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六十、兄弟の再会

5月12日、2巻発売予定です!

「貴女がローゼリア様ですか!?」


 まさかイーリスが自身の名を記憶しているとは思わず、ロゼは驚きながら頷いた。


「ローゼリア様が兄を守って下さったと、親切な方が教えてくれました。アルベリスの者として、あの人の弟として、感謝しています」


 ロゼはきっぱりと言い切るイーリスの姿に目を見張る。


「イーリス殿下にとってラゼットは、お兄様……」


「どういう意味ですか?」


 ラゼットが弟について語る場面には遭遇したけれど、イーリスにとってもラゼットは兄であると。当たり前の事実でさえ、殺伐としたゲームには語られることのないものだ。


「お兄様のことを大切に思っていらっしゃるのですね。わたくしにも兄がいますから、兄弟の絆に感動していたのですわ」


 包み隠さず答えるとイーリスの表情は曇り始めた。


「僕たちの間に絆なんて……」


「お兄様のことが心配で駆けつけたのではないのですか?」


「ちがっ、わない……です、けど……」


 恩人に嘘はつきたくないと、イーリスは必死に言葉を探している。泣き出す寸前のような表情は未来の毅然とした姿とは別人だ。兄を失う未来はそれほどまでに彼を追い詰めたのだろう。


「ローゼリア様はご存知ないかもしれませんが、僕は兄に嫌われているんです。それなのにこうして押しかけて、僕がどんな理由でこの場に居ようと兄にとっては迷惑でしかありません。心配で駆けつけたと説明しても信じてもらえるかどうか……僕たちの関係は、複雑でしたから」


 最後にイーリスはこの話は聞かなかったことにしてほしいと願った。


(複雑というか……複雑に誤解しあっているだけのようね)


 ゲームでは希薄だった兄弟の関係。けれど今目の前にいるイーリスは兄のために頭を下げ、兄の無事を喜んでいる。玉座をめぐる複雑な関係が誤解を生んでいるだけだ。すれ違い、最後までわかりあうことの出来なかった兄弟を放ってはおけない。


「イーリス殿下。殿下がわたくしに恩義を感じてくださっているのなら、わたくしのささやかな願いを叶えてはいただけませんか?」


「もちろんです。僕に出来ることなら、なんだって!」


「どうかラゼットに本当の気持ちを伝えてください。ラゼットは貴方と話すことを望んでいました。ですから真実を隠される必要はないのです。きっと会ってみればわかりますわ。さあ、参りましょう。責任をもってラゼットの元へお連れします」


 しかしまとまりかけた話を否定する者たちがいた。


「いえローゼリア様は休まれて下さい!」


 平伏したまま騎士たちは提案する。


「何度同じことを言わせるのかしら?」


 だから放っておくようにと一睨みで圧倒する。逆らうことの出来ない騎士たちは頷くしかなかった。


「なんという迫力。さすが団長の見込んだお人……」


 路地に残された呟きはロゼの元までは届かなかった。



~☆~★~☆~★~☆~★~☆~


 イーリスを案内するロゼは街の中心地へと異動した。一大イベントが開催されるための舞台はわずか数日で街の中心地に建設されたのだ。

 会場に目を向けたとたん、ロゼは賑わいとは別の異変を感じ取る。運営と思わしき街の住人たちが落ち着かない様子で絶えず顔を見合わせているのだ。


「今日は何か、お祭りでもあるんですか?」


 純粋なイーリスの発言。悪意があるはずないとわかっているので深く考えてはいけない。今こそ観光大使として立派に答えるべきなのだが、ロゼにとっては想像を絶する困難であった。代わってロクスが説明をしてくれる。


「何かあったのかしら……。ロクス、イーリス殿下をお願いね。少し様子を見てくるわ」


「その必要はないぞ。状況なら俺が説明してやろう」


 忙しない空気とは無縁のようにのんびりと現れたのはラゼットだ。


「もう会場に着いていたのね。良かったわ」


「あんたは早々に王宮を出たわりに遅い到着だな。あんたのことだ、街の見回りでも……っておいまさか、イーリスか!?」


 ラゼットも遅れて気付いたようだ。その慌てぶりには親近感が募る。


「正解よ。見回りをしていたら彼と会いました」


「イーリス、何故ここにいる!?」


 疑問を向けられたイーリスは無表情のまま淡々と答え始めた。


「行方を眩ませたラゼット殿下がエルレンテで発見されたと聞かされました。暗殺騒ぎが起きたとも、聞きました。主犯はジルク家に連なる者だということも……僕はジルク家の者として真偽を確かめなければなりません」


