五十八、決戦の日
これは歴史に刻まれるべき事件である。
その日、王都ベルローズは至上まれに見る賑わいを見せていた。アルベリスの影響で霞がちだがエルレンテとて立派な一国家。噂が噂をよび、この大会で優勝すれば王女と結婚出来るとなれば輝かしい将来を夢見て参加する者だけでも相当な数だ。生半可な覚悟で勝ち残れる大会ではないことを彼らはまだ知らない。
決闘の時間は正午、一目見ようと押し掛けたのはエルレンテの民だけではなかった。アルベリスからも相当の観衆が押し寄せている。無論、現在王宮に滞在している騎士たちも含めてだ。国内ではその名を知らぬ者こそいないとされる騎士団長ノア・ヴィクトワールが出場するためである。
「どうしてこんなことに……」
間もなく奪い合われる予定の張本人は鏡の前で静かに問いかける。疑問に思うくらいなら止めればいいと思うだろうか。けれど最初から引き返せる道はなかった。
ロゼの言葉をもってしてもアイリーシャを止めることは出来なかった。危険だといくら説得しても、こればかりは譲れないと言うのだ。レオナールに説得を頼んでみても結果は同じである。
そのレオナールに王女の結婚を賞品にするのはいかがなものかと主張したところ、勝者は決まっているので特に問題はないと返された。このノアに対する絶大な信頼はなんだろう。
そして街の様子を見てほしい。ベルローズの街はロゼを守るという目標のため、かつてないほど固い絆で結ばれている。これに水をさせるだろうか。
観衆たちはといえば喜々として開催を待ちわびている。勝負の結果をいち早く知りたいと、はるばるベルローズまで訪れているのだ。ここでお客様を落胆させては観光大使の名が廃る。
速やかな企画運営、宣伝集客、国王陛下の承認。いずれも見事な手腕であり、その中心にいたのはオディールだと聞かされた。
「オディールを味方につけるなんて、まるでわたくしのようね」
唯一素直に喜べることがあるとするのならアイリーシャの成長だろう。
「わたくしも支度をしないといけないわね。いつまでもロクスを待たせてはおけないわ」
アイリーシャからは決勝の時間に来るようにと言われているけれど、大人しくしていて大変なことになっていた身としては部屋でじっとしてはいられない。
「さすがに今日は、いつもの変装は止めておこうかしら」
賞品が堂々と街中を歩けば注目を集めてしまう。むしろ眼鏡がないほうがロゼだと気付かれないかもしれない。長い髪は帽子に押し込み、深く被っておこう。まさか顔が売れていることが仇になる日がくるとは思わなかった。
仕上がりに満足して部屋を出れば護衛を引き受けてくれたロクスの姿がある。
「そのお姿も良くお似合いですね。義姉上」
「ですからロゼと何度言えば……いえ、今日は都合が悪いのだったわね。その名を呼ばれては変装の意味がないもの」
ロゼは苦渋の決断として期間限定で義姉上を受け入れた。
「まだ指定されている時間には早いようですが、本当に出掛けられるのですか?」
「わたくしは観光大使です。多くの人が集まるというのなら問題が起きていないか見回る義務があります」
「怪我のこともありますし、出来れば大人しく座っていてほしいのですが」
「わかりました。はっきり言いましょう。こんな日に王宮で大人しくしていられると思う!? この心境が貴方に理解出来て!? お兄様はもちろん、メイドたちにまで意味深に見つめてくるのだから身の置き場がないのよ!」
「も、申し訳ありませんでした!」
「謝る必要はないわ。その代わり、今日は一日よろしく頼むわね」
「はい。せめてこの身に代えてもお守り致します」
街についてからというもの、ロゼはつとめて人目を避けるように道を進んだ。けれどやはりというべきか、完全には隠し通せるものではないらしい。
~☆~★~☆~★~☆~★~☆~
意気込んで繰り出したロゼだが、実は少しだけ落胆していた。
(わたくしがいなくても大丈夫そうね)
かつてはロゼが指導をしなければ行事の運営は形にならなかった。けれどもう、指示がなくてもそれぞれが出来ることを見つけ、自主的に動いている。この大会の運営が成されている時点で感じはいたが、自分の手から離れていく寂しさは拭えない。
(いいえ、きっとわたくしにしか出来ないこともあるはずよ。弱気なことを考えている場合じゃあないわ。慣れない土地で困っている人がいるかもしれないのだから!)
意気込むほど皮肉なことに、今この街で一番困っているのは自分であると感じてしまう。
悩むロゼの意識を引き戻したのはロクスだった。
「義姉上、お気付きですか?」
静かに耳打ちされる。
「もしかして後ろのことかしら?」
「はい。気になるようでしたら私が排除いたしますが」
少し前から帽子を被った少年がロゼたちの様子を伺っている。ロクスは望む通りに動いてくれると言うが、放っておいて問題はないだろう。体格から子どもだという余裕もあるが、見られているという意識はなにも彼に限ったことではない。
「賞品を見たいだけかもしれないわ。貴方がいてくれるのなら放っておいて問題はないでしょう? それよりも、こういう日は用心していないと路地裏なんかで事件がね」
「離して下さい!」
「そうよ。こんな風にね……」
声のした方を見遣るとロゼの背後をうろついていた少年が路地へと引きずり込まれていく瞬間だった。
「ちょっとぉ!?」
ロゼはとっさに手を伸ばす。もちろん届くわけがないのだが。
「さすがは義姉上、本当に事件が起きましたね」
「感心している場合ではなくってよ!?」
揉め事になっても現在のロゼではあまり役には立てない。その時は頼れる副団長様の出番だと、ロクスを引っ張りながら急かすように後を追った。
決戦の日が!来ましたよ!
閲覧ありがとうございます。
いよいよ大会も始まりますので、続きもあまりお待たせすることなくお届け出来ればと思っております!




