五十六、街では大変なことになっていた
1巻発売中!
『異世界で観光大使はじめました。~転生先は主人公の叔母です~』
皆様のおかげで発売を迎えることが出来ました。
ありがとうございます。
勝敗は決し、晴れて並んで歩き出したところでロゼは思いきって訪ねてみる。
「ロクスはノアと兄弟喧嘩をしたことはある?」
「もちろんです」
すぐに返された返事に強ばっていた力が抜けていく。安心したのだ。初対面での出来事を除けばロゼにとってのノアはいつも優しい人だった。そんな彼に喧嘩という概念があるのか知りたかった。
「お恥ずかしながら、私にも兄に反発していた時期がありました。なにしろいきなり現れて父に取り入った人間です」
ロクスは恥じ入るが、見知らぬ人間が兄になれば当然の反応だろう。現在のような関係に至るまでには大変な経緯があったに違いない。
「わたくしノアとの喧嘩は初めてで、よければ参考に仲直りの秘訣を聞かせてもらえないかしら」
「あれは喧嘩なのですか?」
「そう言われると確かに……。わたくしが一方的に迷惑をかけただけですもの、喧嘩と言ってはノアに悪いわね」
「そうではなく、私の知る兄弟喧嘩はもっと一方的なものでしたから」
「え――」
「何度歯向かったかわかりません。その度に叩きのめされて……途中記憶が曖昧です。ただ何度も繰り返したということだけは覚えていて、そのうち逆らうなと身体が訴えてくるようになりました。ですから昨夜の義姉上たちの会話など実に可愛いものだと思うのです」
「それは……笑顔で語ることではないと思うわ」
いつだってロクスの表情と台詞は噛み合っていないけれど、今回は特に笑顔の使いどころが違う。
「偉そうに語っておきながら、私の体験談も一般的な喧嘩からは外れたものでしたね。兄にとってあれは喧嘩ですらなかった。いつもつまらなそうにしていたのですから、私など相手にされていなかったのです。参考にならず、申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした」
耐えきれなくなったロゼが叫び、同じ台詞が二つ重なった。
「何故義姉上が頭を下げるのです!?」
「これまでの経緯を聞いて無関係を主張出来ると思う!? やっぱりロクスには相当の迷惑をかけているわね」
「構いません。私たちは家族なのですから、なんなりと頼ってほしいのです」
(そうやって主人公を甘やかすのがロクスだということを忘れていたわ。不意に思い出すのもどうかと思うけれど……)
「どうせなんの役にも立たない身です。せめて義姉上の憂いを聞き届ける壁くらいはなりますよ」
これが忘れさせる原因なのだが。
~☆~★~☆~★~☆~★~☆~
「良い街ですね」
街並みを楽しんでいたロクスが呟く。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。問題も起きていないようだし、随分と活気に溢れているみたいで……活気、あり過ぎるわね」
「そうなのですか?」
例えるのなら、祭りの前を彷彿とさせる。
「観光大使として日々の様子を記録しているわたくしが言うのだから間違いないわ。豊穣の祭りならわかるけれど、この時期にここまで人が集まることはないのよ」
「ロゼ様!?」
街の様子を見て回るロゼを真っ先に見つけたのはオディールだ。この日を待ちわびていたのだろう、駆け寄りロゼの手を握りしめる。
「留守にしている間、街を守ってくれてありがとう」
「私は当然のことをしただけです。それよりも、もう外出されてよろしいのですか!?」
「心配を掛けたわね。無茶をするつもりはないから安心してちょうだい。それに今日は頼もしい騎士さんが守って下さるのよ」
紹介されたロクスは自ら前へ踏み出し丁寧にお辞儀する。
「初めまして。ロクス・ヴィクトワールと申します」
「まさかあのヴィクトワール様!?」
確かにアルベリスの名家ではあるけれど、オディールとて元貴族、身分の高い人間と言葉を交わしたこともあるだろう。それにしては異様な取り乱しだ。
「まさかノア・ヴィクトワール様のご親族でいらっしゃいますか!?」
「ノアは私の兄ですが、兄が何か?」
オディールの目が泳いでいる。不安を覚えたロゼだが問い詰める前に囲まれてしまった。
「ロゼちゃん!?」
あっという間にロゼの周囲には人だかりが出来る。元気になってよかった、無事でよかったと、そんな風にたくさんの言葉をかけてくれる人たちの声を無視してはいけない。王女であると知ってなおロゼを慕って集まってくれるのだ。自分はなんて恵まれているのだろう。
「ロゼ姉ちゃん、お嫁に行っちゃうって本当?」
「どこでその話を!?」
正式な決定ではなかったはず。街に噂が出回るにしても早すぎる。
「え? だってみんな知ってるよ」
「みんな!?」
子どもは素直で残酷だ。あまりの発言にロゼは自分を取り囲む人たちを一周見渡してしまった。ロゼの復帰を喜ぶように向けられた視線は嬉しい。けれど今は待ってほしいと願うばかりだ。
(みんなって、まさかこれみんな!?)
