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五十一、姉と弟(予定)

(レオお兄様ったらわたくしのことをからかって楽しんでいるわね!?)


 まさかの反撃にロゼは撤退を余儀なくされた。目的は果たしているのだが、何故か負けたような気分である。レオナールでこの有様なのだからもう一人の兄を訪ねても同じ結果になるだろう。

 また自分だけをおいて物事が進んでいくようでもどかしい。


「わたくし寂しいのだわ」


 みんな当たり前のようにノアのことを話す。レオナールはすでに家族のように扱い、アイリーシャはことあるごとに「ノア・ヴィクトワールは!」と眉を吊り上げる。アルベリスの兵たちも、かつて同じ王宮にありながら存在すら認知していなかったメイドさえも、今やロゼより彼の居場所に詳しい。


(ノアはもう、わたくしだけが知る人ではないのよ。ノアの世界が広がったことを喜ぶべきなのに寂しいなんて我儘だわ)


 ノアはとんでもない成長を遂げ約束を守ってくれた。それなのに自分ばかりが別れの夜に取り残されている。


「はあ……」


 アイリーシャには怒られるかもしれないが部屋に戻る気分にはなれなかった。上手く笑える自信がないのだ。

 あれこれと考え事をしているうちに足は自然と馴染みの場所へ向いていた。



~☆~★~☆~★~☆~★~☆~



 人気のない王宮の裏はロゼの鍛錬場として活用されている。一人になるにはおあつらえ向きだ。それに、もしかしたらノアが来てくれることを期待している。


(もう、本当にわたくしったら……)


「はあ……」


(あら? 今のため息はわたくしではないわよ)


 それはロゼのものより重い。ロゼが霞むほどの慣れたため息だ。


「ロクス様?」


 絵になるほど美しい青年が膝を抱えていた。どうやら同じ家名を背負う弟はいるらしい。ロクスは呼び掛けに応えるように顔を上げ美しい笑みでもって応える。


「私のような者に気遣いは不要です。あれで構いませんよ」


 この重さを前にしては無理に笑顔を取り繕う必要もないだろう。肩の力が抜けたことは有り難いけれど。


「わたくしが構うのです」


 しかしロクスの言い分も一理ある。ゲームの主人公は亡国の姫であり、騎士であるロクスを『ロクス様』と呼び慕っていたが、ロゼは一国の姫だ。


「はあ……」


「その、ロクス。あまりため息をつくと幸せが逃げてしまうわよ」


「幸せ、そうですね……」


 気を抜くと会話が途切れてしまう。ロゼは無気力に呑みこまれそうな心を強く奮い立たせた。


「ロクスはどうしてこちらに?」


「少し一人になりたかったものですから」


「それは悪いことをしたわ。わたくし邪魔をしてしまったのね」


「まさか! 姫を邪魔扱い!? 私の態度はそれほど不敬に感じられましたか? 存在価値が無に等しいのは私でありながらなんと畏れ多い」


 なんとも席を外すと言い難い空気だ。


「その……ここは、一人になるにはぴったりでしょう? 王宮でもおすすめの場所なのよ」


「ええ、そうなのです。人の来ない場所を探し当てるのは得意で、こんな私の特技と言えるかもしれませんね。昔から隠れて落ち込んでばかりいましたから。静かで風が心地よくて、自己嫌悪に浸るには最適な場所ですね」


