五十三、共通の話題が仲を深める
まずは傷に響かぬようすくりと立ち上がる。ただでさえ迷惑をかけている相手に迷惑を上乗せなんてとんでもない。
「心配には及びませんわ。もうすっかり良くなりました。貴方に迷惑をかけるつもりはまったくこれっぽっちもないのですからね!」
何事も経験、すでに復讐者(予定)のラゼットと出会い交流を重ねていたことがロゼを瞬時に立ち直らせてくれた。復讐者だろうと恨まれていようと怯えてばかりはいられないことも経験済みだ。まずは距離を縮めて親睦を深める。恨まれていることは仕方ないとしても友好的な態度を示したい。
(鍛練もしておくものね。ゲームでもロクスは鍛練の誘いには喜んで応じていた。ロクスと距離を縮める方法といえばこれなのよ!)
「ロクス。わたくしたち義理とはいえ、その……姉弟、なのよね。けれどまだお互いに知らないことが多すぎると思うの。ですから親睦を深めるという意味をこめて、良ければ今度わたくしと手合わせ――」
「無理です。辞退します。遠慮させてください。私もまだ命が惜しいのです!」
怖ろしいほどの早口で訴えられた。しかも食い気味に。
「そこまで全力で拒絶されると傷つくわね……」
「義姉上に傷!? そんなっ、傷一つでも負わせてはどんな目にあわされるか!」
「胸の傷以外負傷はなくってよ!」
(手合わせは、触れてはいけない何かだったようね。まさかこんなに動揺されるなんて失敗だわ。とにかく会話を続けて……そうだわ!)
「そういえば最初にところでと話していたけれど、何かわたくしに用件でも?」
義姉上発言のせいで取り乱してしまったけれど、ロクスから歩み寄る予定があったのかもしれないと淡い期待を抱く。
「あ、いえ、大したことではないのです。ただ気になっていたことがありまして」
「何かしら! なんでも訊いてくれていいのよ。わたくしが誠心誠意お答えします。むしろさせて下さい」
「義姉上は兄のことが好きなのでしょうか?」
「発言の撤回は許されるのかしら」
流れるように訊き返していた。しかしロクスから振ってくれた話題である。これを逃してまた気まずい空気になったとしたら、二度目はないのかもしれない。どちらかが折れるべきなのだろう。そして折れるのならば自分だと覚悟もしてはいる。
「誰にも話さないこと誓っていただける?」
真剣に訴えればロクスもまた神妙に頷き返す。
「もちろんです。ふがいないとはいえ騎士に名を連ねる者、必ずや誓いを守り抜きましょう。たとえ拷問されても口を割らないと約束します」
「その時は破ってちょうだいね」
彼が騎士という立場に誇りを持っていることはゲームでもしっかりと描かれていた。そんなロクスがここまで言うのなら信頼するには十分だ。ロゼは覚悟を決めて告白する。初めて口にする想いに緊張していたはずが、音にすれば心が軽くなるのを感じていた。やがて同じ秘密を共有したという事実が二人の関係を緩和させていく。
「兄はいつも唐突に現れるのです」
「わかる、わかるわ。背後からいきなりでしょう?」
「やはり義姉上も被害者でしたか」
「何度悲鳴を上げたかわからないわよ。ノアったら言葉が足りないと思わない!?」
「おっしゃる通りです義姉上!」
何故こうなったのかはわからない。気が付くとノアへの愚痴を語り合っていたのだ。これまで打ち明けられる相手がいなかった二人、しかもお互いに長年積もり積もっていたのか途切れることはなかった。
「まさかノアの話題で盛り上がる日が来るなんて驚いたわ」
「私もです。このようなことを他人に明かすのは情けないと、これまで抱えていることしか出来ませんでした。しかし!」
「ええ、ロクスの思う通りよ。わたくしたちはもう一人ではない。今ここに、共に分かち合う仲間を得たのだわ!」
「義姉上!」
こうして語り合うことが出来るのは現在のノアだから。だとしたら寂しさばかりを覚える必要はないと気付かせてくれたのはロクスだった。
「あのように儚げな風貌で強さは規格外なのですから怖ろしい人ですね」
ロクスも語り足りないらしい。
