五十二、ヴィクトワール家の事情
本編前に失礼致します。
大変お待たせしておりました書籍のご報告をさせていただけますでしょうか。
『主人公の叔母です』改め…
『異世界で観光大使はじめました。~転生先は主人公の叔母です~』
2018年1月アリアンローズ様から発売予定となりました。来月です!
ここで皆様にお知らせとお願いがございます。
ご覧の通りタイトルがパワーアップしているのですが、それに伴いましてこちらでもタイトルを変更させていただきたいのです。大変申し訳ないのですが、どうかご理解のほどお願い申し上げます。とはいえ新規タイトルにもばっちり組み込まれておりますので、また変わらず『主人公の叔母です』として親しんでいただければ幸いです!
それでは本編、少しでもお楽しみいただけますように――
その少年はどこからともなく現れた。
真っ白な髪に驚くほどの白い肌。儚げな風貌を携えた少年はどこか浮世離れしている。けれど眼差しには相反する強さを秘めていた。琥珀色の底には強い覚悟が巣くい、一言で表すのなら得体が知れないとロクスは感じていた。
今にして思えば、圧倒されたのだ。こんなことは初めてだった。名家に生まれ、それなりの教養を施された身である。けれどロクスはその瞬間に自らの実力を悟った。身体中の震えが止まらず、一目見た時から気圧されていた。その事実がまた自信を震えあがらせる。
「知っての通り我がヴィクトワール家は才能ある者を拒みません。純粋な力は大きな強みとなるでしょう」
優れている者は身分問わず一族に引き込み、重要な役職には彼の一族が名を連ねている。
「つまりノアは強さを見込まれて養子になったというのね」
「その通りです。兄は当主である父にアルベリス帝国の騎士団長の座を約束し、養子にするよう迫りました」
「え? ノアから迫ったというの!?」
「はい」
ノアが自ら権力を望んだという事実はロゼにとって驚くほどに意外だった。
「危険な存在ではありましたがあれほど実力を見せつけられては許諾する他ありません。我が家が頷かずとも他家が放っておくはずもない。ならば他家に取られるよりヴィクトワールの者として繋ぎ止めておくことを選ぶのは当然です」
代々アルベリスの騎士団長は純粋な強さだけで決まる。軍事に力を入れているため実力のある者を据え牽制することが目的だ。たとえ貴族でなくても書類仕事が出来なくても、人望がなかろうとも。身分も家柄も関係なく出世が許された完全なる実力主義の世界である。
「ちなみに、選定の場において呆気なく敗北した不甲斐ない人物が私です」
ノアの行動に気を取られていたが、一気に雲行きが怪しくなった。
「私たちは歳も近く良い比較対象となりました。私にとっても身の程を弁える良い機会だったのです。同年代の者たちと比べて良質な教育を施されたくらいで何を暢気にしていたのか。そんな暇があるのなら研鑽を積むべきだったのです。その日から彼は私の兄となりました」
はたして何事もなく「その日から」に続けて良かったのだろうか。
一体どれほどの人間がロクスの心境を汲み取ることが出来るだろう。そんな人物がいきなり兄になったのだ。同い年のロゼを義姉と呼ぶことに抵抗がないのも頷ける。すでに大きな苦難を乗り越えた後だった。
「……ノアは、きちんとお兄さんをしている?」
「周囲からは得体が知れないと言われていましたが、私には優しく接して下さいましたよ」
「そうなの?」
部屋でのやり取りは随分と淡白に感じたけれど実際は違うのだろうか。
「一般的な兄弟関係はわかりかねますが、そうですね……よく稽古はつけてくれましたよ。なんでも教えるのは得意だそうで。その度にこてんぱんにされていましたが」
(その場面とても想像がつくわね)
かつてロゼも通った道である。依然としてロクスの眼差しは遠く、その場面を思い返しているのかもしれない。ロゼも思わず深く頷いてしまった。
「剣を交えてすぐにわかりました。兄が己の素性を明かすことはありませんでしたが、きっとあの人は過酷な環境で生き抜いてきたと。おそらく裏の世界で……」
けれど出自や過去などいくらでもでっち上げればいいとロクスは言った。
「私のような甘い環境で育った人間がとても敵うような人ではなかったのです」
力なく笑うロクスを見ていると胸が苦しくなる。その罪悪感の正体にも薄々気付いていた。
「そうして権力を手に入れた兄ですが、私にはずっとわからないことがありました。何故権力を望まれたのかです。こう言ってはなんですが、とても権力を欲するようには見えませんでしたから」
「ええ。わたくしもそれが気になっていたの」