「わたくしの鍛錬場所でキノコの栽培は遠慮してちょうだい」


 つい先ほどまで自己嫌悪に陥りつつあったロゼだがロクスを見ているとそんな場合ではないと思えた。


「鍛練、ですか?」


 我慢ならずに呟いてしまったのだが、ロクスが気に留めたのは鍛練という言葉のようだ。


「誤解のないように言っておくけれど、もちろん今日は違うのよ。風に当たりに来ただけです。走ったり、体術の訓練をするつもりはないのよ。わたくしは無実だわ」


 アイリーシャに密告されてはたまらないの弁解しておく。


「貴女は、随分と活発な姫君なのですね」


「なんて優しい人」


「はい?」


「いえ、なんでもないの」


 活発――日頃『変』『変わり者』と称されていためロクスの優しさが身に染みる。


「ところで……ノアは、どうしているのかしら?」


「兄ですか? 私のような者とは違ってお忙しい方ですから、今も仕事に没頭しておられますよ。そう、私とは違って……。なにしろ貴女の容態が落ち着くまで片時もそばを離れることはありませんでしたから、その分の仕事も溜まっているのです」


「ノアがわたくしのそばに?」


「はい。貴女は大変危険な状態にあったと聞いています。容態が落ち着くまで兄は寄り添うように手を握っておりました」


「あの、ロクス」


「復帰してもしばらくは集中出来ないご様子で、大変でしたよ」


「もうそのくらいで」


「貴女のいない世界に意味はないとまで、よほど思いつめていました。貴女が帰らぬ人となれば後を追う決意をしていたのでしょう」


「待ってこれ以上はわたくしが耐えられそうにないわ!」


(だ、だって、そんな、誰もそんなこと一言も教えてくれなかったわよ!?)


「ところで義姉上は」


「ところでじゃあないわ」


 たった一言のせいでここに至るまでのあれこれは全部吹き飛んだ。


「いきなりとんでもないことを言わないでほしいわ」


「も、申し訳ありません! 何か失礼がありましたでしょうか。もちろん私は至らぬ点ばかりだと思うのですが!」


 逆に聞きたいのだが、何故問題点がわからない!


「貴方の姉になった覚えがありません。そもそもわたくしたちは同い年だったと記憶しています。そして冗談を言い合うほど親しい仲になった覚えもないわ」


 丁寧に説明したはずが、向けられたのは不思議そうな眼差しだ。


「世間一般では兄嫁を義理の姉と呼びますが、エルレンテでは文化が異なるのでしょうか?」


「兄嫁ならわたくしにもいるけれど、お義姉様と呼ばせていただいているわね」


「ああ、安心致しました。文化の違い故に粗相を働いたわけではないのですね。貴女は兄の妻になる人、私の義姉に違いないではありませんか」


「ねえロクス。結婚のことなら正式な通達はまだのはずよ。これでも一応王女なの。口約束だけで決定とはいかないのよ。きちんと書面に判を押してこそ成立するものだと思っているわ」


「おっしゃる通り、これは両国において正式に決定したことではありません。ですがこの婚姻はじきに成立するでしょう」


「どういう意味かしら」


「どうと言われましても、私にとっては昔から決まっていたこととしか……。兄がそう宣言したのです。であれば必ず実現させる。ですから貴女は私の義姉、多少早いか遅いかの問題かと」


「そうね、貴方なら……」


 ロクスは信用に足る相手だ。とても怖いけれど、真実を知るのなら当事者が目の前にいる。


「ヴィクトワール家の事情について、訊かせてもらうことは可能かしら」


「もちろんです。義姉上は家族なのですから話したところで咎められることはありません」


 ロクスというキャラクターはとにかく真面目だ。あるいは融通が利かないとも言える。それがゲームで彼が乗り越えるべき試練でもあるのだが、ネガティブに陥ってなお根本は変わらないらしい。ヴィクトワール家の事情については興味があるので反論は止めておくが、決して義姉呼びを認めたわけではないことを明記しておく。

閲覧、評価、お気に入り、まことにありがとうございます。本当に有難いです。感想も嬉しかったです!

さて。レオナールを始めみなさん家族認定がお早いようですが、ロクスはぶっちぎりで早かった人です。お兄ちゃんが将来結婚する予定と言った段階で「この人がそう言うならそうなんだ」と認識した感じです。そのあたりを次話ではロクスが語ってくれると思われますので、お時間ありましたらまたお付き合い下さいますと幸いです。

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