とても数えられるものではない。街中に知れ渡っていると?
「安心していいよ! 俺たちみんなでロゼ姉ちゃんを守るから!」
「え?」
「おう! 俺らがきっちり守ってやるぜ。お貴族様の好きにさせてたまるかよ!」
「あの……」
「そうよそうよ! あたしらは何があってもロゼちゃんの見方だからね!」
きっと、おそらく、自分のためを思っての発言なのだと思う。それにしたって守るとは何事だ。
「ええと、どういうことなのかしらね。オディール!?」
「ロゼ様……申し訳、ありませんでした」
「何が!?」
「私は無力でした。私には止められなかったのです!」
「何を!?」
「三日後、ロゼ様争奪戦が開催されてしまいます……」
「どうして!?」
言い遂げたオディールは頭を抱えてその場に蹲る。ここで萎縮したきりのオディールに変わって子どもたちが説明役を買ってくれた。
『勝ち残った者にローゼリア姫との結婚を認める』
突如もたらされた告知、それは波乱の幕開けとなった。
病気がちだと思われていた王女は観光大使として活躍するロゼ。街で人気を博しているロゼの結婚相手を巡る戦いともなれば住人たちがまず放っておかない。一丸となってロゼを守るため動き始めた。
参加資格は設けられていない。つまり平民であろうと王女との結婚を夢見ることが出来るのだから参加者が押し寄せるのも納得だ。
無論、これだけの理由でここまでの騒ぎにはならない。争奪戦に名乗りを挙げている人物たちが問題なのだ。
屈指の実力を誇るアルベリス帝国の騎士団長ノア・ヴィクトワール、アルベリス帝国の次期皇帝最有力候補とも称されるラゼット・アルベリス、さらには自国の王女アイリーシャ・エルレンテまでもが参加を表明しているらしい。
(どうしてリーシャ!? 確かにノアには決闘を迫っていたけれど!)
多くの帝国騎士団員たちがエルレンテに滞在している今、よりにもよって知らぬ者のいない人物たちが小国の姫を取り合っている構図はまずい。それは彼らにとてつもない衝撃を走らせ噂が噂を呼び、あの騎士団長と皇子がご執心のローゼリア姫を一目見ようと主にアルベリスからの入国が殺到している。三日後なのにすでにお祭り騒ぎだ。
(だめ、わたくしには出来ない……こんなに楽しみにしてくれている人たちの笑顔を踏み躙ることは出来ないっ!)
観光大使とは時に辛い立場にある。きらきらと輝くような笑顔はこれから起こる国を挙げての興行を楽しみにしていた。そう、確かにロゼはあの時言った。そんな一大興行観光大使として見過ごせないと。
(言ったわ。確かに言ったけど……二度と大人しくなんてしてやるものですか!)
故意か、そのつもりがあったのかはわからない。しかし療養していたことで対応が遅れていたことは事実だった。仮にロゼが翌日から観光大使の仕事に勤しんでいたのなら全力で大会を握りつぶしただろう。事態はもはやロゼの言葉でも止められない段階まで進行していた。
閲覧ありがとうございます。
応援して下さった皆様のおかげで本が発売となりました。そんな皆様にこれからも楽しんでいただけるよう、更新頑張りたいと思います。
たくさんのお気に入り、本当にありがとうございます。とても励みになっています!