贅沢をせず、金に執着している素振りはない。地位や出世に拘る様子もなく、誰とでも一線を引いて接していた。縁談にも興味を示さず、愛した人がいるという文句を携え頑なに断り続けた。つまりは婚姻による出世すら望んでいない。それでいて瞳に眠る強い覚悟は消えていないのだから不思議でならず、とうとう気になったロクスは聞いてしまったそうだ。
「兄は信じられないほど穏やかな様子で教えて下さいました。きっとその方を想って答えて下さったのでしょうね」
「ノアはなんて?」
「どうしても添い遂げたい人がいる。その方と添い遂げるためには身分が必要なのだと。本気だということは目を見えればわかりました。その日から私は名前しか存じ上げずにいた隣国の姫を未来の義姉と心に刻んだのです。もちろん貴女のことですよ、ローゼリア姫」
名指しされては逃げ場はない。もっともロクスが語りだした瞬間から退路は絶たれていた。よってロゼは時間を欲した。色々なことがありすぎて言葉が出ない。代わりとばかりに無気力だったはずのロクスは語り続けるが、その気遣いはロゼに追い打ちをかけるだけだった。
「お二人の間に何があったのかは知りませんが、兄は貴女を望んでいます。どんな貴族や権力者の娘よりも小国の姫である貴女を。そうして軽々と偉業を成し遂げてみせた。私はずっと貴女に会いたいと思っていましたよ。何事にも無関心な兄が執着を示した女性に」
「わたくしは、ロクスが言うほど大げさな存在ではないと思うけれど……」
「いいえ。我が騎士団にはとある有名な話があります。絶対的な実力を誇る無敵の騎士団長が執着する女性についてです」
「すでに聴くのが怖いわね!」
「その青年が恋した相手は某国の姫。彼女は自身と結婚するために過酷な条件を突きつけたというのです。わたくしと結婚したければアルベリス帝国の騎士団長にくらいなってみなさい――と」
「ねえそれとんだ悪女ではないかしら」
アルベリスの騎士団長になれとはとんだ無理難題だ。金銭や幻の宝を要求するよりも真っ青な我儘ぶりである。
「仮に、仮によ。貴方のいう某国の姫がわたくしの良く知る人物だと想定した場合だけれど。まったくもってそのようなことを言った覚えがないと主張しているわ!」
いつかアルベリスの地を踏むのが怖ろしい。まずは異国の地でローゼリアの名が悪女として広まっていないことを祈ろう。
「僭越ながら噂とは誇張されるものかと」
告げられた内容にロゼの足元は揺らぐ。ロクスという人物の人となりを知っているからこそ嘘だとは思えない。けれどこれまでの話を全て信じるのはとても勇気がいることだ。
これまでの話をまとめると……ロクスが卑屈な性格に育ったのはこの世界でノアという比較対象が家族になってしまったからである。そしてノアをアルベリスに向かわせたのはロゼという存在だ。
つまり――
崩れ落ちたロゼは気遣うロクスを見上げることが出来なかった。
「義姉上!? どうされたのですか! まさか気分が優れないのですか!?」
「胸が痛い……」
(わたくしがロゼブルの良心を変えてしまったのね)
ロクスに対して申し訳ないにも程がある。
「傷が痛むのですね!?」
「いえ痛むのは良心……」
「いけません! すぐに部屋へ戻りましょう。立てますか義姉上!?」
(それだけじゃないのよ。確かゲームで聞いたロクスの功績にはエルレンテ滅亡関連のものもあったはずだわ)
ロゼがエルレンテの滅亡を回避しようとするのなら、ロクスの功績すら奪うことになる。
(けれどロクスに功績は渡せない。この世界では諦めて貰いましょう。こんな風に自分勝手なわたくしはきっとロクスからさぞ恨まれているでしょうね――って、普通に考えてわたくしを恨むに決まっているわ!)
ロクスは全ての真実を知っている。無実ではあるが、ロゼがノアをけしかけた元凶だと思われていたら?
ノアさえ現れなければロクスは無事騎士団長に就任していただろう。それだけの実力があり、それが正しい歴史である。
(まずいわね……わたくし尋常じゃなく恨まれているはずよ!)
ラゼットではなくてロクスが復讐者に豹変してもおかしくない。そんな相手と今まさにロゼは二人きりで話し込んでいた。
閲覧ありがとうございます。
応援下さった皆様のおかげで、ようやくここまで来ることが叶いました。本当にありがとうございます!
詳しい書籍の内容につきましては長くなりそうなので活動報告にまとめさせていただきますね!
今後も精一杯頑張らせていただきますので『主人公の叔母です』改め『異世界で観光大使はじめました。~転生先は主人公の叔母です~』をよろしくお願い致します。




