五十九、四人目
5月12日『異世界で観光大使はじめました。~転生先は主人公の叔母です~2』発売予定となりました。
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急ぎ追いかけると少年は壁際へと追い詰められていた。彼を路地へと引き込んだ大人たちは三人で、取り囲むように立ち塞がっている。いずれも体格の良い成人男性であり、見下ろされる威圧感だけでも怖ろしいだろう。早く助けなければとロゼはいつものように声を挙げていた。
「貴方たち、そこで何をしているの?」
「あ? なんだ……って、あ……ああっ!?」
鬱陶しそうに振り返った一人がとっさに浮かべたのは拙いという表情だ。ロゼの隣ではロクスが見知った顔におやと反応している。
「ロクス、知っている方?」
「部下ですね」
一般市民の装いをしてはいるが、ロクスの部下即ちアルベリスの騎士である。
「誇り高きアルベリスの騎士たちが揃って何をしているのです。速やかに事情を説明するようにと、副団長もおっしゃっていますわ」
ロゼが睨みを効かせればたちまち動揺が広がった。
「おいこれ拙くないか? どうする!?」
「な、どうするって……逃げるとか?」
「相手はあの方と副団長だぞ!? 逃げたところで俺たちどうなるか……」
しかし意見は一向にまとまらず、もめている。
痺れを切らしたロゼが追及しようと動けば、初めて少年が口を開いた。
「助けて下さい!」
第一声がこれである。ロゼは自らの推理が間違っていなかったことに安堵し、きっぱりと宣言する。
「もちろんですわ」
運営では力になれなかったけれど、エルレンテにとって、ベルローズにとって役に立つ人間でありたいと思う。
(情けないわね。誰かを助けるためと理由をつけて、本当はわたくしが必要とされたいだけじゃない……)
けれどそんなことは助けを求める人物には関係のないことだ。望まれているのなら全力で応える。それはロゼ紛れもない本心だ。
「それで? 意見はまとまったのかしら」
「ち、違うんです! 俺たちは団長の命令で……」
「ノアの命令?」
三人揃って勢いよく頷くのだから間違いはないだろう。
申し訳なさそうに語る姿は誰に向けてのものか。
「そう、そうなんですよ! 副団長だけでは不安だからと……あ!? ち、違うんですよ! 団長は、決して副団長のことを信頼されていないわけでは!」
「焦る必要はありません。全てを語らずとも私は理解しています。己の無力さは自分自身が一番理解しているのですから」
「あの、違うんですけど……」
力なく語るロクスを横目に部下たちの苦労を察した。言葉選びの一つにも慎重さを要求されるらしい。
「副団長ー!? 本当に違うんですよ!」
「駄目だ。完全に塞ぎこまれている。やむを得ないが話を進めよう」
届くことのない訂正を胸に秘め、騎士たちは話を進めることを選ぶ。手馴れた対応だ。おそらくよくあることなのだろう。
「と、とにかく、影ながら副団長をサポートするようにと、我々も護衛を命じられていたのです。それで警戒していたところ、この者が後をつけておりましたので何かあってはいけないと……どうか信じて下さい!」
「信じましょう」
必死に訴える部下にロクスは救いを差し伸べる。それも素早く、団長に対する理解の深さが窺える。
「わかりました。そちらの事情は概ね理解してよ」
ロゼが呆れから息を吐くと騎士たちは目の色を変えた。
「お辛いですか!? あちらに椅子がありましたから、お休みになられては?」
「それがいい! 今日は日差しも強いですし、いっそ木陰で休まれてはいかがでしょう!?」
口々に体調を心配されている。アルベリスの騎士たちはみな紳士なのだろうか。
「ご親切には感謝しますけれどわたくしには不要な気遣いですわ」
「ですが!」
「わたくしは今忙しいのです」
きっぱりと言い放ち団員たちを沈黙させたロゼは少年を救出するべく道を割る。
「もう大丈夫ですよ。彼らも悪気があったわけではないのですって」
前に立てば想像していた通りの小柄な少年だ。俯いてはいるが同じくらいの目線だろう。そのため帽子に隠された顔は良く見えなかった。
「ありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして。わたくしに何か……」
というよりも、少年は感謝を述べてからロクスの方を気にしている様子だった。
「もしかしてロクスに用事? ロクス、お相手を頼めるかしら」
「義姉上の頼みでしたら」
これで問題は解決。そう胸を下ろせたのも短い間だった。
「ロクス、お久しぶりです」
帽子の下から現れたのは少し気まずそうに眉を下げた、困ったような表情だ。眼差しに鋭さはないが、確かに見覚えがあると感じさせるには十分だった。
まず目につくのは艶やかな黒髪。肩口で切りそろえられたそれは内気な印象を与える。そうでなくても少年はあまり前を向くことになれていないという様子だった。それは羞恥というよりも自身がないためと感じられて、大人しく内気という表現がしっくりくる。服装まで黒いため、よりそう感じさせるのかもしれない。
とはいえいずれも印象の話。ロゼの知る未来で彼は氷の皇帝として怖れられる人物だ。冷たく冷酷、その心は氷っているとまで囁かれていた。彼もまた、深い闇の中に身を置く人物である。
「イーリス殿下!?」
それはロクスか、あるいはロゼの呟きか。
母親が違うせいかラゼットとは似ていない。けれど紛れもなく彼の弟であることをロゼは知っているのだ。ロゼブル四人目の攻略対象イーリス・ジルク・アルベリスその人として。
(ここはアルベリスではなくってよ!?)
