。
「いけええぇ! 副団長!」
「やっちまえええ!」
「俺らの仇を取ってくれええぇ!」
これまでの声援とは気合が違った。
(ノアったら、どんな恐怖政治を……いえ、考えるのは止めておきましょう)
「みなさん随分と気合を入れて応援されているのですね!」
ノアを疑ってしまった自分とは違う、イーリスの純粋な感想に癒される。真の癒し枠はここにいたらしい。
「誰か、ノアを止められる人はいるのかしらね」
ラゼットが負け、次にロクスが負けを認めたのなら、あとに残るのはアイリーシャだけだ。
「一人だけなら心当たりがあるぞ」
「そんな方がいらっしゃるのならぜひ顔を見て見たいものだわ。騎士団に推薦した方がいいのではないかしら」
「なるほど。ロゼ、アルベリスの騎士団に興味はあるか?」
早速ラゼットが勧誘を始めた相手は目の前にいる自分だった。
「わたくしというのは、さすがに無理があると思うけれど……」
ラゼットは知らないのだ。鍛練の度に何度も負かされていたことを、成長したところで同じ結果になることを。
「止められるならって話だろ? なら俺の予想は当たっている。あの時水路で目にした団長殿は、とても無敗を誇る人間には見えなかった。本当にあんたのことを大切に思っているんだな」
ただ一人の目撃者であるラゼットからの証言。彼はロゼが目覚めるまでの間、ノアがどんな様子で過ごしていたのかも知っている。そんなラゼットから感慨深く呟かれ、一体どんな様子だったのかと気になってしまった。けれど問いただす時間は残されていない。
「お、そろそろ決着が付きそうだ」
ちょうどロクスの眼前に木刀が向けられたところだ。
「まだやるの?」
「さすがは兄上。まいりました」
兄弟対決はノアが制し、会場にいる騎士たちは目に見えて落胆する。そんな彼らに向けてノアは「顔は覚えたから」と不吉な発言を残して一度舞台を下りていった。騎士たちの顔は絶望に染まり、唯一負けたロクスだけが清々しい表情を浮かべている。
ラゼットは席に戻ったロクスを労うように話しかけた。
「副団長殿もなかなか良い仕事をするじゃないか」
「はい。申し訳ありません……殿下に不甲斐ない姿を晒してしまいました。さらには公衆の面前での敗北……いつでも副団長の任を解任される覚悟は出来ております」
「俺は労ったつもりなんだが」
「私は愚かです。何故、ほんの一時でも自分が成長しているなどと夢をみてしまったのか……」
「そうか? 多少は疲れさせることにも成功したと思うぞ」
「甘いですよ。兄はあれしきのことで止められる人間ではありません」
ロゼはとっさに席を立つ。何気ないロクスの一言が不安を爆発させた。
「あー、副団長殿。頼むからこれ以上ロゼの不安を煽ってくれるなよ?」
ノアの警告にも怯まない数少ない騎士たちが敗北し、ラゼットが負けを認め、ついにロクスまでもが降参してしまった。残されたのは最後の一試合のみ。
「ああ、私はまた余計なことをしてしまったのですね。どのようにして償えば……」
「すまないが、俺は今にも飛び出しそうなロゼを止めるので忙しいからな! 自分で立ち直っておいてくれよ!?」
その言葉通り、ロゼの腕はラゼットに掴まれている。
「ここで見届けてやれ。それがあの子の望みだ」
「……ラゼットまでそう言うのね」
今日まで何度もアイリーシャを止めようとするたびに同じことを言われた。兄から、オディールから、本人にさえも。何度止めても、アイリーシャが頷くことはなかった。
「わたくしが止めても駄目だったわ。こんなこと、初めて……レオお兄様も、ミラお義姉様も、オディールだってリーシャを止めようとしないわ。どうして、どうしてみんな黙って見ていられるの!?」
するとラゼットは狼狽えもせずに答えてみせる。
「大会のルールは聞いたろ。始めから王女殿下が闘うのは決勝だけと決まっていた。勝ち残る相手もまあ、最初から決まっているな。あんたは団長殿が王女殿下に怪我をさせると思うのか? そもそも、何故こんな危険なことを国王陛下が許可したと思う?」
「それは、リーシャを止めることが出来なかったから……」
「そうだろうな。だが陛下もわかっているのさ。団長殿が王女殿下に怪我を負わせることは絶対にないと。そんなことをしてみろ、ロゼに嫌われてしまうからな」
ラゼットの言う通りだ。たとえアイリーシャが望んだ結果だとしてもノアのことを許せなかったと思う。
「俺たちも、王女殿下もそれをわかっているのさ。王女殿下は勝てないことも承知の上だと話していたよ」
「なら、どうして決闘なんて……こんなことをしたって……」
ロゼは縋る思いでアイリーシャの姿を探した。すでに舞台に立つアイリーシャの決意はやはり変わらないのだろう。
唖然とするロゼの元に歩み寄るオディールは躊躇うような素振りを見せてから口を開く。どうしても自らの知る真実を伝えなければならないと動いていた。
「ロゼ様。リーシャ様はおそらく、負けるおつもりなのだと思います」
ロゼを置き去りに、舞台の上では最後の闘いが始まった。
私、見た目可愛いのに勇ましい女性が大好きみたいで……そんな願望をたっぷり詰め込ませていただいております。
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