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五十、真相を問えば

「貴女、昔働いていたオディールでしょう? ロゼお姉様と仲の良かった」


 何故、呼び止められている? オディールは記憶を探った。

 かつてロゼとオディールは王女とメイドであった頃から頻繁に言葉を交わしていた。美味しい食べ物やおすすめの店、ドレスや流行りの髪型まで、たわいのない会話で親交を深めていた。

 例えばロゼの兄にあたるレイナスは気さくな人柄で親しみやすく、何度か世間話に興じたこともある。ここでもおすすめの店を聞かれ、この人は確かにロゼの兄なのだと感じさせた。

 けれどアイリーシャはどうだろう。ロゼと並ぶ姿は幾度となく目にしたが、個人的な会話をした記憶はないに等しい。


「ねえ、今忙しい? 私、どうしても貴女と話がしたいの。忙しいなら仕方ないけれど、その時は別の日に私から訪ねてもいいわ。だからどうかお話しさせてほしいの」


 オディールは自らの目を疑う。まるでロゼのような言い回しに彼女がいるような錯覚を感じていた。オディールが知るアイリーシャは、自らをリーシャと呼びロゼの後をついて回る無邪気な少女だった。それがどうしたことだろう、数年の間に随分と成長していたことに驚かされる。かねてより叔母を目標としてはいたが、これほど強く錯覚したことはない。

 まるでロゼ様のようですね――

 親しい間柄であったなら告げていただろう。そしてアイリーシャは嬉しさに表情を綻ばせるのだ。けれどここにいるのは共犯者ではなく未来の国王陛下である。


「と、とんでもないです! 私、時間あります!」


 恐縮と緊張に最低限の了承しか告げられなかった。


「やった! オディール、ありがとう」


 しかし辿る未来は変わらずオディールはアイリーシャに魅せられる。「リーシャの笑顔はね、とても可愛いのよ。くるくると表情を変えて、本当に嬉しそうに笑ってくれるからこちらの表情も緩んでしまうわ」などと叔母の声が聞こえてくるようだ。

 またアイリーシャは表情を変える。今度は注意深く視線を巡らせ緊張を宿していた。そして声を潜めるのだ。


「実はね。貴女に相談があるの」


 その瞬間オディールはまたしても思う。まるでロゼ様のようだな、と。ならばこの後に待つ相談とは、おそらくとんでもない提案なのだろう。早くも自らの運命を悟っていた。



~☆~★~☆~★~☆~★~☆~



「リーシャが来ないわ」


 一方で、ロゼは不思議そうに呟いていた。

 オディールが部屋を去ってしばらく経ってのことだ。時間が空いている限りロゼを訪ねる――もとい見張っているアイリーシャなのだが一向に訪れる気配がない。

 まさかオディールがアイリーシャに連行されたとは知らないロゼは図らずも訪れた好機に拳を握った。こんなところでも頼れる共犯者に助けられている。


(言っておきますけれど、わたくしは決してリーシャの訪問を嫌がっているわけではないのよ。むしろ可愛い姪の顔が一日に何度も見られて眼福なのです。けれどわたくしにはやらなければならないことがある。真相を確かめなければならないのよ)


 肝心のノアはいくら待っても何も話してくれない。兄たちも顔を見せず、お説教すら後回しにされている。誰も教えてくれないのなら自ら問い詰めるしかないだろう。

 少しだけと言い訳をしてロゼは部屋を抜け出した。ずっとベッドの上にいては体も鈍るし考えも働かない。閉じこもっていては解決しないことをロゼは知っている。


(さすがに街へ出向いたり鍛練をしようというわけじゃないのよ。少しくらいは見逃してもらうわ)


 家族に会いに行くだけなのだから自然なことである。


「だってあんまりだと思わない? 当事者を差し置いてどんどん話が進んでいるのよ。メイドからも婚約おめでとうございますなんて言われたわたくしはどうしたら良いの? わたくしを除け者にしようだなんて許せないわ。というわけなのです。レオお兄様」