 ラゼットは黙って弟の話に耳を傾ける。というより会話することに慣れていないのだろう。二人の間にはぎこちないという空気が漂っている。


「ラゼット殿下が行方を眩ませてから城内がどれほどの騒ぎに陥ったか、わかりますか?」


「すまない……」


「たくさんの不安が飛び交っていました。そうして僕はまたラゼット殿下の偉大さを見せつけられる。国が求めているのは僕じゃない。僕じゃだめなんですよ。わかっているんですか? アルベリスは、ラゼット殿下が治めるべきなんです! だから、軽率な行動は慎んで下さい」


 優秀な第一皇子として産まれ育ったラゼットは皇帝の筆頭候補。付け入る隙があるとすれば母親の身分くらいのもので、幼いイーリスはすでに兄に叶わないことを悟っていた。周囲に流されるように争いに加わってはいるが、すでに諦めているのだ。

 けれど現実は、運命はイーリスを皇帝に選ぶ。

 イーリスは自らが頼りなかったせいでジルク家の者が兄を貶めたと知り、兄を追いやってまで皇帝の座に就いたことを悔いた。兄が帰らぬ人となったことで自らの過ちを自覚し、心を閉ざしてでも皇帝として生きる決意を固める。

 一方でラゼットは自らを貶めた元凶こそがイーリスであると誤解する。

 兄弟はお互いを憎み合みあい、すれ違う二人が家族に戻ることはない。唯一救いがあるとするのなら、互いの胸中を吐露する最期の瞬間だ。ただしそれは懺悔であって和解ではない。


(――というのがゲームでの二人ね。けれどこの世界でなら上手くいきそうだわ)


 話し合う時間はいくらでもある。ここにイーリスの意思ははっきりと示され、ゲームのように流されるのではなく、皇帝にならずとも構わないと宣言したのだから。大臣が聞いたのなら卒倒するだろう。


「ああ、肝に銘じる。今回のことで身に染みたよ。心配をかけたな、イーリス」


「あ! いえ、それは……はい……」


 イーリスの表情は随分と嬉しそうだ。和解する兄弟の美しさ、これもロゼが守った未来の一つ。この運命でなら手を取りあえると確信させるには十分だ。そのための手助けなら惜しむつもりはない。

 美しい再会に感動しているとイーリスはロゼに向き直る。


「ローゼリア様、ありがとうございます。おかげで少しだけ……兄と向き合うことが出来ました」


「いいえ、わたくしは何もしていませんわ」


「なんだ、ロゼ。弟からの感謝が受け取れないのか?」


「ラゼット!?」


「イーリスの言う通り、俺もあんたにはいくら感謝しても足りないと思うぞ」


 ここでラゼットは弟の肩をもつらしい。楽しそうに顔を見合わせる兄弟、その通りですと口々に賛同するアルベリスの関係者たち。さらにはロクスにまで頷かれ、ロゼは危うく助けてと叫びたくなった。


「も、もういいでしょう!? さあ、イーリス殿下もお座りになって下さい。もうすぐ大会が始まるそうですよ。ちょうどお兄様のお隣が空いているようですし、この機会に親睦を深めていってくださいね」


 賞品であるロゼと、アルベリスの皇子であるラゼットには特別な席が用意されている。ゆったりと寛げる椅子に日差しを遮る傘、そして飲み物付きだ。


「親睦……あの、ロクスから聞きしました。事情はあまり飲みこめていないのですが、兄が参加するのであれば僕も参加した方がいいでしょうか?」


「イーリス殿下が参加される必要はなくってよ!?」


「そうですか? ロクスがよくお兄さんと剣を交えていたことを思い出したものですから。ローゼリア様も勧めて下さいましたし、親睦を深める良い方法なのかと」


「同じことを考えたわたくしが言うのも複雑ですけれど、あえて言わせていただきますわ。決闘以外でなら大歓迎ですっ!」


 ここで二人が剣を交えれば皇帝の座を争っているようにしか見えないだろう。

本日は兄弟のお話となりました。

閲覧ありがとうございます。

そういえば、この物語には色々な兄弟がおりますね。仲良しだったり、突然兄弟になったり…まだ少しぎこちない二人ですが、彼ら兄弟もよろしくお願い致します!

そして2巻の書影も公開されておりますので、成長した彼らもどうぞよろしくお願い致します!

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