「何故、エルレンテに……」
よくぞ聞いてくれたとロクスを称えよう。彼も同様に混乱していることから、またしてもお忍びであることが察せられる。イーリスを取り囲んでいたはずの騎士たちは今や平伏していた。
「会うためです……兄に」
「まさかお一人で!?」
見たところ護衛はいない。ラゼットの前科もあるため一同は蒼白になりかけた。しかしイーリスは首を横に振る。
「安心して下さい! 偶然エルレンテへ向かう方がいたので同行させてもらいました。どうしても兄に会いたいとお願いしたところ、特別に許可してくれたんです。気難しい方だと思っていましたが、実は優しい人みたいですね」
「見たところお一人のようですが、その者はどちらに?」
またしても代表してロクスが疑問を投げかける。
「何故か国境で通行が認められず……急に、図られたと呟いた後は、ここはいいから先に行けと言われてしまって」
安堵しかけた一同はまたしても声を失う。図られたは一般的に不穏を連想させる単語だ。
「殿下を疑いたくはないのですが、その者は……素性の怪しい者ではありませんね?」
「もちろんです。誓って! 迷惑はかけられないので名を公表することは出来ませんが、身元は確かです。仮に親切な方と呼ばせてもらいますが、一人であればどうにでもなると話していたのでおそらくは無事入国しているはずです」
「本当に問題はないのですね!?」
ロクスが念を押したくなる気持ちも痛いほど理解出来る。
「はい。ロクスも良く知って――あ、いえ! なんでもありません。それで王都へ着いたのですが、なんだか凄い人ですね。途方に暮れていたらロクスの姿を見つけました。ロクスは兄がどこにいるか知っていますか?」
「存じてはおりますが、現在の私はこの方の護衛を任された身です。そのためすぐにはお連れすることが難しく……」
イーリスの視線がロゼへと移る。ロクスもまた護衛対象であるロゼを主として意向を汲むべく視線をむける。
「あら、問題はないでしょう? 目的地が同じなら一緒に行けばいいわ。イーリス殿下、話は聞かせてもらいました。よろしければお兄様の元までご案内させていただきます」
ロゼが提案するとイーリスはいぶかしむように貴女はと問いかける。助けられたとはいえロゼの存在にはまだ疑問が勝るようだ。それもロクスが付き従う相手となれば判断にも困るのだろう。そんなイーリスを相手にロゼは慣れ親しんだ口上を述べた。
「わたくしはこの街の観光大使を務めさせていただく者ですわ!」
「エルレンテの王女、ローゼリア姫ですよ」
「ちょっとロクス!? 勝手に正体をばらさないでちょうだい!」
イーリスとの対面こそは正装でやり直したいと考えていたところ、呆気なく正体を明かされてしまった。
閲覧ありがとうございます。
タイトルの四人目は『四人目の攻略対象』でした。やっと四人出せましたよ!
20万字をこえたところでようやく……。実はここでの連載で20万字をこえたのは初です。皆様、長くお付き合いくださいましてありがとうございます!
そんな本作の2巻もよろしくお願い致します。
見どころなど、長くなりそうなので詳しくは活動報告にまとめさせていただきますね。




