五、奇跡の遭遇
本当にたくさんの方が見てくださって感激しております。
閲覧、お気に入り、評価ありがとうございます。
今の今まで感動するよりも境遇に驚くことしかしていなかった。
この空がロゼブルの空……そう考えればいつも見ている空が心なしか輝いて見えた。
(みんなこの世界にいる。主人公も攻略対象たちも同じ空を見ている。それって、とても凄いことだったわね)
今更ながらに襲う感動の嵐。遅い。
主人公の成長は日々見守っているけれど、他の攻略対象たちはどうしているのだろう。ちなみに現在アイリーシャは二歳、先日なんて一人で歩いてロゼの元にやってきたのだ。感動して危うく泣くところだった。ということもあり、さすがに攻略対象たちも全員産まれているわけで、本当に同じ空を見ているということになる。
(そう、例えば……曲者だったノア!)
彼は暗殺者と呼ばれる類の人間である。そのため王宮の書庫で名前を確かめる術はなかったけれど。
(確か、主人公と出会った時は二十四歳。ということは、今は九歳? わたくしと一歳しか違わないのよ!)
遠かった存在がとても身近に思えた瞬間だ。
ロゼブルでのノアは『白い影』という通り名の暗殺者。白い影を見た者には必ず死が訪れると、その名を恐怖と畏怖の象徴としていた。そんな彼も現在は九歳ということになるわけで……可愛い。
湧きあがったのは興味だった。
なにせ白髪という特徴的な人物である。護衛チームのメンバーはその道に通じている人も多く、どこかで会ったこともあるだろうかと軽い気持ちで訊いていた。本当に悪気はなかったと信じてほしい。
「あの、守秘義務や企業秘密であれば追及いたしませんけれど、一つ訊いてもよろしくて?」
誰もいない方へ向かって問いかける。
「はい。何なりと」
すぐに木の影から返答がある。答えてくれたのは女性のようだ。
教えてくれるといっても彼らは必要最低限しかロゼの前に現れることはない。無論ロゼは彼らの名前すら知らずにいるし、追及しないことがマナーだと思っている。
「白い髪の、男の子を知っているかしら?」
この世界でも白髪は珍しく、そう頻繁には存在しないはずだ。
「その、ローゼリア様。何故そのようなことを聞かれるのか、お尋ねしてもよろしいでしょうか……」
歯切れが悪い切り返しにやはりと息を呑む。同業者の情報を漏らすことは禁じられているのかもしれない。だからロゼはただの勘違いで済ませることにした。
「深い意味はないの。ただ、白い髪の男の子を見たような気がしただけよ」
古い王宮なのだから怪談の一つや二つ……という話にするはずだった。しかしこれが止めとなっていた。
「知っているもなにも、その柱の陰に潜んでおりますが」
(うちにいた!?)
ロゼの位置からは木から伸びる腕だけが見えている。その指先はしっかりとロゼの背後を示していた。まさかの展開に動揺しつつ、背後を振り返る。
無言の沈黙が続いた。
はたして自分から声をかけて良いものなのか躊躇う。ロゼからは誰の姿も見えないけれど物凄く射るような威圧感があった。滅茶苦茶見られている、そんな感じだ。
やがて無言の攻防が終わる。静かに柱の陰から姿を現した白髪の少年は――
(ノア!?)