「まったくよ。何か強さの秘訣でもあるのかしら?」
「誰かを愛することが出来たなら、私も兄のようになれていたのでしょうか」
呟いたきりロクスは怒涛の愚痴が嘘のように沈黙する。不思議に思ったロゼが呼び掛け視線が交わると何かに気づいたようだ。
「そうでしたね。可憐な風貌のせいで失念していましたが、義姉上も随分とお強い方でいらっしゃると思い出していたところです。私などとは違って……」
互いに思い起こすのは水路での事件。あの時ロゼがラゼットの前に立つことを決めたのは紛れもなく守りたい人たちがいたからだ。
「貴方の言う通りわたくしはこの国を、この国に生きる人々を愛しています。その笑顔を、未来を失いたくないと、大切な人たちを守るため強くなりたいと願い生きてきました」
「本当にご立派な方です」
「貴方もその大切な人の一人です」
「私、ですか?」
「貴方と語り合えたこの時間はとても楽しかったわ。大切なことに気付かせてくれたのも貴方」
「褒めすぎです。私など、兄に比べて不甲斐ないことはご存じのはず。兄がいるのなら私に存在価値などありません」
「いいえ。貴方がいなければ成り立たないこともあるのよ」
それぞれの個性が発揮されてこその個別ルート。とりわけ殺伐としたロゼブルにおいて、ロクスの存在がどれほど疲れたプレイヤーの心を癒したことか。
「そうでしょうか。どうして私は兄のように優秀ではいられないのか、何度も考えさせられた身ですよ?」
よほど比べられてきたのだろう。彼の思想は簡単には覆せないものだ。けれどロクスが思想を覆せないようにロゼも簡単には頷けない。何故ならロクスのルートが好きだから、である。そして生まれ変わったこの世界で大切な存在となったからこそ自分を傷つけてほしくないと願うのだ。
「貴方とノアは違う人なのだから比べる必要はないでしょう。みんな違っていいのです。違うからこそ個別ルートはおもしろ――ではなくて。わたくしはノアではなく、今ここで、ロクスと話せて良かったと言っているの。貴方のおかげでノアを訪ねる勇気をもらえたのだから」
「それは、その……私は、優秀な兄と比べられてばかり、ですからそのように励まされたことも初めてのことで……あの、本当になんと申し上げればいいのか! すみません。上手く話すことさえ出来ずに……」
「奇遇ね。わたくしも同じ経験をしてきたばかりだわ。ですからそんな時があっても良いのだと思います」
「義姉上は、容易く私の望む言葉を下さるのですね。そのような方を姉としてお迎え出来ること、心より嬉しく思います。至らぬ身ではありますがお役に立てたというのなら光栄でした」
大袈裟だと言いかけたロゼは続くロクスの言葉に目を見張る。
「では急がなければなりませんね。早朝には発つとおっしゃっていましたから」
「ええと、どなたが?」
狼狽えたロゼにロクスもまた狼狽えるのだ。
「も、申し訳ありません! てっきり義姉上には話されているとばかり……。私や殿下はもうしばらく滞在させていただくのですが兄は一時単独で帰国したいと申されまして。なにしろ突然の遠征で、兄がいなければ回らない事案もあります。ここからは私の推測ですが、おそらくはこの婚約についても話を進めたいのでしょう」
この瞬間にロゼが悩む時間は終わりを告げた。
「あ、義姉上……?」
「鍛練の誘いは断られてしまったけれど、別のお願いをしても構いませんか?」
否定を許さぬ呼びかけに自然とロクスの背筋は伸びていた。
閲覧ありがとうございます。
共通の話題が仲を深めるのはどの世界も同じはず。私もノアについて語り合いです。色々と物語内での状況も変わってまいりましたので、後ほど登場人物紹介も最新版に差し替えさせていただきますね!
そして2018年1月12日発売の本作。詳しくは活動報告にまとめさせていただくのですが、すでに書影等公開されており、いよいよ発売日が近付いてまいりました。同時に年末も近付いてまいりましたね……
来年も精一杯続きを書かせていただきますので、どうぞよろしくお願い致します!




