五十七、アイリーシャの暗躍
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大変お待たせいたしました。
今回はその時(五十話より)アイリーシャは何をしていたのか、です。
アイリーシャは自らの無力を嘆いていた。次期国王とはいえ現在はただの王女に過ぎず、大切な人を守るには無力なのだと思い知らされたばかりだ。そのためアイリーシャはまず協力者を集めることを考えた。
真っ先に浮かんだ相手は父だが頼ることは出来ない。父の弟である叔父もだめだ。当事者とはいえ療養中の叔母を頼れるはずもない。困り果てていたアイリーシャだが、偶然王宮内で姿を見つけたのは尊敬する叔母と親しくしていた元王宮メイドのオディールだった。嬉しさのあまり強引に連行していた気もするが、これもロゼのためである。
秘密の話をするために相応しい部屋で、アイリーシャは神妙な面持ちのまま語った。
「まだ公にはなっていないけれど、ロゼお姉様に婚約のお話があるの」
「ロゼ様が婚約!?」
事情を話せば、初めて耳にした時の自分と同じく驚愕していた。
地位、年齢、美しさに優しい性格。いずれを考慮しても婚約者がいておかしくない人だ。それなのに持ちかけられた話が進展することはない。身勝手な言い分だけれど、このままずっと一緒にいられると信じていた。きっとそれはオディールも同じはずで、だからこその信じられないといった表情だと思う。
「相手はアルベリスの名家、ヴィクトワール家の人間よ」
「あのヴィクトワール家が!?」
エルレンテにとっても、王女の嫁ぎ先としても申し分ない相手だ。それどころか本当にうちでいいのかと疑問さえ抱かれる。
「ロゼお姉様を見初めたらしいわ。あんなにお綺麗でお優しい人ですもの、仕方のないことだとは思うけれど……」
頑なに反対するのは決して結婚してほしくないからという理由だけではない。
「ロゼお姉様を守れもしない人に任せることは出来ないんだから。それにノア・ヴィクトワールと結婚すればロゼお姉様は、アルベリスの人間になるわ」
「ロゼ様がアルベリスに嫁ぐ……」
「お父様もレイお兄様も賛成しているみたいなの。でもロゼお姉様はエルレンテを愛しているのよ。それなのにアルベリスへ嫁げだなんて、私は大好きなお姉様に悲しい思いをしてほしくないわ」
「私も同じです!」
「良かった! 貴女がそう言ってくれる人で嬉しい。それでね、私ノア・ヴィクトワールと決闘の約束をしているのよ」
「アイリーシャ様が決闘!? あの、差し出がましいことをお訊ねしますが、何故決闘を!?」
「他に方法が思いつかなくて……」
二人して落胆する。他に阻止するための名案があるというのなら教えてほしかったのはアイリーシャも同じだ。
「だからオディールの力を借りたいのよ」
「私、闘えませんよ!?」
叔母と姪の絆に感動していたオディールだが慌てて戦闘能力が皆無であることを訴える。けれどアイリーシャは最初から彼女に物理的な期待をしていたわけではないのだ。
「安心していいわ。貴女に頼みたいのはノア・ヴィクトワールが逃げられないための舞台作りなのよ」
「私が、ですか?」
「オディールはロゼお姉様と一緒に街で観光大使のお仕事をしているでしょう」
「アイリーシャ様、知っていたのですか!?」
「みんな話しているもの、私だって知っているわ」
ロゼにとっては可愛いばかりのアイリーシャも幼いだけではない。きちんと周囲の状況に耳を傾ける聡明さを持ち始めている。
「お願い。ロゼお姉様を守るために力を貸してほしいの!」
またしてもロゼの面影を見たオディールは息をのむ。最初に感じた予感が裏切られることはなく大変なお願いまでされてしまったけれど、ここで頷くことが出来たのはロゼと過ごした日々で度胸が鍛えられていたからだろう。何より自分の力を必要としてくれた人に危機が迫っていると知って断るという選択肢は存在しないのだ。
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オディールがいれば舞台は整うだろう。しかしまだ足りない。多少の障害で引き下がる相手ではないことは明白だ。アイリーシャはさらなる協力者を求めていた。
「ラゼット殿下。お話があります」
「良いのですか? 私も貴女の叔母君に好意を寄せていると公言したと記憶していますが」
訪問の目的をラゼットは正しく理解していた。それでいて求婚者であるノアと同じように敵意を向けられていないことが不思議でならないらしい。その問いに対する答えは最初から決まっていた。
「ロゼお姉様ですもの、帝国の皇子を虜にするくらい当然なのです。仕方ありませんわ」
それにと、改めてアイリーシャは不満そうに語る。これこそがノアとラゼットを隔てる最大の理由だった。
「本気かどうかは目を見ればわかります」
「なるほど」
納得するラゼットにもその一言で伝わったらしい。
「ラゼット殿下は、確かにロゼお姉様を特別に感じているのだと思います。もう少し時間があれば形は変わっていたのかもしれません。でも……」
「あれは厄介でしたね」
より強い感情の前では霞んでしまう。
「だからノア・ヴィクトワールは性質が悪いの」
普段は何にも興味がないというような顔をしているくせに、視線の先にはいつもロゼがいる。それも燃えるような感情を宿した瞳で見つめているのだ。