「何がというわけです何が」


「わたくしの訪問理由が、です」


「いえ、私が聞きたいのはロゼ。療養中の妹が何故ここにいるのかということです!」


 さあ食事をと案内された先で床に就いているはずの妹が着席していては慌てもする。同時にレオナールは周囲の様子を窺っていた。


「リーシャの登場を期待しても無駄なのよ。見張りの手が緩んでいたからこそお話に来たのですから」


 これ見よがしに『お話』を強調させる妹にレオナールは内心では汗をかく。この場合のお話がなんであるかは聞くまでもないだろう。


「いつまでもわたくしが大人しく寝ていると思ったら大間違いなのよ。料理ならわたくしが運んで差し上げますからお忙しい国王陛下の時間を少しだけいただきたいの」


「はあ……お前はそのまま座っていなさい。お前のことです、いずれこうなるような気がしていました」


「お話が早くて助かります。では早速。結婚だなんてどういうことなの!?」


「落ち着きなさいロゼ。説明のしようがありません。そのままの意味ですよ」


「そのまますぎて逆に理解し難いわ!」


「そうですか? 実に簡単な話だと思うのですが……。ノア・ヴィクトワールから婚約の打診があった。こちらとしても何ら問題のない相手です。お前もアルベリスの有力者であれば結婚を考えるのでしょう? 何を躊躇う必要があるのですか?」


「それは……」


「何かの間違いだと、否定してほしかったのですか?」


 ここに来れば、言いようのない不安が消えると思った。もう自分一人ではどうしていいのかわからない。答えが欲しい、そんな甘えを抱いていた。


「これはお前にとって最良の結婚だと思っていましたが、違いましたか?」


 きっとレオナールは二人の間にある絆に気付いている。だからこそ最良だと信じて賛同してくれたのだ。ロゼとて嬉しくないと言えば嘘になる。ただ何よりも困惑が勝っているのだ。


「とても驚いてしまって……。どうしてこんなことに、わたくしどうしていいのか、こんな……」


「こんな?」


「夢みたいなことがあっていいのかわからないわ」


「そうでしたか。お前にとってはそれほど……」


 レオナールは納得しているが、ロゼの感情はより複雑だ。王女と元国王の護衛という立場だけでなく、乙女ゲーム云々のくだりも含まれる。名もなき登場人物が攻略対象の隣に立つということは信じ難い未来なのだ。


「部屋にいる間、十分すぎるほど考えました。けれどいくら考えてもわたくしにはノアがわからないの……」


「なるほど。彼は言葉が足りないようですが、そう難しく考えることもないのでは? 素直に喜んでいいと思うのですが、私はとても良い縁談だと思っていますよ。何より彼はお前を愛している。妹を任せる相手としてこれほど素晴らしいことはありません」


「お兄様っ!?」


「何を驚いているのです? あれほど熱烈に求婚されて――」


「思い出させないでもらえるかしら!?」


 しっかりと想像なんてことをすれば今も顔から火が出そうだ。


「これはこれは」


 これまでロゼに主導権を握られてばかりいたレオナールは珍しく慌てる妹を愉快そうに眺めていた。そうして薄く笑い、ロゼにとっての爆弾を落とす。


「厄介な義弟が増えそうですね」


 すでに義弟扱いである。

真相を問えば――レオナールに返り討ち! というのが今回のタイトルの由来であります。閲覧ありがとうございます。

動き出す叔母(物理)と動き出す姪(暗躍)

いずれは乙女ゲームの主人公を張る予定のアイリーシャもまた、じっとしてはいられない系です。なんといってもロゼの姪ですからね。

一方のロゼですが、普段あまり迷わない性質ではありますが珍しく迷っております。まだ十七歳ですもの、迷うこともありますよね。生死の堺を彷徨い恋心を自覚したとたんに相手が成長して帰ってくるなり結婚を申し込むのですから……それは困惑もするというものです。

続きも今月中には上げますよ! 目指せ有言実行です。ありがとうございました。

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