さすがにこの場面でその名を口にするほど迂闊ではない。危なかったけれど。
どこからどう見ても少年だ。背もロゼと同じくらいだろう。真黒な装束に身を包んでいる。ロゼの知るノアよりも圧倒的に若く、表情はとても不機嫌だが、確かに面影があった。
「あ、あの……?」
いまだに滅茶苦茶睨まれている。
ノアはその白髪から儚げな印象を与える。そして琥珀の瞳は常に微笑んでいるはずなのだが、幼少期だとこうも違うのか。
「ねえ」
「はい!」
やはり不機嫌全開だ。
「ちょっと見破ったくらいで良い気になるな」
「はい?」
「ローゼリア様、それはまだ研修中の身です」
「研、修?」
「まことに勝手ながら、実際に国王陛下をお護りする前に他の王族の方々で陰ながら練習させていただいているのです。それがこうもあっさり王女様に見破られて拗ねているのですよ」
(研修、あるのね……)
前世では一般的だった言葉も、エルレンテでは初めて聞いたように思う。なんて悠長に構えてはいられない。早急に誤解を解き、敵意がないことを伝えなければ。
「これは違っ」
「煩い」
なるほど女性の説明は的を得ているようだ。ノアは弁解も聞かずに陰へと戻ってしまった。
「あの、本当に違うんで」
「不愉快だ」
もはや何を言っても手遅れだった。
いつか攻略対象に遭遇することもあるだろう、そう思ってはいたけれど……最初の出会いがこうも険悪になるとは先行きに不安しかない。険悪よりは友好的なほうが良いに決まっている。しかも相手が暗殺者の役を冠する曲者であれば尚更だ。
(わたくし彼の矜持を傷つけてしまったのね……)
誓って事故だ。偶然が重なってしまった。けれどノアにとっては関係ないことで、これを切っ掛けにエルレンテに恨みを抱くようなことになったら?
『よくも恥をかかせてくれたね。こんな国亡んでしまえ』
なんて言われたらどうしよう。有言実行出来そうなポジション、暗殺者怖い……考えるほど恐ろしかった。
~☆~★~☆~★~☆~★~☆~
眠れない夜が明けるとロゼは書庫へ向かう。足取りは重く瞼も重く、溜息も重い。前世の記憶を取り戻した日とは別の意味で眠れなかった。気を抜くとノアの恐怖ボイスが幻聴となって押し寄せるのだ。
「ねえ」
「ひいっ!」
また幻聴かと肩を震え上がらせる。幸か不幸か、今度は本物のようだ。危うく手にした本を落とすところだった。
「な、なぜ!? わたくしの前に姿を現してよろしいの!?」
基本的に彼らは姿を見せることはない。それは相手が国王であろうとも変わらないと聞いている。
「どうせ見破られるんだ」
疑心暗鬼か。
「ええと、本当にその件に関しては誤解なのよ」
「……戻ってから俺は笑い者だ。同業者でも歴戦の猛者でもない、ただの王女に見破られてしまった。一晩中なんて生易しいものじゃない。朝――どころか今も笑われているに決まってる。だから……静かなところを探していた」
大丈夫! 貴方はやがて『白い影』と誰もが怖れる二つ名を授かり、比類なき実力の暗殺者になりますから!
なんてことは間違っても言えず。ロゼは本ごと最敬礼の姿勢をとった。背筋を伸ばして頭を下げる角度は深く九十度だ。
「まことに申し訳ございませんでした!」
「へ?」
「どうぞ心ゆくまで静寂を堪能してくださいな。この静寂は貴方に捧げます。わたくしもすぐに出ていきますから、どうかエルレンテのことは怨まずにいて下さると……」
「君、王女だろ」
「一応そのような肩書きですけれど」
「俺なんかに頭を下げるなんて、変だよ」
この間、未だにロゼは頭を下げたままである。
「とりあえず、顔上げて」
「本当によろしいの? わたくしの非礼を許してくださる?」
「最初から君は何もしていないだろ。王女のくせに、そんなことで憂うなんて変だ」
「そう言われても……」
中身は元日本人である。生まれてから八年分の王族経験よりも、長く生きていた前世の一般人経験の方が根強いのだ。
「それ、読むつもりなんでしょ。ここにいればいい」
「わたくしがいてもよろしくて、不愉快ではない?」
「君、どうしてそんなに必死なのさ」
「どうして……」
(わたくしの失態で貴方にエルレンテを怨まれたら困るから、なのだけど……)
「君は王女だ」
「そうですわね」
もうすでにここへきて何度も確認されている。そんなに王女に見えないのだろうか。
ようやくゲームの攻略対象が登場されました。
どうか今後のロゼとの関係を見守ってやってくださいませ。