相手も半端な覚悟で結婚を申し込んではいないだろう。迎え撃つのならこちらも本気で望まなければならない。
「ですからラゼット殿下のお力を貸していただきたいのです。アルベリスの皇子様にこんなことを頼むのは間違っているのだとしても、私はロゼお姉様が困っているのならどんなことをしても力になりたいのです!」
「なるほど、わかりました。ロゼは命の恩人、そして共に未来を語り合った友です。協力は惜しみません」
「本当ですか!?」
「はい。私の全力をもって援助させていただきます。ともあれあれの強さは規格外、たとえ私が代理を引き受けたところで勝算は低いでしょうね」
一筋縄で敵う人物はいない。それでこそ騎士団長という役職が与えられているのだ。
「そう、ですよね……」
「それを承知で決闘を持ちかけたのですね」
「たとえ無謀だとしても、何もせずにいたら私は私が許せません」
アイリーシャにとってロゼは物心ついた時からずっとそばにいてくれた憧れの存在だ。自分が生まれたことを泣いて喜んでくれたばかりか、守るとまで誓ってくれた。母からその話を聞かされた時、とても嬉しく感じたことを覚えている。
その宣言が嘘ではないと証明するように、困っていれば手を差し伸べてくれた。母がいない夜は寂しかったけれど、ロゼが手を握ってくれるのならもう寂しくはない。
泣いていれば抱き締めてくれるけれど、決して甘やかしてばかりではない。一人前の女性として対等に扱ってくれる。悪いことは窘め、褒める時は惜しみなく一緒に喜びあった。叔母という言葉の意味を知った後でも姉のような存在だ。
「格好悪く負けたって、ロゼお姉様に合わせる顔がないのは嫌です」
もしも立場が逆であれば、あの人は自分のために必死になってくれたはずだ。アイリーシャの決意はラゼットにも伝わっていた。
「ご安心ください。私の他にも王女殿下の力になりたいと望む者は多いはずです」
「それは本当ですか!?」
「はい。あの騎士団長殿は確かに強いですが、それ故に恨みを買うことも少なくはありません。ひと泡吹かせたい人間も多いでしょう。特に奴の部下であれば尚更、まずは彼らに奇襲を仕掛けさせ大会までに奴を疲弊させます」
「あの、それは……いいのでしょうか?」
「部下からの不満が大会当日に運悪く破裂した、いうなれば自業自得なのですから何も問題はありません」
「そういうものなのですか?」
「そういうものです」
おそらくロゼがいれば「違うわよ!」と怒鳴り散らしただろう。ロゼがいないのをいいことにラゼットは計画を進め放題だ。
「しかしこれだけでは詰めが甘い」
「では他には何をすれば……」
不安を煽ったはずのラゼットは気を落とすことはないと告げ、まだ手の内があることを匂わせる。
「実は奴から一時帰国したいとの申し出がありました。これを利用するのです。まずは奴を入国させないよう取り図らいましょう。決闘に遅刻させるのです。国境に私の手の者を派遣しておきます」
「それは、あの……本当にいいのでしょうか?」
不正行為のような気がするとアイリーシャは困り顔で訊ねた。不利な状況にありながらも正々堂々闘おうという精神は素晴らしい。そんな心の綺麗な王女に向けて、ラゼットは諭すように続ける。
「たまたま通行証に不備が見つかり少し足止めされるくらいです。それもまた自業自得というものです」
だから犯行の足がつくことはないと言い切った。
では決闘に遅刻した場合どうなるのかといえば、印象は最悪だ。ただでさえベルローズの民からはロゼを奪う悪役として認識されている。観客さえ敵に回して闘うとなれば騎士団長とはいえ闘いにくい。
「無事会場へ辿りついてしまった場合にもご安心を。大会には騎士たちも潜り込ませておきます。騎士総出で奴の動きを鈍らせてご覧に入れますよ。貴女は決勝戦で待っていてください」
「でも、もしも他にも強い方が参加されてしまったら……私、ロゼお姉様のように強くはないのです!」
「いざとなれば私が叔母君を守ります。ご安心下さい。もし我々が対戦することになれば貴女に花をもたせることを約束します」
アイリーシャは頼もしい援護に強張っていた肩の力を抜く。正直なところ、ここまでの協力が得られるとは思っていなかった。
「ラゼット殿下がここまでお力を貸して下さるなんて、ロゼお姉様は本当に愛されているのですね」
「最高の友人ですよ。あれほど頼りになる女性を私は他に知りません。それに、私も奴には借りがあります。共に無様な醜態をさらしてくれましょう。そのための協力は惜しみません」
おそらくはこちらが本音であろう。歓喜するアイリーシャを前に、ラゼットは堪え切れない笑みを零した。
「ラゼット殿下?」
「ああ、失礼。少し思い出していただけです」
悪役と見間違うような表情である。ここに指摘するべきロゼがいないことが悔やまれる、そんな表情を浮かべていた。
「こういうのを、ざまあみろというのでしょうね」
アイリーシャとラゼットはしっかりと手を握り合い、ここに同盟が結成された。それはそれは手強い対ノア・ヴィクトワール同盟である。
閲覧ありがとうございます。
五十話にてオディールを捕まえたアイリーシャは仲間を集めをしていたようです。思ったよりも暗躍していたようで、気付けな想定よりも長くなっておりました。
大変お待たせ致しました分、明日も更新させていただく所存ですので、またお付き合いいただけましたら幸いです。




